第11話 成果

「可愛い!」


 メイネは巨大土竜にテンションぶち上がり。


 頬が紅潮しふっくらしている。


 恐怖してもおかしくない外見だが彼女の感性には響いた様だ。


「倒すよ!」


 気に入った魔物を殺すという矛盾。


 死霊魔術師として生まれた故に生じる歪み。


 荒れた畑に一人と三体が踏み込む。


 サブレが地を蹴り間合いを一瞬で詰め、腕を振り下ろす。


 巨大土竜は作物を食べながら穴に落ちて回避。


 別の穴から顔を出しては作物を食べる。


「おんのれ害獣ぅぅー!」


 その嘲る態度に、見ていた村人たちの怒りがピークに達する。


 槍を持って身を乗り出そうとする村人が、傭兵に必死に抑えられていた。


 サブレとアレボルとバリバリが三体がかりで待ち伏せるが、察知する感覚が鋭いのか別の穴から出ては作物を食べる。


 広い畑が穴だらけになり、見るも無惨な光景が繰り広がる。


「そういう感じね」


 メイネは顎に手を当てて何か考えていた。


 徐に腰元のバッグから何かを取り出す。


 それは小さな結晶だった。


 水晶の様なそれに手を翳すと、


回路掌握グリモアウト……!」


 四年で得た新たな魔術を行使する。


 すると結晶に暗黒の渦が現れた。


 メイネはそれに手を突っ込み、引き抜く。


 その手には青い魔導書。


 ペラペラと頁を捲り、


「あったあった、水竜のオーバーフロー


 そう唱えた。


 メイネの手の前方から荒れ狂う水の奔流が溢れる。


 水流が曲がり巨大土竜の掘った穴へ浸水していく。


「あの子水の魔術師だったのか!」


「な、何だあの魔術!? 一体どれだけの魔力があるんだ!?」


 傭兵と村人たちが驚愕に目を見開く。


 止めどなく溢れる水の魔術は穴の本道から支道まで埋め尽くし、そこら中の穴から水流が立ち昇る。


 そのうちの一つに巨大土竜が打ち上げられて宙を舞う。


「着地させないで!」


 巨大土竜にとってメイネたちが脅威だと知られてしまった以上、次地中に潜られてしまえば逃げられる。


 その前に決着をつけたい。


 サブレが犬歯から風の刃を飛ばす。


 巨大土竜を襲った風刃はその体に食い込み、行き場を失って弾けた。


 体の内側で突風が起こり、巨大土竜が更に天高く舞う。


 地上ではバリバリが細い長い尻尾を巻きつかせてアレボルを掴み、回転して投げ飛ばした。


 アレボルが一迅の風となり巨大土竜に肉薄する。


 サブレの犬歯から作った大剣を振りかぶり、渾身の力で斬り上げた。


 並大抵の者では受け止めるなど不可能な重い一撃。


 しかし巨大土竜はその両手で斬撃を受け止めた。


 アレボルが飛ばされた勢いのまま、両者は競り合いながら高度を増していく。


 その両者の後を水竜の涙オーバーフローが追う。


 荒れ狂う水流が意思を持った生き物の様に上昇していた。


 そして両者を抜き去ると反転。


 巨大土竜の背を強襲した。


 前後からの猛攻に巨大土竜の体が悲鳴を上げ、アレボルの剣撃がジリジリと食い込んでいく。


 ついにアレボルが剣を振り抜き、巨大土竜の胸が深々と抉られた。


 力を失った巨大土竜は水流に呑まれ地に打ち付けられる。


 その後も暫く水流が巨大土竜に降りかかり続けた。


 村人たちは口をあんぐりと開けてその戦闘の一部始終を見届けた。


 メイネが青い魔導書を放り、それが宙でかき消える。


 そして巨大土竜の亡骸に近づき、


幽閉プリズン


 魔術を行使する。


 巨大土竜の体が光の粒子に変換されて削れていく。


 光の粒子が一箇所に収束すると、それはやがて小さな結晶となった。


 結晶がメイネの手に収まる。


「ふい〜。なんとかなったぁ」


 今まさに超常的な戦闘を行ったとは思えぬ呑気さ。


「き、消えた……」


 誰かが呟いた。


 村人たちはあまりにも強大で未知の力を振るったメイネたちにどう声を掛けていいか分からずにいた。


 一人を除いては。


「お、おいっ! 俺の畑がめちゃくちゃじゃねえか! 魔物がいなくなってもこれじゃ意味ねえだろ! どうしてくれんだ!?」


 この畑の所有者だ。


 巨大土竜に槍を持って突撃しようとしていた村人。


 確かに巨大土竜は倒したが、畑は穴だらけ。


 土は地中まで水浸し。


 とてもではないが直ぐに作物が育つ環境に戻すことはできないだろう。


「どうするって、なに?」


 メイネは倒してあげたのに何故問い詰められているのかと少し苛立つ。


