第17話 初陣

「私たちは行くわね。カノンも近いし、教会に話は通しておくわ」


「何から何までありがとうございます。よろしくお願いします」


 話が纏まった様だ。


 アニカが手を軽く上げてアーロに背を向ける。


 サブレに乗って待っていたメイネと共にカノンへ向かう。


「教会に話ってなに?」


 メイネが問う。


「遺体を運ぶのよ、浄化してもらう為にね。放置したらアンデット化するかもしれないもの」


「へー」


 ウェルス王国における死者の弔い方は火葬でも土葬でもないらしい。


 メイネには浄化という単語が気がかりだった。


 それをする事でアンデット化を防げるというのなら、既にアンデット化したものに行えばどうなるのか。


 教会には近寄らないでおこうと決めた。


 カノンが見えてくると兵士からの迎えがあり、アニカは道中あれこれくどくどと説教をされていた。


 屋敷に着くと、アニカは魔力収束砲と名付けた兵器を背負い領主であり父親でもあるリキの元へ向かった。


 メイネは鼻歌を歌いながら軽快にスキップして自室へ。


 優雅な所作で戸を開き、流れる様にベッドにダイブした。


「ああぁぁぁ」


 枕に顔を埋め、溶けていった。






 それから数日後。


 メイネを起こそうと数日ぶりに部屋の前を訪れたアニカ。


 するとドアノブに『睡眠中。起こすべからず』と書かれたプレートがぶら下がっていた。


 ナイトキャップから泡が出ている絵まで添えられている。


 眉をピクピクさせたアニカがそのプレートを放り投げる。


「ロトナ! 起きなさい!」


 しかしアニカも慣れたもの。


 メイネが一度で起きるなんて思っていない。


「ロトナァ!!」


 部屋からの反応はなし。


「そっちがその気なら奥の手を使わせてもらうわ」


 フル装備のアニカが籠手を捻り、手を扉に翳す。


「起きろ寝ぼすけ!!」


 アニカの魔力が籠手へ収束し、衝撃波が放たれる。


 木材が折れる破砕音と共に扉が砕け散った。


 破片が落ち、カタカタと音を鳴らす。


 アニカが破片を避けながら部屋に侵入する。


 お目当ての部屋の主を見つけたが、


「なんでこの状況で寝れるのよ……」


 メイネはまだ寝ていた。


 布団を捲り上げると、体を丸めて小さくなっている。


 アニカがチラリとアレボルを見る。


 また邪魔をされるかと思ったが、今回は許されたらしい。


「ロトナ! 起きなさい!」


 肩を揺すり、微睡の世界から強引に引き摺り出す。


「んん……」


 まだ起きないので頬をペチペチ叩く。


「んあ」


 重たい瞼がゆっくりと開く。


「……もう昼?」


「朝に決まってるでしょう!」


 メイネがもう一度布団を被る。


「昼に起きる前提やめなさい!」


 アニカが布団を引き剥がす。


「……契約に朝は起こさないも追加で」


「却下」


 メイネは両手をアニカに掴まれて体を引っ張り起こされる。


「どしたの?」


「夜中にプテラが出たわ!」


 アニカが声を張る。


「ふーん、頑張れ」


「ロトナも行くのよ!」


「たぶん一人で倒せるよ」


兵隊ソルジャー三体に男爵級バロン子爵級ヴァイカウントが一体ずつらしいわ! 一人じゃ被害を食い止めきれない!」


「ジークもいるんでしょ」


「いいから来なさい!」


 痺れを切らしたアニカは、食い下がるメイネに服を着せて部屋から引っ張り出した。


 二人ともサブレに乗り、カノンを出て東へ向かう。


「ジークは先に向かってるわ、被害を防ぐ為に避難を優先してるでしょうから苦戦している筈よ!」


 現場へ向かいがてらアニカが情報を整理する。


「でもジークって一人で鎌の奴倒せるんじゃなかった? それより弱いの何体いても楽勝じゃない?」


「何を勘違いしているか知らないけど、本当にギリギリの勝利だったそうよ。他の兵士たちじゃ兵隊ソルジャー男爵級バロンを抑えられない。ジークが一対一に集中できる状況ですらないのよ!」


