第8話 準備期間

「それで、何をお望みですか?」


 人馬ケンタウロスが切り出す。


 ここが彼の人馬生の分岐点だ。


 何しろメイネのお願いを叶えられなかった場合、食べられるのだから。


 是非とも無理難題だけはやめて欲しいところ。


 待ってました、とメイネが語り出す。


「まず一個目。私の旅の持ち物を全部揃えて欲しいの」


「……複数あるんですね」


「?」


 恐ろしい言葉で要求が始まった。


 まず一個目。


 つまり要求はこれだけに止まらないらしい。


 人馬ケンタウロスは先の自分の言葉を省みる。


 相手を選ばなければ、当然の様に吹っ掛けられるのだと。


 メイネは何を当たり前のことを、と首を傾げた。


「具体的には?」


「服たくさんとタオルと水入れるやつと食べ物とバッグとお金!」


「はは、全部ですね……」


 人馬ケンタウロスが詳細を尋ねると、本当に旅に最低限必要な物一式だった。


 乾いた笑いが漏れる。


 もはや一個目が複数レベルだ。


 揃えるのにお金がかかるのに、旅費も人馬ケンタウロス負担。


「まぁそれなら。旅費の方は納得していただけるか分かりませんが」


 これは言ってしまえば命の対価だ。


 助けてもらわなければ既に横でのんびり寝ている破壊虎ヘレグの腹の中だったのだから。


 ならば、それくらいは渋々、本当に渋々だが頑張ろう。


 と人馬ケンタウロスは心に決める。


「じゃあ二個目。これを直して欲しいの」


 メイネが指差したのは砕けてしまったアレボルの鎧。


「これは酷いですね。元々錆びているので直すよりも新しい物を購入された方がよろしいのでは?」


「そうね。じゃあ買って」


「……はい」


 人馬ケンタウロスは危うく白目を剥きそうになった。


「防具なら知り合いに伝手があるので用意できると思いますが、そういえばあの方は?」


 キョロキョロと辺りを見渡すも鎧だけでアレボルらしき姿はない。


「アレボルはちょっと汚れちゃったから体を洗いに行ったの」


「はあ」


「それと同じサイズのやつ買っといて」


 人馬ケンタウロスが砕けた鎧を見る。


「ええ、これ僕が持って帰るんですか?」


 とても不満そうだ。


「サブレ」


「いやあ今日は鎧持って帰り日和ですよね」


 とても持って帰りたそうだ。


「三個目、これで最後。サブレの背中に乗る為の椅子が欲しいの」


「……ていうと鞍のことですか?」


「名前は知らない」


「鞍ですね。サブレさんを村に入れる訳にはいきませんので採寸させていただきたいのですが……」


 サブレが怖すぎて及び腰だ。


「いいよ、ね」


 メイネがサブレのひげの周りを撫でる。


 サブレが気持ち良さそうに目を細めた。


「では道具が必要なので取りに行ってもいいですか?」


「近いの?」


「ええ、さほど離れていませんよ。逃げる時に置いてきた荷馬車に積んでありますので」


 荷馬車を引いての移動中に襲われたらしい。


「服屋さんなの?」


 測定器を持ち合わせているということはもしかしたら、とメイネが聞く。


「ええ。人馬ケンタウロスの技術を用いた衣服は形態変化にも対応できるので、魔戦狼人ワーウルフの村とも取引させていただいてるんですよ」


 メイネは何気なく言われた言葉に、心臓を掴まれた気分になる。


 村から離れたとはいえ、まだそれ程の距離じゃない。


 交流があっても、なんらおかしくはなかった。


「わ、私のこと村の人たちには黙ってて」


 メイネが俯いてそう言うと、人馬ケンタウロスの男は一瞬驚いたが、


「分かりました」


 何か事情があるのだな、と首肯した。






「あ、あれです」


 人馬ケンタウロスの男がそそくさと向かった先には倒れた荷馬車。


 幌が掛けられているので、荷が外に散乱してはいないが中が大変なことになっていた。


「ああもう、大事な商品が」


 ぼやきながら整頓していく。


 ひょいとメイネが覗き込めば、女の子用の服も何着かあった。


「可愛い!」


 手に取って広げる。


 人馬ケンタウロス魔戦狼人ワーウルフの村にも服を卸していると言っていたが、メイネは村で見たことのないデザインの服だった。


 軽い素材でゆったりとしたシルエットのアウター。


 黒と白を基調として、長袖の上から半袖を着たものが一体になった様なデザイン。


 胸元の辺りからファスナーが付いており、閉めると広い襟が首を少し隠す。


 腹部は空いているので、インナーを合わせる

 のだろう。


 襟とは独立して付けられた大きなフードも特徴的だ。


「分かってくれるかいっ!? それ僕がデザインしたんだけど前衛的すぎるって言われたんだ! でもどうせなら最先端を切り開きたいじゃないか! やっぱり若い子は感性が良いよね! 常識に凝り固まった大人たちはこれだからーー」


