第2話 5月13日(土)~14日(日) 親友と奇妙な三人デート

 その週末のことでした。

 他の六人が「女の子を紹介し合う会」を開く日曜日が近づく土曜日。タナカくんは電話を受けていました。


『もしもし? ミナト?』

「……どうしたの? ソウ」


 電話の相手はソウタくん。最近彼女ができたというコバヤシ・ソウタくんです。

 タナカくんとコバヤシくんは幼馴染でした。二人はとても仲が良く、コバヤシくんに彼女ができた時もタナカくんは心から祝福していました。

 ですが、最近のコバヤシくんの惚気っぷりには流石のタナカくんも若干うんざり気味になっていたりします。


『明日イチジクさんとデートすることになってね、ふふふ……。で、でも、初めてだからどうしたらいいのかわからなくて……』

「……ごめん。爆ぜてくれる?」


 明日イチジクさんとデートをすることになったと報告してきたコバヤシくん。親友がちゃんと報告をしてくれたことには嬉しく思っていたタナカくんですが、デートをどうすればいいのか、などと彼女いない歴=年齢であるタナカくんに相談されても、困ってしまいます。タナカくんはわかるわけもないデートのことを聞かれてちょっとムスッとしました。親友に対して「リア充爆発しろ」とちょっと思ってしまいました。


 人間は恋をすると変わる、といいますが、コバヤシくんは本当に変わっていました。昔からコバヤシくんのことをよく見ているタナカくんにはよくわかります。前は暗い感じだったコバヤシくんが、今は毎日が本当に楽しそうでした。

 これまで恋をしたことがなかったタナカくんですが、今のコバヤシくんを見ていると自分も恋をしてみたいという気持ちになってきました。


 それから二人は他愛のない会話を楽しみました。


『もうすぐ中間テストだね。そういえば前の学年末テストってどうだったっけ? テストが返ってきたあと、ミナト、風邪で休んでたからこの話してなかったよね? あれ、かなり難しかった記憶があるけど』

「……28位」

『うぇえ!? うちの学年300人いるのに!? やっぱりミナトは頭いいなぁ……。ねえねえ、今度勉強教えてよぉ』

「……イチジクさんいるじゃん。あの人、5位だったはず……」

『そ、そうなんだけどぉ……。ふ、二人だと勉強に集中できない気がして……』

「……」


 中間テストの話。タナカくんは頭がいい方でした。イチジクさんには及びませんが。ちなみにコバヤシくんは183位です。


『そういえば、ミナトって何気にスペック高いよねぇ。去年の体育祭でもあまり注目はされてなかったけど陰でめちゃくちゃ仕事してたの、僕見てたよ? あと、イチジクさんから教えてもらったんだけど、ミナトって眠そうな子猫みたいで可愛いって言ってる子が多いんだって』

「……子猫? なんで?」

『見た目とか、雰囲気とか。ほら、ミナトって窓側の席でそこでよく寝てるし、自分のテリトリーにはなかなか他人を寄せ付けないし。でも、僕といる時は甘えてるみたいに見えるんだって。それが猫っぽいらしいよ?』

「……甘えてない。ソウしか友だちがいないだけ……」


 タナカくんは人付き合いが苦手でした。友だちが一人しかいないという若干灰色じみた青春を送っていました。


『ミナトがその気になれば、彼女もつくれると思うんだけどなぁ』

「……ない。話せない……」

『あはは……。ミナト、そういうところ不器用だもんね。初めの頃は話し掛けられてたのに対応が素っ気なかったからすぐに話し掛けられなくなっちゃったし』

「……うるさい」


 タナカくんは誰かとお話しするのもあまり得意ではありませんでした。その所為で彼女ができるチャンスを逃していました。


『あ、そうだ。今年の夏休みはどこ行く? 海とかいいよねぇ』

「……中間テストは? それに期末も残ってる……」

『そうだけど、予定は早く立てておいた方がいいじゃん』

「……イチジクさん、放っておくの、よくない……」

『もちろん、彼女は大切なんだけどね。でも、付き合ってるからってイチジクさんと夏休み中毎日一緒ってわけにも行かないでしょ? だから、僕は親友との時間も大切にしたいかなぁ、って』

