第15話 三

「なるほど、面白そうだし協力してもいいよ。たぶん知り合いの火小人ドワーフもノリノリだと思うし」


 数日間、不眠不休のアンデット便で飛ばしに飛ばし、人馬ケンタウロスの村に着いたメイネたち。


 今はアニカからルイに事情を説明し終えたところだ。


 アニカの魔力量の高さと魔力放出、それと魔力を通さない物質を組み合わせて戦闘に応用出来ないかと。


「ちょうど行商人が火小人ドワーフの里へ向かう筈だから手紙を渡しておこう。そしたらすぐに来ると思うよ」


「へえ……」


 アニカが少し目を見開く。


「てっきりロトナの知り合いだから適当な男かと思ってたけど、しっかりしてるじゃない!」


「そうかい? まあ悪い気はしないね」


 サクサクと段取りを決めていく二人を、メイネはジトッと見ていた。


「ってことで設計はルイと火小人ドワーフに考えてもらって、私とロトナは耐魔樹を探しましょう!」


「私は一人で行くよん」


 やる気満々のアニカにメイネが水を差す。


「なんでよ!?」


「守りながら戦う余裕なーい」


 それ程に森の深部とは危険な場所なのだ。


「それはそうかもしれないけど、私も行きたいわ!」


「そしたら耐魔樹を見つけれなくなるかも」


「……なによ!!」


 返す言葉を失うアニカ。


 悔しいので一叫びしてそっぽを向く。


「じゃあ……お願いするわ!」


「はいほーい」


 メイネは、間の抜けた返事をして森の奥へと向かった。






「ここまで来たらいいでしょ」


 紫黒色の魔導書を出し、


死霊覚醒クリエイト・アンデット


 バッグから取り出した小さな結晶に手を翳す。


 雄叫びをあげて現れたのは暴竜レクス


 その咆哮で周囲の魔物たちが散っていった。


 森の深部は暴竜レクスが隠れてしまう程に樹高が高かった。


「集合〜」


 メイネが何かに呼びかける。


 すると、ぞろぞろと多種多様な魔物たちが集まって来た。


 見渡す限りの雑多な魔物の群れ。


 それらは須くアンデットであり、メイネが四年の修行期間に作ったものだ。


「行くよ!」


 メイネがサブレの上から指示を出す。


 暴竜を先頭に、アンデットの軍勢が森を切り拓いていく。


 深度の目印である紫の花弁も増えて来た。


 基本的に同じ魔物との戦闘であればアンデットが勝つ。


 痛みも疲労も感じず、死という概念がないのだから。


 死霊修復リペア・アンデットを使って肉体の損傷を完全に治せることも考えれば、万が一もないだろう。


 現状の戦力だと、複数の暴竜レクス暴竜レクスを圧倒的に凌駕する存在が現れない限り、メイネたちの脅威足り得ない。


「あ、ラッキー」


 メイネが上機嫌に視線を向けた先には一頭の暴竜レクス


 一番嬉しいパターンだ。


「やっちゃって」


 アンデット化した暴竜レクスが喰らい付き、野生の暴竜レクスも負けじと喰らい付く。


 こうなると、どちらが先に命尽きるかのチキンレース。


 そして、


死霊修復リペア・アンデット


 アンデットが負ける筈がなかった。


 どちらも攻め一辺倒の戦いに終わりが訪れ、


死霊覚醒クリエイト・アンデット


 アンデットの軍勢に暴竜レクスが一頭加わった。


 更に単独、少数の魔物を倒し、勢力を拡大させながら進軍するメイネたちは止まらない。


 かと思われた。


 しかし翌日、唐突に異変が起こる。


「!? 下がって!」


 何かを感じ取ったメイネの号令で、アンデットの軍勢が後退する。


 メイネたちの前方にぼんやりと霞がかった何かが現れ、徐々にその輪郭がはっきりしていく。


 それは三つ首の黒狼。


 その美しい闇色の鬣に紛れ、数匹の蛇が闇に誘う様に踊る。


 一度咬まれれば闇に引き摺り込まれてしまいそうだ。


 首には赤、青、黄の首輪が嵌められており、青の首輪の頭部には兜を被っていた。


「あ、死んだ」


 そのケルベロスの様な魔物を見てメイネが死を悟る。


 メイネは死霊魔術を行使していく内に、生命の核とでも言うべきものの存在を知覚できるようになっていた。


 目の前の魔物のそれは、今まで見て来た魔物や人とは比較するのも馬鹿らしくなるほどに強大だった。


 暴竜レクスが赤子に見えるくらいに。


 存在する次元が一つ違う。


 重力が数倍になった様な錯覚。


 プレッシャーが質量を伴ってメイネの体を押さえつける。


 嫌な汗がぶわっと滲む。


 脳内でどんな想定をしても殺される未来が繰り返される。


 メイネの手札は何も通用せず、理解できぬまま命を落とす。


 敵対という選択自体、あり得ない。


「懐かしい気配を感じて来てみれば……次は魔戦狼人ワーウルフの娘だった訳か」


 魔物はメイネを見て少し嬉しそうにした。


「……喋った」