「今まではどうしてたの?」


「同時に五体なんて初めてのことだわ!」


 アニカには余裕がない様で、まだかまだかと前方を見つめるその顎に汗が伝っていた。


「リキはプテラと戦っちゃだめだって言ってなかった?」


「黙って出てきたわ! あいつらの亡骸でも見せて認めさせればいいのよ!」


 娘を心配する父の想いは届いてなかったらしい。






 鎌のプテラ、子爵級ヴァイカウントの攻撃をジークが受け流す。


「村民の避難誘導終わりました!」


「被害状況は!?」


 ジークは子爵級ヴァイカウントの攻撃を捌きながら、報告を飛ばした兵士に問う。


「およそ村民が三百、兵士が六十です!」


 それを聞いたジークが歯を食いしばる。


 村民に至っては生存者の方が少ない。


 自分が居ながらこれ程の被害を出してしまったことが情けなかった。


「全兵力で何とか抑えてくれ! 子爵級ヴァイカウントは俺が必ず仕留める!」


「はい!」


 やっと心置きなく戦うことが出来る。


 ジークが子爵級ヴァイカウントを見上げた。


 黄色の魔導書が開き、輝きを放つ。


避雷針チャージ!」


 ジークの大剣に稲妻が落ち、雷を纏う。


飛雷ライトニング!」


 更にジークの手から稲妻が放たれ、子爵級ヴァイカウントを襲う。


 子爵級ヴァイカウントはそれを腕の鎌で受けるが、直撃した箇所には風穴が空き、傷口は焼け焦げた。


「再生される前に仕留めきる!」


 傷口を焦がした程度では再生を遅らせることしかできない。


 ジークは経験上それを理解している。


 プテラを倒すなら短期決戦。


 頭部か胸部を完全に破壊するしかない。


 子爵級ヴァイカウントの猛攻を雷の大剣で捌き接近する。


 捌ききれなかったいくつかの攻撃がジークの体に裂傷を刻む。


 それでもジークは止まらない。


「はああぁぁぁぁぁっ!」


 大上段の一撃が振り下ろされる。


 頭部を庇った子爵級ヴァイカウントの両腕の鎌が切断され宙を舞う。


「取った!」


 ジークが続け様に斬撃を放とうと構える。


 そのジークの腹部を、横から伸びてきた枝の様なものが貫いた。


「がはっ!?」


 ジークは血を吐きながらも、即座に自身に刺さった枝を切り落とす。


 その枝は、男爵級バロンの腕だった。


 四肢を持った葉のない大樹の様な化け物。


 男爵級バロンがジークへ攻撃を仕掛けてきたということはつまり。


 腹部を抑えながら目を向けると、仲間だった兵士たちが血の海に沈んでいた。


 地面から生えた枝に串刺しにされた者。


 踏み潰され肉片と化した者。


 体の一部が弾けた者。


 あまりにも惨たらしい死体の数々。


「ここが、限界か……」


 王国騎士団に応援要請を出している筈だが、カノンは西端の街。


 王都に届き応援が来るまでに相当の時間がかかる。


 それだけあれば、プテラがカノン領を蹂躙し尽くすには十分だ。


 カノンに残っているロトナという少女が抑えてくれるだろうが、それでも持って数日。


 そこまで考えてジークは笑うしかなかった。


「お前だけでも道連れにしてやるよ!」


 ジークが決死の覚悟で動こうとした時。


 人生で一度も目の当たりにしたことのない、凄まじいエネルギーが兵隊ソルジャー二体を焼き払った。


「……は?」


 ジークが言葉をなくし、エネルギーの飛んできた方へ視線を向ける。


 そこには謎の兵器を構えて怒りの形相を浮かべアニカがいた。






 遠目にプテラが見え始めてから、アニカの様子がおかしくなった。


 瞳には憎悪が宿り、抑えきれない怒りが体を震わせる。


 それは更に膨れ上がる。


 壊れた村。


 倒れた家屋。


 瓦礫に潰された村人。


 無惨な死を遂げた兵士たち。


 周囲を見渡すたび、新たな被害が目に映る。


「あんな害虫、消さないと」


 魔力のブースターで加速したアニカ。


 その背を見たメイネは、四年前のことを思い出していた。


「あの時の私みたい……」


 ルウムが殺された時のことを。


 過剰な攻撃で兵隊ソルジャーを消した自分と、今のアニカが重なった。


 アニカが魔力収束砲を構えて魔力を解放する。


「早く早く早く早く」


 魔力を集める時間さえ惜しい。


 感情が昂り、限界を超えた魔力を流し続ける。


 そして魔力が十分に収束した瞬間、持ち手を引く。


 大量の魔力が弾ける様に放たれた。


 死体を焼き尽くさぬ様、高めに放たれたエネルギー波が二体の兵隊ソルジャーの上半身を焼き尽くした。


 しかしアニカは魔力の放出をやめなかった。


 そのままもう一体の兵隊ソルジャー男爵級バロン子爵級ヴァイカウントへ掃射する。


 薙ぎ払われたエネルギー波は、プテラたちの上半身を蒸発させた。


「ざまあみろゴミ虫ど……も……」


 魔力が空になったアニカが倒れる。


 メイネが駆け寄ってその身を抱えた。


 アニカをサブレの上に横たえて、ジークの元へ駆けつける。


「大丈夫?」


「あ、ああ」


 状況を把握できていないジーク。


 メイネたちを見て戸惑っていた。


「アレボルの後ろに乗って。リキに報告よろしく」


 ジークは訳のわからぬままバリバリの背に乗り、カノンへ帰還した。






 ジークからの報告を受けたリキは諸々の手配を済ませてアニカの容態を見ていた。


 メイネの話ではただの魔力欠乏とのことだが。


「プテラを見た時、この子の様子に変わりはなかったか?」


 リキはアニカを見たまま、横で立つメイネに聞く。


「大分変わってた」


「だろうな……」


 リキは少しの間口を噤んだ。


 ややあって話し出す。


「実はこの子には兄が二人居たんだ。王国騎士団の元で腕を磨き、共に実力をつけてカノンへ戻る道中で、プテラに殺された……」


 メイネは黙って続く言葉を待つ。


「立派な最後だったと聞いている。あの子たちのおかげで助かった者が大勢いるそうだ……」


 リキの拳が固く握られる。


「この子は初めこそ泣きじゃくっていたが、直ぐにそんな素振りは見せなくなった。いつも元気に振る舞って。胸の内に抱えたものが、どこかで溢れる時が来ると思っていた」


 それが今なのだろうとリキは言う。


「プテラを前にすれば、今後も起こるかもしれん。親として、できるならばこの子をプテラの前に立たせたくはない。しかし、この子が戦うことで救える命があまりにも多すぎる。貴族として、それを怠ることはできない」


 だから、と続ける。


「この子を見ていてくれないか」


 メイネはその言葉を受けて改めてアニカに目を向ける。


 綺麗な顔立ちに綺麗な肌。


 何不自由なく、恵まれた生活を送ってきたのだと思っていた。


「……気が向いたらね」


「可愛くないガキだ」


 リキは仕事に戻り、メイネだけが部屋に残った。

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