 めんどくさそうに村人を睨む。


「お前らがやったんだろ! 責任取れ!」


「うっさいバカ! 私は魔物を倒してって言われたから倒したの! 赤ちゃんじゃないんだからその後のことくらい自分たちで何とかしたら!」


 言われた男の額にピキピキと青筋が浮かぶ。


「んだとガキこらぁ!」


「それに責任って言うなら、私に魔物を倒してってお願いしたあのおじさんが取るべきでしょ!」


 指を差された傭兵がきょとんとして、


「俺?」


 自身に指を差して確認する。


 いきなり全責任を押し付けられそうになり、これは夢かと疑う。


 そもそもメイネたちに話をしたのは確かだが、あれは村人たちの総意と言っても過言ではない。


「怒るならあのおじさんにして!」


 メイネはぷりぷりと怒りながらサブレに乗る。


「行くよ!」


 サブレが駆け出し、アレボルを乗せたバリバリがそれに続く。


「待ってくれ!」


「待ちやがれ!」


 畑の所有者と責任転嫁された傭兵が叫ぶ。


「待たないよーん!」


 メイネたちは速度を緩めず、逃げる様に村を去った。






「あーあ、人間の街で簡単にお金稼げるやり方聞きたかったのに」


 メイネがぼやく。


 自給自足はできるが、衣類や香辛料等自分で作れないものを手に入れるには購入する必要がある。


 路銀は人馬ケンタウロスの村でルイの依頼を受けて稼ぎはしたが、いつかなくなってしまう。


 なんとかして収入を得ねばならない。


「プリン村の人なんか怒ってたしそのうち聞こ」


 勝手に名付けられた村の人々の中には素直に感謝している者もいたのだが。


 そんなことは露知らず。


「でもいい子見つけれた」


 メイネの手には小さな結晶。


 日差しを透かしてキラキラと光るそれを見てうっとりしていた。


「土の中に潜れる子はいなかったし」


 メイネのバッグの中には小さな結晶が幾つも入っている。


 四年で手に入れた、幽閉プリズンで結晶化させた様々な死体。


 その中にも巨大土竜程、地中での機動力が高いものはいなかった。


 いつか力を借りる時が来るだろう。


 ホクホク顔で次の村へ向かった。






 メイネ命名プリン村を見つけてからの道のりは順調だった。


 舗装されている訳ではないが、人や馬車に踏み均された道があったからだ。


 道を進むと、そう離れていないところで次の村が見えてきた。


「結構近いんだ。今日は話すの疲れたし寄らなくていいや」


 伊達に四年間森に篭って修行していた訳ではない。


 着々と社会不適合者への道を歩んでいた。


 村人に気づかれない様に迂回して先へ進む。


 その翌日も翌々日も。


 村には寄らず旅を続けた。


 そしてついに、ウェルス王国最西端の街カノンへ辿り着いた。


 カノン辺境伯の直轄地であり、ゆくゆくはアイアール大森林の開拓も視野に、西へと領地を広げている。


 アイアール大森林に挑戦しようと腕利きが集まり、多くの傭兵が拠点を置く。


 それに伴って種族的に火に強い体質で鍛治の才を持つ者の多い火小人ドワーフも多数見られる。


 しかし、ここ数年プテラと呼ばれる謎の化物の出現頻度が増え、その対応にあたらざるを得ないのが現状だ。


「おお〜でっかぁ」


 メイネが額に手を当てて眺める。


 今まで見てきた村とは規模が違う。


 広い土地の中に建物がぎゅうぎゅうに詰め込まれており、遠くからだとその大きさがより目立つ建物が幾つかある。


 領主の邸宅、教会、傭兵ギルド、大商会。


 メイネは見たこともない大きさの建物に驚きを隠せない。


 感心しながら近づいていると、街の方が騒がしくなる。


 物見塔から望遠鏡でメイネたちの姿を確認した兵士が魔物の接近を伝えたのだ。


「なんかあったのかな?」


 自分が原因だと気づいていないメイネが首を傾げる。


 何食わぬ顔で近づくと兵士たちがぞろぞろと集まってきた。


「そこの者、止まれ!」


 静止の声が飛び、メイネが素直に従う。


 それを見た兵士は一安心する。


 少なくとも二頭の巨大な魔物は制御化に置かれているということだ。


 いきなり暴れ回る心配が少し薄れた。


「話がしたい! どちらでも構わないので魔物から降りてきてもらえないだろうか!」


 兵士たちは全身鎧の戦士が降りてくるとばかり思っていたが、来たのはフードを被った少女。


 見たことのない服装をしているので旅人だろう。


 となると二頭の魔物はアイアール大森林の魔物だろうか?