「……僕は暇つぶし? 爆ぜて」

『ごめん、ごめんって。でもミナト、なんだかそれ、イチジクさんに嫉妬してるみたいだよ?』

「……違う。嫉妬なんてしてない。それ、ソウの思い上がり。自意識過剰」


 タナカくんはコバヤシくんのことが大好きでした。もちろん「友だちとして」ではありますが、コバヤシくんとイチジクさんが付き合ったことで、コバヤシくんと一緒にいられる時間が大分減ってしまったことに寂しさを覚えていたのは事実でした。だから、コバヤシくんの指摘は、タナカくんは認めていませんが間違っていないと言っていいでしょう。


「……もう切る」

『ああ! ちょっと待って!』


 照れ隠しで電話を終わらせようとしたタナカくんでしたが、コバヤシくんに待ったをかけられます。


『イチジクさんがミナトに会いたいって。明日、午後一時に学校近くの公園に来られないかな?』

「……え? 明日ってデート……」

『そうなんだけど、僕がミナトの話をしたら興味を持ったみたいで。前から話してみたかったんだって。どうかな? 来てくれる?』

「……わ、わかった……」

『そう! じゃあ、そう伝えとく! またね、ミナト』


 コバヤシくんはタナカくんに明日の確認を取り、了承を得られると喜んで電話を切ってしまいました。通話の終了を知らせる音がタナカくんの耳に残ります。

 タナカくんには、明日その場へ行ったら場違いな雰囲気を味わうことになるのは容易に想像がつきました。あまり気乗りはしていませんでしたが、他でもない親友の頼みです。拒めません。タナカくんは気が重くなりながらも明日の準備に取り掛かりました。



☆☆☆☆○○○○



 翌日になりました。

 タナカくんがぶかぶかの白のトレーナーとジーパン、赤いスニーカー、ウエストポーチ、キャップの帽子という装いで約束の時間の十分前に約束の場所で待っていると、タナカくんが来た方とは反対の方向から待ち人の二人がやってきました。

 コバヤシくんは黒のジャケットに白いTシャツ、黒のスラックス、落ち着いた色合いのスニーカー。

 その隣にいるのは、ハイライズのジーンズにフレアスリーブの黒い長袖、足元はミュール、ショルダーバッグを掛けた姿の、栗色の髪を肩まで伸ばしたアイドルのように整った顔立ちをしている女の子。


「……あ、ソウ――」

「きゃああ! カワイイっ!」


 コバヤシくんと挨拶を交わそうとしたタナカくん。しかし、その言葉はコバヤシくんの隣にいた女の子に掻き消されます。

 その女の子はイチジクさん。いきなりタナカくんに抱きついて頭を撫で繰り回してきました。


「……! え、え……?」


 タナカくんは動揺しますが、表情の変化に乏しいタナカくんの反応は初対面の彼女が推し測ることはできません。タナカくんはコバヤシくんの方を向いて目で助けを求めますが、コバヤシくんは申し訳なさそうな顔をして手を合わせてくるだけでした。



「ミナちゃんは可愛いよねぇ。あーあ、私もキミくらい可愛くなれたらなぁ」

「……」


 タナカくんはデート中であるはずのコバヤシくんとイチジクさんと三人で行動することになりました。イチジクさんの距離の詰め方は尋常ではなく、タナカくんに引っ付きっぱなしです。

 タナカくんは「デートはどうしたの?」とか、「ミナちゃんってなに?」とか、イチジクさんにいろいろとツッコミたいところでしたが、ツッコミどころが多すぎて何から指摘すればいいのかわからず、言葉が口から出てこなくなってしまいました。タナカくんは困っていることを目で親友に訴えますが、コバヤシくんは応じてくれません。タナカくんは更に困惑してしまいます。


 「ええー……」と思っているタナカくんがイチジクさんに連れられてきたのはショッピングモールの中にある衣料品店。


「あ! これカワイイ! ねえねえ、ミナちゃん! これ着てみてよ!」

「……え? これ、レディース――」

「大丈夫、大丈夫! 絶対似合うから!」

「……似合う、似合わないじゃな――ち、ちょっと……!」


 有無を言わさぬイチジクさん。タナカくんの手を引っ張って試着室へと強制連行してしまいます。タナカくんは抵抗しましたが、嬉々としたイチジクさんの力は異様に強くて敵いませんでした。

