第29話 末永く
私たち四人はカフェを出て、ファミレスに向かった。その道中、やっぱり未来は私を日傘に入れてくれなかった。いちゃいちゃしているのを二人にみられるのが恥ずかしいのだろう。
なにごともなくファミレスに着く。私たちは窓際から離れた日の差さない、涼しい席に座った。
「私は王道のハンバーグで!」
「私も王道のハンバーグです! 未来さんはどうしますか? 少食だからいつも通り……」
「ビッグハンバーグにする」
未来がぼそりとつげると、二人とも目を見開いていた。
「大丈夫か? 食べきれる?」
「大丈夫ですか?」
未来は二人の問いかけにこくりと頷いていた。
「大丈夫。詩子は何にする?」
「私はハンバーグにする」
未来がボタンを押すとすぐに店員さんがやってきた。注文を終えると姫野さんと加藤さんは不安そうに未来をみつめている。
「ここのビッグハンバーグはなめないほうがいいよ……。未来」
「なめないほうがいいです……。前に二人で食べたんですけど、それでも残してしまいました」
「大丈夫だよ」
そんなやり取りをしていると、普通のサイズのハンバーグに混じって、とんでもないサイズのハンバーグがやって来た。通常の四倍くらいはありそうだ。流石の未来でもこれは厳しいのではないか、なんて思っていたけれど杞憂だった。
驚愕する二人の目の前で、未来は凄い食べっぷりをみせる。まるでフードファイターみたいだ。大雑多にハンバーグを切ったかと思えば、その巨大な塊を小さな口に押し込んでいく。その繰り返しで、あっという間に完食してしまった。
姫野さんと加藤さんは呆然としていたけれど、すぐに目を輝かせた。
「大食い美少女……!」
「尊いです!!」
未来は嬉しそうにしていたけれど、少し切なそうでもあった。もしかすると、拒絶されるのを望んでいたのかもしれない。拒絶されたなら、記憶を消すことへのハードルが下がるかもしれない。そう思っていたのだろう。
でも二人は未来を受け入れた。それでも諦めきれないのか、未来は言葉を紡ぐ。
「ごめんね。私、二人を騙してたんだ。私、病弱だったけど別に小食なわけじゃないし、おしとやかな性格ってわけでもない。どちらかと言えば、詩子っぽいっていうか」
「……なんでそこで私が出てくるの」
私がジト目でみつめていると、未来は微笑んだ。
「私の大切な人だから」
案の定、姫野さんと加藤さんはきゃーきゃーと黄色い声をあげていた。だけどしばらくして落ち着くと、不思議そうに首をかしげている。
「でもなんでそんな嘘をついたんだ?」
「気になります」
未来は顔を強張らせていた。けれど深呼吸をしてから、そっとつぶやいた。
「……嫌われるかもしれないって思ったから。病弱なら病弱らしくしないと」
未来はずっと不安に思っていた。病弱だった中学生のときに少しでも明るい自分をみせれば、誰もが「仮病じゃないの?」なんて批判的な目線を向けてきたのだ。だからこそ、友達である二人にも隠して、偽りの自分を演じてきたのだろう。
でもその二人の友達は同時にため息をついた。
「そんなので嫌いになるわけないだろ」
「ないです」
「これまでずっと未来は自分にも嘘をついてたってことだろ? むしろ嘘をつかせてきた私たちの方が申し訳ないよ」
「これからはありのままでいてくれると嬉しいです」
でも未来はほっとするどころか、辛そうに笑っていた。やっぱり拒絶されたかったのだろう。そうすれば、記憶を消す覚悟が簡単にできるから。
「そっか。ありがとう」
私は未来の横顔を時たまみつめながら、食事をすすめた。複雑そうな表情をしていた。食べ終えてしばらく雑談をしていると、不意に二人がこんなことを言う。
「そろそろ解散しませんか?」
「そうだな。早く二人を二人きりにしてあげたいしな」
二人はにやにやと私たちをみつめてくる。未来は小さくため息をついて「そうだね」と頷いていた。それぞれ自分の注文した料理のお金を出し合って、レジに伝票を持っていく。それから四人でファミレスを出る。
私たちは手を振りあいながら、別れた。
二人が視界から消えると、私はそっと日傘の柄を握る未来の手に手を重ねた。すると未来は小さく震えて、顔を赤らめた。視線をそらしながらつげる。
「……随分積極的だね」
「ずっとじらされてたからね。誰かさんのせいで」
「流石に友達の前でいちゃいちゃはだめでしょ……」
「私はいいけどね。むしろ自慢したいよ。未来が彼女だってこと」
「……詩子のばか」
なんてつぶやきながら、未来は私の頬にキスをした。
二人で街を歩いていく。日差しが強い。風に吹かれた公園の木から、葉の擦れ合う音が聞こえてくる。私は未来に問いかけた。
「これからどこに行くの?」
「詩子の家。そこで二人で課題やろう」
「ずいぶん強引だね。そんなに私の部屋、見たいんだ?」
私がニヤニヤしながらささやくと、未来はこくりと頷いた。
「詩子に甘えたい気分なんだ」
「そっか。たくさん甘えると良いよ。赤ちゃんみたいに甘やかしてあげるから」
「流石にそこまでは良いよ」
未来は小さく微笑んだ。けれどなんだか複雑そうな表情でつぶやく。
「……詩子もいつかは誰かと結婚するのかな」
「大丈夫だよ。未来と心中するから」
「またそんなこと言う……。嬉しいけどさ。怖いよ。もしも本当に心中して欲しいって言われたら断る自信ないんだ。未来が他の人と付き合う所想像したら、胸が苦しくて」
「そんなに私のこと思ってくれてるんだね」
未来は不機嫌そうに目を細めた。
「当たり前でしょ? 私だって同じくらい詩子のことが好きなんだから」
「私の方が未来のこと好きだよ」
「そんなところで張り合わなくていいでしょ……」
やれやれと未来は首を横に振った。
かと思うと、真剣な表情で私に問いかけてくる。
「ねぇ詩子。記憶を消すの、やめた方がいいと思う? 私、生き残れる可能性はそんなに高くない。もしも命を落とせばみんな悲しむと思う。けれどやっぱり怖いんだ。これまでのこと、全部忘れさせてしまうのは」
きっと未来も揺らいでいるのだろう。あんな風に本当の未来をみせても嫌われるどころか、むしろ好きだと言ってもらえて。
「何度聞かれても、私の意見は変わらないよ」
私がささやくと、未来は苦しそうに笑った。
「そっか」
私たちは二人で歩道を歩いていく。かつての病弱な自分への罪の意識。たくさんの人に迷惑をかけたという負い目。みんなから悲しみを取り除くという選択肢があるにもかかわらず、それを選ばないという罪悪感。
きっと色々な葛藤がその一瞬で行われたのだと思う。
けれど結局未来は、ひとまずは自分の後悔を受け入れることにしてくれたらしい。
苦しそうな表情で、微笑む。
「……今はみんなの記憶を消すのはやめようと思う。けど、病気が進行してみんなにもばれちゃったら、どうなるか分からない。また心変わりするかも」
未来の病気のことを知ったら、みんな悲しむはずだ。心優しい未来なら、親しい人たちの悲しみを放っておけないだろう。
だけど今だけでもみんなの記憶を消すことへの重圧から解き放たれたのなら、本当に良かった。未来にはたくさん楽しんでほしい。私と過ごす時間を。
そして願わくば病気だって治してほしい。
私と末永く生きて欲しいのだ。
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