 と兵士が推測を立て、メイネが来るのを待つ。


「なんの話?」


 メイネが兵士たちの前まで来る。


「その二頭の魔物についてだ」


「サブレとバリバリ?」


「名前は知らんが、その魔物を使役しているのか?」


「うん」


 頷くと、兵士たちが更に騒つく。


「この子たちは街に入れない?」


「……そうだな。危険性がないと説明しても不安に感じる者がいるだろうからな」


「私たちは入ってもいい?」


「それは構わない、元より立ち入りの制限はないんだ。すまんな」


「ううん。仕方ないよ。あ、私たちでもできそうな仕事ってない?」


 思い出した様に聞くと、兵士がアレボルを見た。


「見たところ彼は相当腕が立つのだろう? なら傭兵ギルドに行ってみたらどうだ?」


「傭兵ギルド?」


「傭兵ってのは馬車の護衛や魔物、プテラの討伐なんかが主な仕事で、ギルドってのはそれを斡旋してくれるとこだと思ってくれればいい」


「プテラってのは?」


「見たことないか? 突然空にできた白い裂け目から現れる怪物のことだ」


「あー、あれのことなんだ」


 四年前を思い出す。


 あれ以来遭遇していないが、出るところには出ているらしい。


「プテラはちょっとやだけど魔物退治ならできそう、行ってみるね。ありがとう」


「ああ、提案しておいてなんだが無理はしないようにな。ドラゴンに剣の刺さったマークが目印だ」


 兵士と話をつけ、サブレとバリバリを街から離れたところで待機させアレボルと共に街へ入った。


「ほえ〜」


 魔物を見た兵士たちや、メイネの服装を珍しがる街の人々の視線を受けながら歩く。


 きょろきょろと辺りを見渡していると、それらしき建物を見つけた。


「あれっぽい」


 剣が刺さったドラゴン。


 兵士に教わった建物に入ると、そこでも視線を集めた。


 メイネが受付の女性の元へ歩く。


「ここって傭兵ギルドであってる?」


「あってますよ」


「仕事紹介してもらえるって聞いたんだけど」


 受付嬢がチラッとアレボルを見る。


「ええ、ではこちらの用紙に必要事項を記載して頂けますか?」


「おっけー」


 メイネが氏名の欄に『ロトナ』と書いた。


「ちょ、ちょっと待ってください……!」


「なに?」


 受付が慌ててメイネを止めた。


「登録者様本人にご記載願いたいのですが」


 少々遠慮がちに言う。


「してるじゃん」


「……お嬢さんが登録するのですか? そちらの戦士さんではなく?」


 受付嬢は戸惑う。


「そだよ」


「そ、そうですか……」


 訳ありかと、受付嬢は追及しなかった。


 若くして大人顔負けの戦闘力を持つ者はそれなりにいる。


 人は生まれながらに魔力を、そして魔導書を持っている。


 魔力量の高さや使える魔術の種類によっては、十分に有り得る。


 しかし、その者たちが傭兵になるかと言えば話は別だ。


 それらの子どもたちは将来が約束されており、引くて数多。


 傭兵になる者がいればよっぽどの物好きか、複雑な事情があるか。


 受付嬢は心配そうに、ペンを握るメイネを見つめていた。


「これなんに使うの?」


 メイネが書きながら問う。


「依頼者様が傭兵を指名したい場合に渡すリストや、こちらで依頼を斡旋する際参考にさせて頂いたり、傭兵が共に依頼を受ける仲間を探す際などにも使いますね」


「ふ〜ん」


