第4話 5月15日(月)の放課後(part2)~おモテにならない男子たちのやりすぎ儀式~

「……なんだこれ?」


 タカハシくんが今倒れてきたものを手に取って広げ始めます。大きさがロッカーの高さの1.8メーターくらいあるその布にはいくつかの正円と三角形が二つ、上下を逆さまにして重なるように描かれていました。六芒星という図柄です。


「そういえばここ、元々オカルト研究部オカケンの部室だったってどっかで聞いたような……」

「ん? ロッカーの中にまだ何かあるぞ? ……紙だ。えーっと――



――『恋の黒魔術』だと!?」



 スズキくんがここが空き教室になる前にどのような用途で使われていたのかを思い出し、サトウくんが大きな布が出てきたロッカーの中を漁りました。そして出てきた紙は六芒星が描かれた布の使い方を記したもののようです。『恋の黒魔術』……怪しさ満点です。


「面白そうじゃねぇか! やってみようぜ? おい。ちょっと真ん中の席どけろ!」


 タカハシくんがノリノリで指示を出し、イトウくん、ヤマモトくん、ワタナベくんの三人に椅子と机を教室の端の方へ運ばせました。


「……え? ……やるの?」


 タナカくんは乗る気にはなれません。得体が知れなさ過ぎたからです。


 布の生地に黒色が使われていることも、

 そこに描かれている円や三角形、どこの国の言葉かもわからない文字などが赤色だったことも、

 オカルト研究部なんて聞いたことがないのに、その備品が残されていたことも。


 タナカくんが不安がるなか、六人は準備を進めていってしまいます。


「えっと、まずはカーテンを閉めて、部屋の中央に陣のシートを敷いて、中心に光源を置いて、三角形のそれぞれの角に一人ずつ立つ……。それから六人で同じ願い事をすればいいらしい」

「カーテン、閉めたよぉ?」

「おう! じゃあ、シートを広げるな?」

「光源は……スマホでいいか」


 サトウくんが手順を読み上げると、カーテンを閉めたワタナベくん。ワタナベくんがそれを終えたことを告げると、タカハシくんがシートを教室の中央に広げます。そのあと、スズキくんが陣の中央にスマホを置きました。

 さも当然のように儀式を行おうとしている六人をタナカくんは止めに入ります。


「……やめるべき。怪しすぎる……」


 けれど、六人はタナカくんの言葉を聞いていませんでした。まるで何かに憑りつかれたかのようです。


「よーし、それじゃ、やるぞ? ――モテますように、モテますように、モテますように……!」

「「「「「モテますように、モテますように、モテますように……!」」」」」


 二つの三角形の角の位置一つ一つに一人ずつ立って祈り始めるサトウくん、スズキくん、タカハシくん、イトウくん、ワタナベくん、ヤマモトくん。タナカくんはその陣から数歩離れてびくびくしながら辺りの様子を確かめていました。

 しかし、そこではタナカくんが懸念するようなことは起こりませんでした。


「「「「「「……。……何も起きないじゃないか!」」」」」」


 なんの変化もなくて、静まり返っていた部屋に男たちの慟哭にも似た叫び声がこだまします。一方でタナカくんはホッと胸を撫で下ろしました。


「だあ! くそ! 眉唾かよ! くだらないことに時間取らせやがって……!」

「どうなってんだ、サトウハルト!? 『恋の黒魔術』じゃなかったのかよ!?」

「い、いや、そのはず、なんだが――あ! これは『恋の黒魔術』じゃない! 『恋の黒魔術』だ! 文字が消えかけてて読めなかった!」

「『悲恋』? ということは、えっと、これは恋を叶えるものじゃなくて、恋が叶わなくなる黒魔術ってこと?」

「はああああ!? そんなの、いらないって! ただでさえ相手がいなくて悲しんでいるっていうのに……! なにこれ! 使い道ないじゃん!」

「……いや」


 みんなの興味が一気になくなっていきます。タカハシくんは時間を無駄にしたことにイラつき、ヤマモトくんは願いを叶えてくれなかった黒魔術のシートに当たり始めました。それからヤマモトくんは「何か手順を間違っていたんじゃないか」とサトウくんを睨みつけます。サトウくんは自分が責められていることを感じ取り、改めてロッカーから出てきた紙に目を通しました。スマホのライトを使ってよく見てみると、『恋』の前に消えかけている文字があることに気づきました。その文字は『悲しい』という字でした。


