第3話 入学②

帰っていく、眼鏡の人をお父さんとお母さんが見送った。玄関の扉を完全に閉めるとお母さんは急に泣きだし、なんだか変な空気になっていた。


 お父さんとお母さんに言われて、さっき座ってたとこに座る。


 「お前……防衛幼年学校……行きたいか?」


 お父さんが口を開いた。こっちの目をいつもみたいに見ないで、ただ下を見たまま聞いてきた。


 「よくわかんない…」


 分かんない。確かにPDSはなんかかっこいいし、きっとみんなに自慢できると思う。でも、なんか行って、何があるのかよくわかんない。何がよくて、なにがかっこいいのかよくわかんない。かっこよくない。


 お母さんはただ顔を抑えて泣いてた。


 「分かんないよな……」


 お父さんはそのままの姿勢で何か呟いてる。


 お母さんはどうしたんだろうと思ってて、それしか気にならなかった。


 「なぁ、由美子……俺たちさぁ…逃げないか?」


 そう言って、お父さんが後のカーテンを閉めた。


 「え…?」


 お母さんは小さく声を漏らした後、すぐに立ち上がって、居間の他のカーテンを閉め始めた。なんだろうと思ってたら、また戻ってきて座った。


 「何を言ってるの…?」


 電球がちょうど切れかかっていて、ちかちかしてた。


 「ついに、俺たちの子供まで目をつけられたんだ……子供なんて従軍させてどうする…?せめて……せめてだ…子供のうちくらいは国の運命なんてのに縛られないべきじゃ無いか…?」


 何を言ってるのかほんとによくわからない。でも、なんだか表情からお父さんがすごく真剣な話をしてるのだけはわかる。


 「逃げるって言ったって……どこに?」


「それは……でも、このままいけば確実に子供まで巻き込んで国のために命をかけなきゃ…」


お母さんが両手をグーにして、プルプルしてる。顔もなんだか、目がきらきらしてる。


 「だから……どうするっていうの…?どうできるっていうの…?逃げ場は無いの、海外逃亡はできない、まさか反乱者どもの所に行く気?」


びっくりした。こんなお母さん初めて見た。怒る時は凄く大きな声のお母さんなのに、すごい小声でぷるぷるしながら泣いてる。なんで?


 「だけど……良いのか?この子は俺たちの子だぞ……?まだ、小学生だ…、社会性だって遊びの中でこれから学んでいくんだ……」


「だから……あなたのそれは理想論なのっ…この子は大切…でも、だからといって何ができるの?何もできないの……」


お父さんとお母さんが喧嘩してる。喧嘩はしてほしくない。


 「喧嘩しないで!」


 そうやって言ったけど、お母さんは泣いたまま、お父さんは黙ったままただこっちを見つめてくる。


 「たけし……分かってるか?防衛幼年学校に入るって事がどういうことか…」


 よく分かんないから、なんにも答えられなかった。


 「防衛幼年学校はな……確かに、教育は受けれるが……国に自分の未来を託すってことなんだ」


 相変わらず、お父さんの話はよく分からない。お父さんが普段どんな仕事をしてるのか知らないけど、出張ばっかりであんまり帰ってこなくて、帰ってくるたびに話が難しいなって思ってた。


 「あなた……もしかして、たけしに判断させる気?子供にそれこそそんな運命背負わせる気?」


「だが、たけしの人生だ、最終的には自分で決めないと……」


「だから、それで子供に売国奴になるかどうか迫るのかって聞いてるのっ…この子はまだ判断の意味が分からないっ…誰も教えないし、教えれば……」


 お母さん…どうしたんだろ…。なにが悔しくてそんなぽろぽろ泣いてるんだろ?


 「じゃあ、どうしろって言うんだよ…」


お父さんがそう言っても、お母さんは返事しなかった。やっぱり、喧嘩してるんだ…。


 「もし逃げればこの子の命も危うい……公安部が逃亡を許すとは思えないし……それなら防衛幼年学校に行かせるのがまだ安全じゃ…ない?」


 「だから、それでどうするんだ!」


 「あなたはただの理想主義者!よく考えて!たけしが最も生き残る可能性の高い選択肢はどれ!?限りなく低い可能性にかけて海外逃亡すること!?それとも身の振り方に気をつけて反乱軍に与すること!?それとも親戚の人生も巻き込んでたけしを国から隠しつづけること!?違うでしょ!1度目をつけられたら、従う姿勢を見せること!!これはあなたも分かってるでしょ!?」


 そっか……お父さんとお母さんは僕がPDSに入るかどうかで喧嘩してるのか……。だったら、僕が決めちゃえば良いんだ。そしたら、きっと喧嘩しないでくれる!!


 「僕、入るよ」


 あれ?なんか、お父さんもお母さんも僕を見たまま固まってる。なんで?よく聞こえなかった?


 「僕、防衛幼年学校入るよ」


 僕はそう言って、なんだかそこに居づらくなって部屋に逃げていった。机の上に置いた、印鑑と眼鏡のおじさんが置いていった紙を持って。



 

 

 


 

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