 適当に聞いていたメイネのペンが止まる。


「『特技』ってなに書くの?」


「扱う魔術や武器ですね」


「なるほど」


 メイネは顎にペンを当て少し考えてから、


「『水魔術』っと」


 誤魔化せそうな魔術を適当に書いておく。


「はい、終わったよん」


 受付嬢が用紙を受け取り質問する。


「ありがとうございます、『ロトナ』さんですね。確認したいのですが、『水魔術』といっても人により出来ることは様々です。具体的にどんなことができますか?」


「うーん、たくさん水出せる」


 なんと答えたものか、と適当に言う


「は、はあ……」


 具体的の意味を理解しているのだろうかと受付嬢が困惑する。


「なんか魔物退治の依頼紹介してよ」


「そ、そちらの戦士さんは登録されないのですか?」


「アレボルはいっつも私と一緒にいるから」


「ではロトナさんの依頼にも毎回同行されるのですね」


「うん」


 それを聞いた受付嬢は『全身鎧の戦士アレボル同行』と用紙に追記しておく。


「ではまずは豚鬼オークの討伐なんてどうでしょう? すぐ近くの村からの依頼です」


豚鬼オークって弱いの?」


「強いですよ、それに今回は群れだそうです」


 それを聞いたメイネは半眼で受付嬢を見た。


「いきなりそんな依頼受けさせるの?」


「こう見えて私もそれなりに戦えるんですよ。戦士の技量なら見れば分かることもあります。アレボルさんくらい飛び抜けた方なら尚更」


「へぇ〜」


 メイネにはいまいち分からないのでそう言うしかない。


 しかし受付嬢が嘘をついていなければ大丈夫だろう。


 メイネにはまだまだ仲間がいるのだから。


「じゃあそれでいい」


「ありがとうございます。ではホエ村の村長にこれを渡して詳細をお聞きください。ホエ村は街を出て南西の道を進んだ先に有ります」


 資料を受け取る。


 それを依頼者に見せれば傭兵ギルドから派遣された者だという証明になるらしい。


「はいはーい、行ってきまーす」


「い、行ってらっしゃい」


 受付嬢は、なんとも暢気で傭兵ギルドにはいないタイプだなと思いながら手を振った。






 メイネがホエ村を訪れ、いつものようにサブレとバリバリの説明をした後、傭兵ギルドの資料を渡すと村長は感激して咽び泣いていた。


「おおっ! こんな立派な戦士様が我が村の依頼を! ありがたやありがたや」


 腰の曲がった村長がアレボルを見上げて拝む。


「……で、オークは?」


 メイネが少々呆れていた。


「おお、そうでしたな。奴らめは南西の森から来て家畜や人を襲うんじゃ。一体なら村に常駐してくれとる傭兵がなんとかしてくれるんじゃが、群れでな。どうしようもないんじゃ。一昨日も若い娘が連れ去られてのう……」


 涙ながらに語る。


「南西ね」


 それだけ聞いてメイネが家を出ようとする。


「もう行って下さるのですか……?」


「早い方がいいでしょ」


 そして豚鬼オークの群れがいるという南西の森へ向かった。






 そしてメイネが見たものは……。


 ちょうど豚鬼オークの群れの最後の一体を食べていた異形のプテラの姿だった。


 メイネが初めて遭遇した、深海魚の頭部、昆虫の腕、象の足を持つ化け物。


豚鬼オークってあれのことだったんだ」


 違う。

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