 この魔術は「恋を成就させるもの」ではなく、「恋を終わらせるもの」だったのです。


 そのことに考えが至ったイトウくんが他の五人に説明すると、スズキくんが発狂してシートを破り捨てようとしました。それを、サトウくんが寸前で止めます。サトウくんには一つ思いついたことがありました。


「待て、スズキ。使い道ならある。何も自分らのことを願わなくても良いのだ。それなら――



――恋愛でマウントを取ってくるリア充どもが爆発するように願えばいい」



「「「「「――!」」」」」


 自分たちの恋を実らせられないのなら、他の人たちも自分たちと同じ位置まで下げればいい――それがサトウくんの考えでした。その考えに五人が賛同します。


「流石サトウハルト! そんなこと思いもよらなかったぜ!」

「リア充どもを別れさせる、か……。いいね! やろう!」

「ははは……。そこまでするのはどうかと思うけど、でも、確かにオレたちの目の前でイチャイチャされると、流石に思うところはあるよね」

「むふふぅ。あの人たち、仲がいいのを見せつけてきてたしぃ、こんなので別れさせられたらぁ、どんな感じになるんだろうねぇ? ちょっとはぼくたちの気持ちもわからせられるかなぁ?」

「よーし! じゃあ、願いは『リア充爆発しろ!』でいいか!?」


 最後にヤマモトくんが音頭を取り、他の人たちが頷きました。


「「「「「「リア充爆発しろ、リア充爆発しろ、リア充爆発しろ……!」」」」」」


「……」


 唱えられた彼らの願い。彼らのその姿をタナカくんは呆然と見つめていました。



 タナカくんは、一回目が何も起こらなかったから今回も何も起こらないだろうと油断していました。彼らは放っておいて帰ろうとした時のことです。


『――でしょう。――の願い、――――――あげます』


 突然、そんな声が聞こえた気がしました。タナカくんは慌ててバッと振り返ります。ですが、六人の男子生徒以外、その場にはいません。タナカくんは首を傾げました。

 耳には確かに残っているような感じがするのです。高くて甘ったるいような女性の声が。タナカくんは背筋にヒヤッとした感触を覚えました。


 さらに不思議なことが起こります。


「……おい。何か変わったか?」

「……いや」

「……何もないな」

「……何も起きてない」

「……これ以上やっても時間の無駄かなぁ?」

「……くそっ」

「「「「「「自分(ウチ/俺様/オレ/ぼく/俺っち)たちは何をやってたんだ……っ」」」」」」


 黒魔術を発動させようとしていた当の彼らは、タナカくんが聞いた声が聞こえていないようでした。



 完全に魔法陣に対して興味をなくした六人は帰る支度をしてぞろぞろと教室を出ていきます。


「おーい、タナカー! 帰るぞー?」

「……う、うん……」


 廊下からサトウくんに呼ばれましたが、タナカくんはしばらくの間、魔法陣から目が離せませんでした。



……………………



 それからタナカくんがいくら待っても、先ほどの女性の声を再び聴くことはできませんでした。

 タナカくんは諦めて家に帰ることにしました。


 学校とタナカくんの家はそんなに離れておらず、歩いて三十分から四十分程度のところにあります。いつもの道をいつも通り歩いて家が見えてきた時、門の前に同じ学校の制服を着た一人の男の子が立っているのを捉えました。それはタナカくんの親友であるコバヤシくんでした。


「あ! 遅いよミナト! どこに行ってたの!? もうテストまで時間がないっていうのに……!」


 タナカくんを視界に入れるなり勢いよく詰め寄ってきたコバヤシくん。その様子は切羽詰まっているのが丸わかりでした。


「……呼ばれてた。例の場所……」


 帰りが遅くなった理由を質されたタナカくんが説明します。言葉は足りませんが、コバヤシくんも彼女ができるまではあのグループにいたので、これだけで伝わります。


「あ、ああ、なるほど……。そ、それよりも勉強教えて! もうあと三日しかないし……! 初日が国語と地理歴史と数学Ⅱ、二日目が理科総合と現代社会と英語筆記、最終日がコミュニケーション英語英語応用と数学Aだったよね!? ああ、もう! なんでうちの学校、テスト期間に土日を挟むんだよ! 科目も多いし……っ!」


 タナカくんの答えに納得したコバヤシくんは話を切り替えます。勉強を教えてほしい、とタナカくんにお願いしてきました。タナカくんは、コバヤシくんが目前で慌てだすことはなんとなく予想ができていました。


