第38話 べた褒め

 課題をほとんど終わらせるころになると、外はオレンジ色になっていた。


「今日も泊まってほしいなぁ」


 眉をひそめながらさらさらの髪の毛を撫でると、未来は申し訳なさそうにした。


「流石に二日連続で外泊したら両親が心配しそうだから。ごめんね?」

「残念。だったらせめて家まで送らせてよ」

「そこまでしてもらわなくてもいいよ」

「一緒にいたいんだ。少しでも長い間」


 私がささやくと未来はにっこりした。


「それなら仕方ないか」


 未来は課題をカバンにしまうと、ぎゅっと私の手を握った。そのまま私たちは部屋を出て玄関扉を開いて外に出ていく。夕方だけれど相変わらず外は暑くて、もしもアイスクリームなんて食べていたらあっという間に溶けてしまいそうだ。


 未来は「暑いね」と苦笑いしながら、黒い日傘をさした。傘の柄を掴む手に手を重ねて、二人だけの日陰の下を歩いていく。


「明日千葉と宮田と遊ぶ予定なんだけど、未来も来てくれるんだよね?」

「うん。課題もほとんど終わったし暇なんだ。それになにより詩子と一緒がいいからね。あ、でも秘密だからね? 私たちが付き合ってることは」


 私は未来とは違って、千葉と宮田には恋の相談なんてしていない。それはまだ付き合いが浅いからという理由が大きい。全く信用していないわけではないけれど、秘密を伝えられるほどには信用していないのだ。


「大丈夫だよ。未来が甘えてこない限りはばれないから」

「なんで私がばらす前提なの? 詩子が甘えちゃうかもしれないでしょ?」


 不服そうに見つめてくる未来に私は微笑む。


「私も気を付けるよ」


 正直、未来のそばにいたらすぐに気が緩んでしまう。いつものノリで甘えてしまうというのは十分にあり得るのだ。


 未来は寂しそうにつげた。


「学校でも友達のふりをしないとだね」

「でもそれはそれで良いと思う。メリハリがつくというか。いつもイチャイチャしてるだけだと、なんだか飽きたりしそう」


 私がつげると未来はジト目でみつめてきた。


「へぇ。詩子って私に飽きるんだ?」


 私は慌てて首を横に振って否定する。


「飽きないよ」

「……なら証明してよ」

「証明?」

「うん。これから家に着くまでに私の好きなところ、たくさん教えるの」


 未来はにやにやと私をみつめていた。好きなところか。それならいくらでも言える。でもあまりにも好きなところが多すぎて、どこから言えばいいのか悩んでしまう。

  

 しばらく黙り込んでいると、未来は目をうるうるさせて不安そうに私の顔を覗き込んできた。


「どうしたの? もしかして私のこと、好きじゃない……?」


 私は顎に手を当ててつげた。


「いや、あまりにも好きなところが多すぎて、どこから言えばいいのか分からなくて」


 すると未来は満面の笑みに早変わりした。


「なーんだ。ちょっと心配になったじゃん」


 安心したのか空いてる方の手で私のほっぺをつついてくる。私はほっぺをつつかれながらつげた。


「……でも考えてみれば、私だけが未来の好きなところ言うのって不平等だよね? 未来も教えてよ。私の好きなところ」

「恥ずかしいけど、いいよ? 交互に言おうよ」

「じゃあ一個目ね。髪」

「……安直だなぁ」


 なんて平静を装った声で言うけれど、とても嬉しそうににやけている。


「さらっさらでつやつやだし、いいにおいするし手触りも最高だし、見た目も綺麗。金糸とかよりもずっと綺麗だよね。未来の黒髪って」

「さ、流石にほめ過ぎだよ。……普通に恥ずかしいんですけど?」


 ほんのりと頬を赤らめて、視線をそらす未来は世界、いや宇宙最高の美少女だ。ずっと見ていたいけれど、そろそろ私のどこが好きなのかも聞かせてもらいたい。


「次は未来の番だよ」

「ん。私はねー。やっぱり顔かな」

「未来こそ安直だなぁ」


 私がジト目でみつめていると、未来はにやりとした。


「まず目が綺麗だよね。色素が薄くて綺麗な鳶色。一目見るだけで吸い込まれちゃうよ。詩子の瞳は世界クラスだね!」

「そ、そうですか」


 少し引いている私を差し置いて、未来はマシンガンのような早口で言葉を打ち出していく。


「あと眉毛も整えてない癖に整ってて天然美少女って感じで最高だし、肌だって透明感あふれてるよね。今は日焼けしちゃってるけど、それでも見惚れちゃうもん。あと鼻筋もすっと通ってて小鼻だってちっちゃくて可愛いよね。唇もだよ。桜色でみてるだけでキスしたくなちゃうよ。輪郭だって無駄がなくて指先でなぞりたくなっちゃうよね」


