第22話 悪者

「ロトナっ!?」


 メイネの首を刈り取らんとする凶刃を目にした時、アニカは反射的に魔力収束砲を放っていた。


「なんだっ!?」


 間一髪で気づいたイルティア。


 後方に飛び退いたイルティアとメイネを、高密度の魔力が隔てた。


 一切合切を薙ぎ払った魔力が鎮まると、メイネがいた筈の場所には誰もおらず、ポッカリと地面に穴が空いていた。


「何のつもりだ、アニカ嬢!」


 イルティアが非難する。


「それはこちらのセリフだわ! ロトナに何してるのよ!」


「ロトナ? ……あの魔戦狼人ワーウルフの娘を知っているのか?」


 アニカの発言に、イルティアは眉根を寄せる。


「……とも……私の従者よ!」


 僅かな沈黙と歯切れの悪い返答。


「従者だと? ……あの娘の正体を知っていたのか?」


魔戦狼人ワーウルフなのは知っていたわ!」


「違う、そんなことじゃない! あの娘の使う魔術についてだ!」


「……水魔術でしょう?」


 それがどうしたと訝しむアニカ。


 イルティアはアニカが知らないのだと確信する。


「確かに水の魔術も行使していた。だがあの娘は、死霊魔術師だ!」


 言い切るイルティアを見て、アニカが怪しいものでも見ているかの様な目を向ける。


「……何を根拠にそんなことを言うのかしら?」


「私は四年前、あの娘に会っている。無数のアンデットに囲まれた、あの娘に……!」


「それで何でロトナが死霊魔術師ってことになるのよ?」


「私も確証がある訳ではなかった。つい今し方、アンデットを従え、教会を襲うあの娘を見るまでは……!」


 イルティアの言葉に、アニカが絶句する。


「……ロトナが、教会を?」


「ああ、そして例の薬を持っていた」


「薬って、アンデット化事件のよね?」


「そうだ」


 齎される情報は、アニカにとっては信じがたいものばかり。


 嘘だ、と断じることが出来ればどれだけ良かったか。


 しかしアニカはここ数週間でイルティアの人となりを見てきた。


 とてもそういった類の嘘をつく人物だとは思えなかった。


「ここ最近のアンデット化事件を引き起こしてたのは、ロトナだって言いたい訳ね?」


「状況的に、そうとしか思えん」


 イルティアの目にした光景は、メイネが犯人であると雄弁に語っていた。


「もし、ロトナが災いを齎す死霊魔術師だったとしても……何の理由もなく、アンデット化事件や教会の襲撃を行うとは思えないわ!」


 メイネを知っているアニカだからこそ言える。


 無理矢理にでも部屋から引き摺り出さないと、一日中だらけていようとするのがメイネだ。


「理由があれば、許されるとでも?」


 対するイルティアの視線は厳しい。


「そうは、言っていないわ。ただ本当にロトナがやったのかはまだわからないし、もしかしたら何か掴んだのかも……」


「何か、とは?」


魔戦狼人ワーウルフの村を滅ぼされて、たった一人残った幼馴染もおかしくされて、なんとか助けようとしてる筈なのよ。その犯人か幼馴染を助ける方法を教会が知ってたのかも……」