「……毎日やれば、慌てずに済む。……ソウ、イチジクさんの誘惑に負けた?」

「……うっ」


 コバヤシくんがテスト前にタナカくんを頼ってくるのはいつものことでしたが、今回はいつも以上に切実でした。そんなコバヤシくんにタナカくんはジトッとした半目を向けます。タナカくんの言っていることは図星でした。コバヤシくんは彼女ができたことに浮かれて勉強が手についていなかったのです。


「……はあ。……仕方ない。見てあげる……」


 溜息をつきながらもタナカくんがコバヤシくんのお願いを聞き入れると、コバヤシくんはぱあっと顔色を明るくさせます。


「……けど、ビシバシやる。覚悟して」


 ただ、やるからにはとことんやるという気持ちを示したタナカくんに、コバヤシくんは顔を引き攣らせたのでした。コバヤシくんは怖気づいて「やっぱりやめようかな」なんて言おうとしていましたが、タナカくんは有無を言わさず彼の手を引いて家の扉を潜っていきました。



 その日は帰ってきたのが十七時だったため、二時間ほどやって解散となりました。時間は少なかったですが、勉強を教えている時のタナカくんは鬼教官と化していて、内容としては濃い時間でした。


 タナカくんの家は父子家庭のため、父親は仕事で忙しくまだ帰ってきません。タナカくんは晩御飯をつくって食べ、お風呂に入り、少し復習をしてから寝ました。



☆☆☆☆○○○○



 次の日(火曜日)です。

 タナカくんはいつも通り早くに起きて朝食と父と二人分のお弁当を作っていました。そこにタナカくんの父・ケントさんが起きてきました。


「おはよう、ミナト。いつもすまないな……」

「……ん。大丈夫。……でも、『すまない』より『ありがとう』のがいい。前もそう言った……」

「ははっ。そうだったな。……そういうとこ、本当に母さんに似てきたな……。ありがとう、ミナト」


 そんなやり取りをして、二人で朝食を済ませます。


 タナカくんが歯を磨いている時、ケントさんはテレビのニュース番組を見ていました。



『続いてのニュースです。昨日夕方から今朝にかけて全国で爆発事故が相次ぎました。その数は800件を超え、被害者は1600人に上っています。原因は調査中とのことです。また、海外でも似たような事例が――』



 タナカくんが洗面所から戻ってきた時には、そのニュースはもうほとんど終わっていて、真剣な表情でテレビと向かい合っていたケントさんにタナカくんが尋ねます。


「……どうしたの?」

「ん? ああ。爆発事故が多発しているそうだ。建物の老朽化か? うちはガスを使っていないから大丈夫だとは思うが、件数の多さが気になってな」


 「(テレビを)見るか?」とリモコンを差し出している父に、タナカくんは「もう学校に行くから」と首を振って答えました。


 この時、タナカくんはこのニュースについてあまり深く考えていませんでした。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから約一週間。

 テストの最終日になりました。コバヤシくんにはタナカくんがみっちりと叩き込んだため、無事に八科目、全てのテストを終えることができました。


 一番後ろの席だったタナカくんがその列の分のテスト用紙を集めて教員に手渡します。自分の席に戻ろうとしていたタナカくん。そんな彼の耳に男子二人の話し声が聞こえてきました。


「――なあ、知ってるか? 『リアルにリア充爆発した動画』」

「知ってる。ついに『非モテ男童貞神様がお怒りになった』ってやつだろ?」

「そう、それ。人が死ぬ瞬間が映ってたからすぐに削除されたけど、だからこそ細工されてないんじゃないかって話になって」

「あー、あれな。それ、もっと凄ぇ噂があるんだよ」

「え? なになに?」

「今世界中で起こってる謎の爆破事件。それも童貞神のその仕業なんじゃないかっていう噂」

「え? そうなの? やっば」


 その内容を耳にした時、タナカくんの足は止まっていました。それがどうしてなのか、タナカくん自身は気づけていません。ただ、『リア充が爆発した』という言葉に引っ掛かるものがあったのです。タナカくんは何か嫌なものを感じました。


「……どうしたの、ミナト?」


 止まっていたタナカくんにコバヤシくんが話しかけてきます。タナカくんが動きを止めていたのはちょうどコバヤシくんの席の隣でした。


「……な、なんでもない」


 タナカくんはそう言って歩くことを再開させました。タナカくんはコバヤシくんに余計な心配をかけたくはありませんでした。タナカくんが感じたことは気の所為かもしれなかったのですから。

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