第11話 花火大会の終わり

 花火がたくさん打ちあがっていく。私と未来は寄り添い合って、夜空を見上げていた。オーソドックスな放射状に広がる花火があれば、ハートの形をした花火もあって感心させられる。


 でも私は花火ではなく、ほとんどの時間、未来の横顔をみつめていた。キスをしたときは思わず目をそらしていたけれど、やっぱり好きな人なのだからずっと見ていたいのだ。花火が瞬くたびに照らされるその表情から目を離せない。


「……花火が羨ましいなぁ」


 不意に未来は口を開いた。


「花火は綺麗でみんなを幸せにする。消えてもなお美しく心に残る。でも私が消えたら、みんなは悲しむ。悪い意味で心に残る。だったら私、花火になりたかった」


 そうして未来は微笑んだ。だから私は当たり前のことを未来につげる。


「でも花火に恋はできないでしょ? 花火と手は繋げない。花火とは寄り添い合えない。花火とキスなんてできない」

「火傷しちゃうもんね」


 くすりと笑ったかと思うと、未来は不意に私を抱き寄せた。未来の可愛い顔に急に引き寄せられてドキリとする。胸の高鳴りは治まりそうになかった。


「ずーっと続けばいいのにね。こんな毎日が」

「流石に飽きない?」

「えー。ひどい。この現実主義者め」

「……でも少なくとも、未来への恋心が一か月で消える花火だとは思えないよ」

「消えちゃえばいいのに」


 未来は私を小突いた。


「消えないよ」


 私は夜空を見上げたまま、未来を小突き返した。


 しばらくすると花火は終わり、観客たちは騒めきながら帰路についていく。丘の上から見下ろすと、屋台の並ぶ通りはちょっとした過密状態に陥っていた。


「喪失感がすごいよね。終わっちゃったんだなーって感じで」

「でも楽しかったでしょ?」

「でも寂しいよ。どっちの方がいいんだろうね」

 

 私たちは丘の上に座って、言葉を交わす。今や海は穏やかに凪いでいて、真っ白な月が沈んでいた。


「あー。なんだか膝枕の気分。どこかに傷心の美少女を慰めてくれる膝枕はないかなぁ。ちらちら」

「膝枕して欲しいの?」

「ちらちら」

「してあげてもいいけど、未来は何をくれるのかな?」


 問いかけるとむすーっと頬を膨らませた。


「無償の愛って言葉を知らないの?」

「与えてもらう側が言ったら終わりだよ……」

「しょうがない人だ。頭をなでなでする権利をあげよう」

「撫でてもらいたいだけでしょ」


 物欲しそうな顔で私の足をみつめてくるから、私は仕方なく浴衣姿で正座をしてあげる。すると未来はぼふんと勢いよくその上に頭をのせた。そして私を見上げて、ニコニコしている。


 うん。とても可愛い。自然と頭に手が伸びる。さらっさらの髪の毛を撫でていると、ますます未来が子供に見えてくる。最初は大人びた未来に恋をしたはずだったんだけどなぁ。


 なんというか、未来のそばにいると私の方が大人びてしまうのだ。


 まるで大昔から、そうだったみたいに。


「膝枕って思ったよりもいいんだね。このまま朝まで寝ちゃおうかな」

「あと十分で終わるよ。そろそろ帰らないとお互い親が心配するだろうし」

「わーい。十分もいいんだ。ねぇねぇ詩子。知ってる? このテクニックをドアインザフェイスって言うんだよ!」


 どや顔で雑学をいう未来が可愛いから、知らないふりをしてあげる。


「へぇー。知らなかった」

「どう? 凄いでしょ」

「うん」


 穏やかな時間だなぁと思った。潮風が私たちのそばを吹き抜けていく。いつまで経っても海は姿を変えない。人間の尺度からすると不変な存在であること思い知らされる。


「そろそろ十分経つよ。起きて」

「むにゃむにゃ」

「寝たふりをしない」

「はーい」


 未来はしぶしぶと言った風に、体を起こした。そしてふわぁと大きなあくびをして立ち上がった。その頃になると、屋台の通りの人通りは落ち着いていた。


 私たちは手を繋いで丘を降りた。


 レンタルした浴衣を返してから、私たちは帰路につく。もう時計は九時を回っていた。でも隣を歩く未来は元気いっぱいだ。


「デートが終わったから、次のデートの話題を出してもいいよね!」

「わんこそばみたいだね」

「やっぱり楽しいことばかり考えていたいからね。詩子もそうしたほうがいいよ。一年も八十年も、宇宙のスケールからしたら同じようなものなんだから」

「……でもどうせ記憶は消すんでしょ? 」


 私が問いかけると未来は眉をひそめた。かと思うと、小さく微笑んだ。


「心変わりした。やっぱり詩子にだけは……、大好きな詩子にだけは私のことを覚えておいて欲しいよ」


 微笑んでいるけれど、ひしひしと苦しみの伝わってくる表情だった。私の記憶を消さないということは、私を悲しませるということだ。悲しませない手段があるにもかかわらず、私には覚えておいてもらいたいと思う。


 未来からするとそれは一貫性のない、矛盾した辛い決断なのだと思う。それなのに、私を悲しませることを選んだ。


 でも私からすると、その決断は正直嬉しかった。未来は私のことをそれほどまでに大切だと思ってくれているのだ。


「……ありがとう。嬉しいよ」


 私がそうささやくと、未来は「ごめんね」と謝った。


「詩子一人だけを苦しめることになるのは、嫌なんだ。けど、やっぱり忘れてもらいたくなんてない」


 今にも泣き出してしまいそうな表情だった。


「私が生きていたってこと。私のために走り回ってくれたこと。りんご飴を一緒に食べたこと。花火が咲くなかでキスをしてくれたこと。楽しかった、幸せだった時間。全部全部詩子には大切にして欲しい」


 私はそっと未来を抱きしめて、ささやいた。


「……うん。死ぬまでずっと覚えておく」

「ありがとう。これからもよろしくね」


 未来は切なげな笑顔でぺこりと私に頭をさげた。


 未来と別れて家に帰ると、母に小言を言われた。謝ってから自分の部屋に向かうと、ちょうどベッドに寝転んだタイミングでスマホが震え、メッセージが表示された。


『海水浴!』


 陰気な空気で別れたのが気になっていたのだろうか。ニコニコする猫のスタンプもついている。とにかく、どうやら次のデートは海水浴で決まりらしい。私は服をめくってお腹をつまんでみる。うん。なかなかにまずいかもしれない。


 お腹を睨みつけながら悩んでいると、未来からまたしてもメッセージが来た。


『明日、水着一緒に買いに行こうね!』

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