「待て、魔戦狼人ワーウルフの村が滅ぼされただと? 一体誰にそんなことができる? 一人一人が人間より遥かに優れた戦士なのだぞ」


「貴女なら出来そうね」


 少し嫌味を込めてアニカが言う。


「私はそんなことしていない!」


「わかってるわよ」


 アニカが手をひらひらさせる。


 少しからかっただけだ。


「あ、そういえば木の人間、天使、接続者、サトギリ。どれか覚えがあったりしないかしら?」


 アニカはダメ元で聞いた。


 するとイルティアがアニカに詰め寄り両肩に手を置く。


 手に力が入りすぎているのか、アニカが顔を顰める。


「その名を何処で知った!?」


「サトギリについて何か知ってるのね?」


「いいから答えろっ!」


 イルティアが我を忘れてアニカの肩を揺らす。


「な、何をしているんですかイルティア様!?」


 そこへカノンの兵士が数人駆けつけた。


「す、すまない……」


 ハッと、我に返ったイルティアが手を離す。


「いいわよ、それで何を知ってるのよ?」


「私の生まれ育った村を滅ぼしたのが、サトギリの率いるアンデットの群れだった」


「何ですって?」


「私もそれ以上の事は知らん」


 口を噤むイルティアを見てアニカが何やら考え込んでいる。


「私が知ったのは木の人間がサトギリの名を口にしていたからよ。魔戦狼人ワーウルフの村の襲撃指示を出していたのがそいつだってね」


「何だと!?」


「……ロトナの他にもアンデットを使える奴がいるのね?」


 アニカにとって重要なのはそこだ。


「今回のアンデット化事件の原因がサトギリで、教会がそれに関わっている。ロトナはその情報を何処かで掴んでいたとしたら……」


 仮定ではあるが、口に出して整理すると何ともしっくりきた。


 メイネが無差別にアンデット化事件を引き起こしたというよりは余程。


「その木の人間というのは何だ!? 何処で会った!?」


 互いに相手のことを気遣う余裕も無く、思考の渦に沈むアニカと取り乱すイルティア。


 カノンの兵士たちはどうしたら良いのか分からず立ち尽くすしか出来なかった。






「痛ってて……」


 カノンを外れ、人の手が行き届かぬ森の中。


 メイネが腹を押さえていた。


「なんなの、あいつ」


 イルティアの言動一つ一つがメイネの癪に障った。


「私が間違ってるのは、わかってるし……」


 イルティアの言うことはいつも正論で。


 だから余計に腹が立つ。


「……アレボル」


 四年。


 十四歳の少女にとってはとても長い時間。


 それを共にしたアレボルとの別れ。


 辛いに決まってる。


 憤怒と寂寥感が綯い交ぜに胸を満たし続ける。


 木々に手をつき足を引き摺って歩いていると、一匹の狼が尻尾をぶんぶん振りながらメイネに駆け寄った。


「……ついてきちゃったの?」


 メイネが狼の頬を撫でる。


 洞窟でアニカと別れた後、魔戦狼人ワーウルフの村の状況を確認しに行った時の事を思い出す。






 家屋が倒壊し、瓦礫や木片が散らばる村。


 しかし死体等は無い。


 木人が連れて行ったのだろう。


『あいつら……』


 歯を食いしばり、拳を握りしめる。


 木人が言っていた、村を滅ぼしたというのは事実だった。


 メイネが怒りに身を震わせていると、カサカサと茂みが揺れた。


『……』


 茂みを注視していると、現れたのは狼の群れ。


 その代表らしき体格の優れた個体が前に出る。


『そなたは、この村の生き残りか?』


『どうだろ、生まれたのはここだけど、追い出されたから』


 メイネは皮肉混じりに答える。


『……我らと共に来るか?』


『いい、やらなきゃいけないことがあるから』


『報復か?』


『結果的にはそうなるかも』


『その時は、我らも力を貸そう』


『死ぬかもしれないよ』


『わかっている。だが同胞にここまでされて黙っていられる性分ではなくてな』


『じゃあ気が向いたら声かけるよ』


『頼む』


 そして狼たちが踵を返した。


『?』


 しかし一匹だけ、メイネの側に駆け寄り離れようともしない。


『おい、行くぞ。格好がつかぬではないか』


 話をつけ颯爽と去ろうとしていた。


 それなのに未練たらたらと残るものがいた。


 ハッハッと息を吐く少し間抜けな表情が何処と無く、長年共にしたルウムが甘える時の表情に似ていてメイネの顔が綻ぶ。


『みんなが呼んでるよ』


 しゃがんで目線を合わせ、うりうりと撫でながら後ろを向かせる。


 メイネが手を振るが、狼は何度も振り向く。


 渋々といった様子で群れに戻った狼。


『まったく、ではな』


 群れの長がため息を吐き、今度こそ狼たちが去っていく。


 その揺れる尻尾を見たメイネは、絶対に声はかけないと誓った。






 あの時にメイネの側を離れようとしなかった狼が、何故か目の前にいた。


「ほら、帰らないとまた怒られるよ?」


 言っても聞かず、離れようとしない。


「……じゃあこれ貸して上げるから、今度返しに来てね」


 狼に黒いゴム質の球体を手渡し、以前の様に後ろを向かせる。


 狼は何も言わず、ただ名残惜しそうに去って行った。


 あの狼を見ているとささくれ立った心から棘が抜けていった。


 気を取り直すように両手で顔を挟む。


「よしっ、次は王都に攻め込もう」


 神父の言葉に嘘がなければ、そこにアンデット化させる粉を作れるものがいる。


 それを辿っていけば木人なりサトギリなりに辿り着けるだろう。


 メイネは回復を待ちつつ、戦力を整え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る