 メイネは親しげに話しかけてきた魔物に驚く。


「それだけのアンデットを引き連れて尚狼狽えるとは。娘よ、既に魂が見えているな」


 ニヤリと魔物が笑う。


「これ魂なんだ……」


 見えているだけ。


 メイネにはそれが何かまでは分かっていなかった。


 そしてさり気なく魔物がアンデットだと見破られ、改めて気を引き締める。


「そうだ。人はある存在をある存在たらしめる不可視の要素を魂と仮称しているが、それは実在する。ただし、人が想定しているものより本質に近い」


 緊張しながら聞いていたメイネの頭から煙が上がる。


「もっと分かりやすく説明してほしいかも」


 難しすぎて頭がオーバーヒートした様だ。


「まぁそんなことはどうでもいい。娘、名は?」


 大事なことの様な気がするが、魔物に取っては些事らしい。


「ロトナ」


「何故嘘をつく?」


「メイネ」


「良い名だ」


 嘘を看破されたメイネが間髪入れず本名を口にする。


「我はシュレヴ」


「良い名前ね」


「そうだろう。してメイネよ、何をしにここへ来た?」


「耐魔樹を採りに」


 シュレヴが探る目を向ける。


「ほう、何に使う?」


「知り合いが服を作るんだって」


「そうか……それにしても、知り合い、か。ここまで来てやっておいて随分と突き離した言い方をするのだな」


 用途は概ねシュレヴの予想の範疇だったのだろう。


 シュレヴは別のところが気になった様だ。


 ニヤニヤとメイネを見る。


 それがなんだか見透かされている様で、メイネはちょっと嫌そうにした。


「あったばっかだし」


「友にはなれそうか?」


「……なに?」


 メイネは答えずに誤魔化した。


 シュレヴはその返事に笑う。


「すまんな、少し揶揄いすぎた。ああ、それと耐魔樹だが持っていって構わん。用意してやろう」


 シュレヴが消え、少しして戻ってきた。


 根元から引き抜かれた、真っ黒の巨木が横たえられる。


「どのくらい必要だ?」


「……知らなーい」


「それなら多い方がいいだろう」


 すると巨木が両断された。


「!?」


 メイネにはシュレヴが何をしたのか分からなかった。


 そして、両断された巨木がそれぞれ再生した。


「やっば」


 メイネがその異常な光景に目を丸くする。


 それを繰り返し、五本の巨木が用意された。


「持っていけ」


「ありがと」


 メイネはアンデットたちに指示を出し巨木を運ばせる。


「それとさっきの詫びに、その力についてヒントをやろう」


 揶揄った件だろう。


「その力はにできる。そしてその極地はだ」


 死霊魔術の可能性を探しているメイネにとってこれ程有益な情報はない。


 しかし、


「……なんで知ってるの?」


「見てきた」


 シュレヴはそれだけ言った。


「そう……ありがとうね。試してみる」


「ああ」


 シュレヴの言葉を刻む。


「聞いてもいい?」


「なんだ?」


 メイネがシュレヴへ質問する。


「ずっとここにいるの?」


「そうだな」


「なんで?」


「……母を、待っている」


 シュレヴが空を見上げた。


 メイネは母という単語に反応しかけたが、悟られない様に隠す。


「首十本くらいありそう」


「バカいえ、記憶にある姿では外見は普通の、人だった」


 メイネは記憶にある姿、という言い方が引っかかる。


「今は違うの?」


「かもしれん」


「自分からは会いに行かないんだ?」


「この世界枝せかいしにはいないからな」


「なにそれ」


「知らなくていい」


 なんだかよく分からないことを言うシュレヴ。


「ではな」


 そう言ってシュレヴが霞に消えていった。


「消えちゃった……」


 まるで最初からいなかったかの様だ。


 けれど確かに存在する五本の耐魔樹が、シュレヴの存在を証明する。


「戦いにならなくてよかった〜」


 体を伸ばして緊張を解す。


 もし戦闘になっていたら間違いなく死んでいた。


 生への執着が薄くなっているメイネは、仕方ないかとしか思っていなかったが。


「耐魔樹も持って帰れるし、死霊魔術のことも聞けたし、来て良かった」


 未知の深部の魔物との戦闘を危惧していたメイネには、有り難かった。


 何より死霊魔術のことを詳しく知っている存在なんていないと思っていた。


 だから自分で探っていくしかないと思っていた。


「早く試したいな〜」


 死霊魔術の性質を言語化して聞けただけで、インスピレーションが湧いてくる。


 ご機嫌なメイネとアンデットの軍勢が、耐魔樹を運び人馬ケンタウロスの村へ向かった。

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