 喋る喋る。


 自分のデザインした服を褒められた途端に饒舌に。


 不満もそうとう溜まっていたのだろう。


 ここぞとばかりに捲し立てた。


「そ、そう……」


 メイネが引いているが、人馬ケンタウロスはそれに気づいた様子はない。


 そしてひとしきり喋り終えた後、


「よかったら同じ物を仕立てましょうか?」


「いいの!?」


「もちろんです。僕のデザインした服を褒めてくれる人にこそ着て欲しいですから。そして旅先の人たちに僕の服を見せつけてください」


「やったぁ! じゃあね、ここの黒のところをーー」


 メイネが細かい注文をする。


 服の話となると人馬ケンタウロスも真剣な表情で顧客の希望を聞き、擦り合わせる。


 それが終わり、サブレの採寸を行った。


 計測されている間、サブレは大人しくしていたが終わった途端に人馬ケンタウロスを尻尾で弾き飛ばした。


「では村まで案内しますが、サブレさんはどうしましょう……? こんなに大きな破壊虎ヘレグが見つかったら大騒ぎですよ……」


 気を取り直して言う人馬ケンタウロス


 少し怯えている。


「みんな怖いよね。じゃあここで待ってて」


 サブレが片手を上げて返事をする。


「じゃあ行きましょうか」


「うん」


「あ、お名前聞いてもよろしいですか? 僕はルイといいます」


「……私は、ロトナ」


 メイネは嘘をついた。


「ロトナさんですか。いい名前ですね」


「そうね」


 メイネの表情は変わらない。






 メイネは魔戦狼人ワーウルフだとバレないためローブを借りて、人馬ケンタウロスの村を訪れ一泊することに。


 魔物の脅威から逃れるため高さと厚みの有る防護柵が張り巡らされた村は、まるで防衛拠点の様だ。


 人馬ケンタウロスは人、馬、人馬の三形態に変化できるらしく、それぞれの営みに合わせた形態で過ごしていた。


 日常生活の中で形態を変化させる種族だからこそ、形態変化に対応できる衣類を作る技術を編み出したのだろう。


 メイネはルイの客人だと紹介され久しぶりに、香辛料の効いた食事を摂って屋根のある家で眠った。


 布団に入り天井を見ながら考えた。


 今のままで遠く離れた地に旅をして大丈夫かと。


 裂け目からきた化け物。


 鎌の化け物を倒した銀髪の少女。


 何故か化け物はメイネを狙い、銀髪の少女はアンデットを敵と見做している。


 死霊魔術師は魔戦狼人ワーウルフにとって禁忌の存在であり殺害対象であるのと同様に、メイネが死霊魔術師であることが露見すれば他の種族からも狙われる可能性がある。


 未知の危険で溢れた旅路になる。


 生きていくなら、旅に出る前に強力な力である死霊魔術の造詣を深め、もっと強くなっておくべき。


 戦いの中で無意識に人骨のアンデットから魔導書を取り出した方法や、完全な狼化による魔力量の爆発的な上昇等、身に付けたい力は多い。


 幸いにもルイという便利そうなパトロンを得ることができた。


 ここを拠点に、魔戦狼人たちにバレないよう注意を払い、修練を積むのも有りかと思うようになっていた。


 翌日、その旨をルイに伝える。


「やっぱり遠くに行く前に魔術の練習しておきたいから、可愛い服はまだいい。汚れちゃうから」


 それを聞いたルイは意外そうにしたのと同時に少し残念そうでもあった。


「そうですか、分かりました。ちなみにどのくらいかかりそうですか?」


「うーん、わかんない。終わりそうになったら言うね」


「待ってます。ではタオルと着替えだけ早めに用意しておきましょうか」


「ありがとうね」


 深く追求しないルイ。


 メイネにはそれが有難い。


「じゃあ、行ってくる」


「もう行くんですか?」


「早く強くなっておきたいからね」


 そしてメイネは人馬ケンタウロスの村から出て森の奥側へ。


 人馬ケンタウロスたちに魔術を見られる訳にはいかないから。


