第8話 駆け回る詩子
いくつか店を回って、ようやく浴衣の残っている店をみつけた。でも一着しか残っていなくて、未来は意気消沈していた。
「そんなに私と二人で浴衣デートしたかったんだ?」
ニヤニヤとみつめていると、未来は頬を膨らませた。
「浴衣姿で恋人つなぎなんて期待してないし、花火の上がる中で浴衣姿でキスしてもらうのも期待してないし、人ごみの中ではぐれちゃったあと、下駄が痛くてしゃがみ込んでいる所に大慌てで詩子が駆けつけてくれるのも期待してないよーだ」
「い」
「あとあまりにも浴衣姿が綺麗だからナンパされてるとこを『私の彼女なので』って颯爽と助けてくれたり、そのあと『大丈夫だった?』って優しく抱きしめてくれるのも期待してません!!」
未来は腕を組んで、ぷいとよそを向いてしまった。
「私に浴衣なくても叶えられるの、結構あるよね?」
「核心的事実だね」
「……うん」
「でも私は詩子と二人で浴衣デートしたいの!」
胸の前で両手の指先同士をつんつん合わせながら、頬を膨らませている。可愛いけど、わがままだ。この人。でもそれすらも受け入れられてしまうあたり、私は相当に毒されている。
「分かった分かった。とりあえず、未来はここで着付けしてもらってて。私、他の所で探してくるから」
「……うん。頑張ってね?」
「はいはい」
スマホをみると、花火大会が始まるまであと一時間半だった。移動時間や着付けしてもらう時間を考えると、あと三十分程度で探さなければならない。
店の正面は人通りが多く、走るのは憚られる。けれど今の状況で走らないわけにはいかない。私は恥をこらえながら、全力でスマホのナビに従って走った。
浴衣を着た人々の視線が、私に集まる。かつて自分の前世を忍者だと勘違いしていた私の面影はもはやない。正直言って、滅茶苦茶恥ずかしい。でもこの程度の恥で未来が笑ってくれるのなら、気にならない。
私は息を切らせながら、一軒目に駆け込んだ。けれど全滅。二軒目もなし。残り時間はもう十分程度だ。けれど私の体力は限界で、もう次の店がラストチャンスだった。ここになければ、未来の願いは諦めるしかない。
でもそんなことになれば、きっと未来は悲しむに違いないのだ。
わずかに残った体力を振り絞って、最後の店に向かう。
「浴衣ぁ! ありますかぁ……。はぁ。はぁ」
汗をだらだら流す私の姿に店員さんは驚いていたけれど、極限の疲労のあまり私が睨みつけるような視線を向けると、引きつった表情で「あります」と答えてくれた。
急いで着付けてもらった。スマホで未来に連絡して、駅前で落ち合う。人混みの中に立つその姿を見た瞬間、私は魅入られてしまった。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」なんて言葉があるけれど、まさにそのままだ。
白黒の世界で、たった一人だけ花のように鮮やかにみえた。
「あっ! 詩子! こっちこっち!」
でもいつも通り子供っぽい表情をするものだから、くすりと笑ってしまう。この態度なら緊張はせずに済みそうだ。
「はぁ。未来のせいで疲れたよ」
「ごめんね? でもありがとう! 行こう?」
そうして当たり前のように、恋人つなぎをしてくるのだ。でも未来はもう緊張する様子をみせていない。なんだか負けた気分だった。
駅のホームに登って、タイミングよく現れた電車に乗り込む。席に座っても恋人つなぎをしているけれど、やっぱり私の姿について触れてくれない。
なんだかもんもんとする。これまで自分がみんなにどんな風に思われてるのか、なんてあまり考えたことなかったのに。なんなんだろう。この気持ちは。
やがて電車は駅に着き、私たちもホームに出た。駅の構内には既に流れができていて、海岸へとみんな向かっているみたいだった。私たちもその流れに逆らわず、流されていく。ざわめきの中から微かに潮の匂いがした。
人ごみの中で未来がささやく。
「花火ってさ、綺麗だよね」
「そうだね」
「でも一瞬で消えちゃうよね」
「……」
「私みたいだよね」
ニヤリと未来は笑った。私はじとーっと未来をみつめる。
「流石に花火ほど美しくはないでしょ。自画自賛が過ぎるよ。それに物理的には一瞬で消えるけど、人の記憶には美しく残る。だから何も残さないわけじゃない。花火も、未来も」
そう告げると、私の隣で未来はぼんやりと遠くをみつめていた。まるで幼いころ見ることのできなかった花火を探すように。あるいは、自分の人生の終わりを眺めるように。
とにかく、何かをみていた。
かと思うと突拍子もなく口を開く。
「綺麗だなーって思ったんだよね。一目見た瞬間に。それまではなんていうか、割と受け入れてたんだよね。自分の運命とか、色々なこと。けど、なんだか怖くなっちゃった」
顔を赤くしながら、じーっと私をみつめてくる。
「……全部詩子のせいなんだからね。詩子のばーか」
私が首をかしげていると、未来はむすっとした表情になった。
「私、なにか悪いことした?」
「したよ。詩子は悪い子だよ。なんでそんなにきれいなの? ……浴衣姿」
不意にそんなこと言われて、あっという間に顔が熱くなってしまう。私は精一杯の照れ隠しなジト目で未来をみつめた。
「……褒めても何も出ないよ」
未来は切なそうに微笑んでいる。私は視線をそらして、顔のほてりを隠した。胸の鼓動を数えながら、未来と一緒に海辺の花火会場へと向かった。
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