 なんだか照れてきた。かなり誇張も混じってる気がするけれど、ここまで真摯に容姿を評価されると、見た目が好きという毒にも薬にもならない言葉すら、安直ではない重みを帯びてくるような気がしてくるのだ。


「スタイルだっていいし、昨日お風呂でみたときは意外と胸おっきかったよね? しかも形だって良い。色だって綺麗だよ! とにかく詩子の見た目は私の好みど真ん中で最高!」


 鼻息を荒くしてみつめてくる未来に、私はぼそりとつぶやく。


「……未来のえっち」


 私の一言で正気に戻ったのか、未来はみるみるうちに顔を真っ赤にしていく。


「え、あれ……? 私、一体何を……」


 視線をさまよわせて、目を見開いている。たくさん汗をかきながら、恥ずかしそうにとぼとぼと歩き足元をみつめていた。


 私はこれまでの人生で一番のにやけ面で未来をみつめた。


「ふふ。最愛の彼女のことを思いすぎて暴走しちゃったんだね」

「と、とにかく分かったでしょ? 私がどれだけ詩子のこと好きかって」


 瞳を揺らめかせながら、未来は私を睨みつけた。


「少なくとも見た目を理由に浮気される心配はなさそうで安心したよ」

「……浮気なんてするわけないよ」


 不満そうな瞳が向けられたから、私は「そうだね」と未来の頬に手を当てる。すると未来は耳の先まで赤くしながら、目を閉じる。私はそんな未来の耳元でささやいた


「たまには未来からしてくれてもいいんだよ?」


 すると未来は視線をそらしながらつぶやく。


「……私は、その。恥ずかしいから」

「私だって恥ずかしいんだよ? 不公平じゃないかなぁ」

「……むぅ」


 未来は不満そうな表情のまま私をみつめた。かと思うと、そっと私の頬に手を当てる。思った以上に緊張している自分に気付きながらも、私は目を閉じた。


 どくんどくんと慌しい鼓動が聞こえてくる。


「するよ?」

「……うん」


 深呼吸の音が聞こえてきたかと思うと、ふにゅりと柔らかくて熱いものが唇に触れた。それはまるで惜しむようにそっと私から離れていく。


 私の頬はすっかり熱くなっていたけれど、できるだけ平静を装って目を開く。すると恥ずかしそうに視線をそらす未来が目の前にいた。私は微笑みながら告げる。


「……よくできました」

「わんちゃんじゃないんだから……」


 なんて文句は言うけれど、未来は嬉しそうだ。私も笑顔でつげる。


「これからもよろしくね」

「それは無理! わ、私やっぱりどちらかと言えばMみたいだから……」

「される方が好き?」

「……うん」


 それなら仕方ないかと微笑んで、私たちは歩いていく。すぐに家までたどり着いてしまって、未来は寂しそうだ。


「その、また言い合いっこしようね? お互いの好きなところ」

「そうだね。また私のことを思うあまり暴走する未来をみるのが楽しみだよ」

「……変態」

「私の胸がどうとか言ってたのは誰かな?」

「……むぅ」


 未来は不服そうな表情を一瞬浮かべたけれど、すぐに寂しそうになってしまう。一晩あえなくなるのだ。たった一晩だと思われるかもしれない。でもその一晩が今の私たちからすると、幾星霜にも思えるのだ。


「今日もスマホで話してくれる?」


 悲しそうなその声に、私は頷く。


「話すよ。いつでもいいから」

「そっか。ありがとう。詩子」


 未来は何度か振り返りながら、玄関へと向かっていく。


「ばいばい。未来」

「ばいばい」


 手を振りながら、玄関扉の向こうに消えた。がちゃりと無機質な音だけが響き渡る。私は寂寥感を覚えながら、帰路についた。

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