第2話 真実

「おはよう。櫻」

「おはよ」

「……おはよう」


 翌日、教室にやってくると千葉と宮田の二人に話しかけられた。千葉は明るい性格をした子。一方、宮田は切れ長の目が特徴のクールな子だ。


「あれ? どうしたの。今日は随分元気がないね」

「体調悪いのか? 大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 私は笑顔を浮かべて、胸の前で拳を作った。しばらく雑談をしていると、扉が開いて咲乃さんが入ってきた。今日も咲乃さんは綺麗だけれどこれまでのように、素直に見惚れることはできなかった。


『質問なんだけど、もしも私が死んだら君は悲しんでくれる?』


 あの意味深な質問と、記憶を消す能力で頭がいっぱいだ。


「ねぇ千葉に宮田。質問があるんだけど」

「なに?」

「いってみろ」

「『もしも私が死んだら君は悲しんでくれる?』って相手に質問する時って、どんな時?」


 すると千葉も宮田も眉をひそめていた。


「どうした。メンヘラにでも告白されたのか?」

「絶対危ないよその人。止めといたほうがいいよ」


 二人ともとても心配そうに私の顔を覗き込んでいる。私は慌てて首を横に振った。


「そういうわけじゃないんだけど、どういうときにそういう質問するのかなって」


 すると二人は真剣な表情で考え込んだ。


「嫌なことがあったときとか? 死にたいくらいの。それで心配して欲しいんじゃないの?」

「慰めて欲しいとか?」


 普通はそうだよね。でも咲乃さんは相手の記憶を消したのだ。告白してきた相手の記憶を。全く意図がつかめない。


「それか、本当に死んでしまう時とか? 例えば病気とかで」

「あー。それもあるかも。小説とかでよくあるね。自分が余命わずかだってことを言い出せなくて、ほのめかすだけにとどめるとかさ」


 千葉と宮田は二人で盛り上がっていた。


 咲乃さんが死ぬ……? いや、まさか。咲乃さんはどうみても健康だ。学校を休んだことなんてないし、体が弱そうにも見えない。噂によると中学のときは病弱だったらしいけれど……。


 今も窓際の席で元気にクラスメイトと話している。


 いや、でも千葉と宮田の考えを当てはめるのなら、それなりに辻褄が合う気がする。余命わずかだから自分の死を悲しませないために、悲しみそうな人の自分に関する記憶を片っ端から消していく。


 咲乃さんは優しいから、十分にあり得る。


 そう思った瞬間、背筋がぞっとした。もしも本当にそうなら、どうしよう。


 妄想だと一蹴することはできる。けれどあの優しい咲乃さんが人の記憶を消すなんて、よっぽどの理由が裏にあるのだと思う。余命じゃないにしろ、ただならないことを抱えていそうな気がするのだ。


 私はじっと窓際の咲乃さんをみつめる。


 私は咲乃さんのことが好きだ。だからこそこれまで叶わない恋をしたくなくて、距離を取っていた。けれどもしも咲乃さんが一人でなにかを抱えているのなら、助けてあげたいのだ。


 私はお昼休み、咲乃さんが一人で廊下を歩いているタイミングをみつけて、話しかけた。


「あの、咲乃さん」

「……櫻さん? どうしたの」


 咲乃さんはいつも通り大人っぽい表情と態度だ。けれど昨日の咲乃さんは冷たいというか、強張った表情だった。


 もしも私が秘密を知ったことを知られたなら、やっぱり記憶を消されてしまうのだろうか? 私の咲乃さんへの思いもろとも。


 けれどもしも咲乃さんが何かを抱えているのなら助けてあげたいと思う。放っておけるわけがないのだ。だって私、咲乃さんのことが好きだから。


 私は小さな声でつげる。


「昨日、告白されてましたよね?」


 すると咲乃さんは表情をこわばらせた。


「……そうだけど、それがどうしたの?」


 私の様子を伺うような視線を向けてくる。どこまで知っているか探ろうとしているのだろう。


「全部、知ってます」


 そう告げた瞬間に、咲乃さんは私の手を引っ張った。そして人気のない屋上近くの踊り場まで連れていかれる。ここで記憶を消されてしまうのだろうか?


 でもそれまでにせめて咲乃さんの抱える問題について知りたいのだ。例え忘れてしまうとしても、それでもやっぱり大切な人のことは理解したい。ほんの一瞬でもいいから、私を咲乃さんの特別な人にして欲しいのだ。


 例えそれが悪い意味の特別であったとしても。


「君は私が記憶を消すところをみた。そうだね?」

「……はい。やっぱり私の記憶も消すんですか?」


 問いかけると、咲乃さんは大きくため息をついた。


「……またこんなことになるとはね」


 咲乃さんの表情は辛そうだ。このままおとなしく記憶を消されたほうがいいのだろう。けれどせめてこの程度のわがままは許してほしい。


「記憶を消すのは良いです。でもせめて咲乃さんがどうして記憶を消したのか、何を抱えているのか私に教えてくれませんか?」

 

 懇願すると咲乃さんはしばらく迷うようなそぶりをみせたけれど「分かった」と頷いてくれた。そして真っすぐに私の目を見つけたかと思うと、滔々と語り始める。


「私には記憶を消す能力がある。そして、私が昨日の人から記憶を消したのは、私の余命が残り一年だから。私の死で誰も悲しませないために、記憶を消したんだ」


 咲乃さんは自嘲的な笑みを浮かべた。

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