第29話 バトンタッチ

 イルティアが葛藤を残したまま、折れそうな己の心を奮い立たせる。


 炎が効果を発揮しないのを見て、アンデット騎士に斬りかかった。


「……っ」


 これまでは炎のおかげで、いとも容易く敵を斬り伏せてきた。


 しかし炎無き今、かつての仲間の肉を切り骨を断つ感触がより鮮明に、生々しく伝わる。


 斃れゆく仲間の顔を見る度に、イルティアの心がすり減っていく。


 そのイルティアの表情をみて悟ったサトギリ。


「酷いことするね〜。仲間なんじゃないの? みんなは第一騎士団長なら助けてくれるって信じてるかもよ? それなのに容赦なくバッサバッサ、慈悲の心は?」


 イルティアがより罪悪感を抱くように煽る。


「黙れ、貴様は灰すら残さん」


 イルティアは吐き捨てて騎士を斬る。


「……!?」


 そして、イルティアが今までとは違う反応を見せた。


 自分を叱咤し、無理矢理に振るっていた迷いの剣。


 しかし、力の緩んだ手から剣が落ちる。


 斬り伏せた年若い騎士が、涙を流していたから。


 既に限界ギリギリだったイルティアの心が、完全に砕けた。


「あ、言い忘れてたけどまだ生きてるお仲間さんも紛れてるよ」


 サトギリがなんでも無いことのように言ってのける。


 口を縫い付けられ、もの言えぬ体にされた騎士。


「ワイアットに何をした……?」


 ワイアットはまだまだ新米ではあるが、実直で家族想いの立派な青年だった。


 アンデット化され強制されている訳でも無いのに、イルティアを襲うとは考え難い。


 死の間際に見せた悔しそうな涙には、理由があるはず。


「さあ? 頼んだら頷いてくれたよ。若い子は素直でいいね」


 答える気のない返事。


 イルティアがアンデット騎士たちを注意深く観察すると、若い数人の騎士に表情が見られた。


 それはおそらく恐怖、なのだろう。


「騎士になって間もない者ばかりを狙ったのか……」


 サトギリはやれやれ、と肩を竦める。


「揺さぶり易かったからね。縛り上げた家族の首に刃物を突きつけただけでこれだよ」


「外道がっ……」


 剣を落として丸腰のイルティアに、存命の騎士が迫る。


 新米の騎士は涙を湛え、剣を振り上げる。


「……辛い思いをさせたな、すまない」


 イルティアはそう言って微笑を浮かべた。


「イルティアっ!?」


 アニカの叫びも虚しく、イルティアは肩から腰までを袈裟懸けにされ、深い裂傷が刻まれる。


 鮮血が飛び散り、力の抜けたイルティアの体が投げ捨てられたように地に打ち付けられる。


 イルティアの方が上官ではあるが、年齢で言えば十八の少女。


 新米の騎士とはそこまで年齢は変わらない。


 しかしながら、そこには確かな信頼関係があった。


 騎士の手から剣が落ち硬質な音が響く。


 震える手で頭を抱えていた。


 彼は心の叫びを声に出すことも出来ず、くぐもった音だけが漏れていた。


「はいこれでオマエだけ〜」


 サトギリはアニカに顔だけを向けて、現実を突きつける。


 人の関節では有り得ないその姿勢に、不気味さを感じずにはいられなかった。


「頼みの化け物が死んで今どんな気持ち?」


「地獄に、落ちなさい」


 最大の障害が消え有頂天なサトギリ。


 アニカが親指を下に向けて答える。


「……オマエ、ほんっとムカつくな」


「あんた程ではないわ」


 気を良くしていたサトギリが表情を消した。


「公開処刑ね」


 壁に凭れたアニカにサトギリが近づいた。


 その時、遠吠えが響き渡った。


「え、なに?」


 キョロキョロするアニカと眉を顰めるサトギリ。


 すると、突如として大広間に狼の群れが傾れ込んだ。


魔戦狼人ワーウルフの村の狼殺したからか? まぁどうでもいいけど。殺せ」


 騎士たちが狼の群れと衝突する。


 次々と狼たちが騎士に飛び掛かり、組み伏せていく。


 そうして、一本の道が開けた。


 その道を行くのは、小さな黒い狼。


 肉眼では捉えるのも難しい、影の様な高速移動。


 道の先に転がる死体の側で止まり、甘えた声を出す。


 死体の、メイネの胸に、咥えていた黒いゴム質の球体を押し当てる。


 狼が牙を立て、球体を破った。


 球体の内側から紫黒色の光が溢れ出す。


 上方へ立ち昇った光がメイネを包み隠す。


「おいっ! なんで死霊覚醒クリエイト・アンデットが起動してる!?」


 光の正体を見破ったサトギリが狼狽する。


 今ここには天使が、ルプスがいない。


 そんな状態で天敵である死霊魔術師と相対するのはまずい。


死霊改竄チェンジ・アンデット!」


 メイネの近くにいたアンデット騎士から棘が伸びる。


「やめろよっ!」


 だが光に当たると、金属にぶつかったような音が響いて弾かれた。


 何度試しても結果は変わらず。


 一心不乱に攻撃を仕掛けるが、それが通ることはない。


 やがて光の内側で、青い輝きが包み込む様に広がる。


死霊改竄チェンジ・アンデット


 サトギリとは別の声。


 アンデット騎士の棘が踵を返し、アンデット騎士自身の頭部を破壊した。


 薄れる光の中から少女が現れる。


「いや〜、なんか生き返っちゃった! ちょ、やめて……」


 メイネは小さな狼にしがみつかれ、顔をペロペロと舐められていた。

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