 万が一にも見られることのないよう、人の寄りつかない危険な森の奥で修行することにした。


「まずは、死霊修復リペア・アンデット


 昨日は魔力が足らず治せなかったサブレの損傷。


 折れた牙も半ばまで斬られた首も元通りになった。


「それから……」


 鎧がない為、人骨のアンデット姿のアレボルに手を伸ばす。


 その手が胸骨に当たる。


「やっぱできないよね」


 魔導書を取り出そうとしたが、暗黒の渦は現れない。


 それでも死霊魔術について聞ける相手などいないのだから、全て手探りで切り開いていくしかない。


「でも死霊覚醒クリエイト・アンデットで感じるのと似てた」


 から情報を引き出して構築している様な感覚。


 その何かと暗黒の渦は同じなのではないか。


 しかし、メイネには心当たりがない。


「とにかく何回も魔術使って理解しないと」


 魔術は魔導書の呪文を読み上げることで、術者の魔力を用い自動で構築される。


 その際、自動で何が行われているのか。


 それさえ分かればもっと死霊魔術の可能性を広げられる。


「あ、狩竜ラプターだ。サブレ、戦ってみて」


 偶然にも離れたところにいる狩竜ラプターを見つけた。


 狩竜は察知能力が高く、不意を突くことは難しいので運が良かった。


 命を受けてサブレが飛び出す。


 六頭で構成された狩竜ラプターの群れに襲い掛かった。


 サブレが間合いに入る前に気付いた狩竜ラプターが四方に散る。


 サブレは手近な一頭を前足ではたき落とし、最も離れた一頭に風の斬撃を放つ。


 狩竜ラプターは戦闘が始まる前から彼我の実力差を理解していた。


 だからこそ、二頭の仲間が殺されても反撃に移ることはない。


 群れの存続のため、少しでも多く逃げきれればそれで良いと判断した。


 サブレが逃げた二頭を仕留め、残る二頭はいつのまにかアレボルが倒しその首を掴んで運んで来た。


 サブレは自分だけで倒しきれなかったのが悔しいのか少し落ち込んでいる。


「サブレは他の子より頭良いのかな?」


 サブレは他のアンデットより感情表現が豊かだ。


 アレボルや以前アンデット化していた奇竜ヴェロク狩竜ラプターはアンデット故に感情が希薄なのか生来の気質なのか分からないが、ルウムに限っては確実に感情が薄まっていた。


 これも理解するには試行回数が必要になる。


「さてと」


 アレボルとサブレが狩竜ラプターの死体を運んで来た。


死霊覚醒クリエイト・アンデット


 早速アンデット化させる。


「魔力量って増えるのかな。たくさん使いたいのにこれじゃすぐ終わっちゃう」


 三、四回行使する度、魔力が再び回復するまで待たなければならない。


 魔戦狼人ワーウルフは他の種族に比べて魔力回復速度が速い。


 それにしても、あまりにも非効率だ。


「狼化した時はたくさんアンデット化できてたし、上手くいけば魔力量が増やせるかも」


 死霊魔術に加え、魔力量の増加や完全な狼化への糸口等、メイネにはまだまだ課題が多い。


 しかし、それがメイネにとって苦痛とはなり得なかった。


 孤独になってしまったメイネにとって、打ち込むものがあるというのは一種の救いだろう。


 集中している間は余計なことを考えずに済む。


 悔しさ。


 辛さ。


 悲しさ。


 寂しさ。


 それらの感情から目を逸らす理由にもなる。


 それに元々メイネは魔術に興味があったのだ。


 毎朝魔導書を開いて呪文が記載されていないか確認するくらいに。


 その魔術が死霊魔術だとしてもメイネにはそれしかないのだから、没頭するのは必然だったのだろう。


 だから、メイネは四六時中魔術の研鑽を積んだ。


 時間を忘れ、侵食を忘れ、ルイに心配をかけるくらいに。


 極力村を訪れずに、山奥で寝泊まりする日々。






 そうしている内に四年の歳月が流れていた。

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