 どういうわけかタナカくんと一緒の試着室に入るイチジクさん。タナカくんは現状が理解できなくてテンパります。


「……あ、あの、え……!?」

「大丈夫! 私がもっと可愛くしてあげるから!」


 そう言ったイチジクさんは、タナカくんが着ている服に手をかけてパパッと手際よく服を脱がし始めました。追い剥ぎです。突然のことにタナカくんは頭の中が真っ白になってしまいました。


「どう!? ソウタくん! こんなにカワイイの、私初めて見たよ! やっぱりモデルがいいと違うね! ――あ、店員さーん! この服くださーい!」

「……」


 あれよあれよという間に、タナカくんは着替えさせられ、イチジクさんと一緒に写真を取られた挙句に、カーテンを開けられてコバヤシくんに今の姿をお披露目されてしまいます。

 今のタナカくんは、黒を基調としてフリルをふんだんにあしらったゴシックロリータファッションでした。

 イチジクさんが店員さんを見つけて、タナカくんが着ていた服を持ったまま試着室を飛び出していきます。残された二人の心情といったら、気まずいったらなんの。


「あ、あー……。やっぱりそういうの似合っちゃうよね、ミナトって……。ミナトには悪いけど、絶対性別間違えて生まれてきてるんじゃないかな、って思うもん。こういう時、なんて言ったらいいのかな……? と、とりあえず、可愛いよ?」

「……友達やめる」


 タナカくんの容姿はかなり女の子に近いものがありました。肉体でいえばイチジクさんより背が低くく、男の子とは思えないほどの丸みを帯びていて華奢です。タナカくん本人はこのことにコンプレックスを抱いていました。

 親友にまでおちょくられたと感じたタナカくんは、試着室に立て籠もりました。が、戻ってきたイチジクさんと店員さんによって外へと引き摺り出されます。その時間、ものの数秒でした。



 結局、服を返してもらうことは叶わず、ゴスロリの格好で連れ回される羽目になったタナカくん。その所為で、タナカくんはこの原因をつくったイチジクさんに苦手意識が芽生えてしまいました。それと、街行く人たちが誰一人として今のタナカくんの格好に対して疑問に思わなかったことが、何気に一番ショックでした。


 前半はイチジクさんに確保されていたタナカくんでしたが、後半になるとイチジクさんに対処するためにコバヤシくんにくっついてやり過ごしていました。


 雑貨屋や、カフェ、映画館……。それらを巡ったら、夕方に差し掛かります。

 三人での奇妙なデートの時間は終わりを迎えました。


「ここが私のおうち! いつでも遊びに来ていいからね、ミナちゃん!」


 タナカくんがコバヤシくんと一緒にイチジクさんを家まで送り届けると、タナカくんはイチジクさんにそんなことを言われました。タナカくんは怖くなってサッとコバヤシくんの後ろに隠れます。もう完全に天敵という認識でした。

 イチジクさんの家の前まで行って、ここでタナカくんはようやく着ていた服を返してもらえました。いち早く着替えたかったタナカくんですが、着替えられる場所が見当たりませんでした。イチジクさんが「うちで着替えていってもいいよ?」と言ってくれましたが、タナカくんはその言葉と彼女の指の動きにゾッとするものを感じて、できるだけ早く大きく真横に首を振って断固としてお邪魔しようとはしませんでした。


 そのため、タナカくんはゴスロリのまま帰路につきます。イチジクさんの家からタナカくんの家まではそれほど離れていなかったことが、タナカくんにとっては不幸中の幸いでした。


 イチジクさんの家から帰っている途中、あるファミリーレストランの前を通りかかった時でした。コバヤシくんが何かを発見します。


「あっ。ねえ、あれって……」


 タナカくんが、コバヤシくんの視線の先を目で追うとそこには、



――男たちの屍のようなものがありました。



 外から窓ガラス越しに見えるテーブル席で、彼らは全員タナカくんたちに背を向ける形で椅子に腰かけていて、そして皆一様に机に突っ伏していました。何かに打ち破れたような、そんな暗くて地獄のような環境でした。


 タナカくんはハッとしました。彼らは六人。それぞれ見たことのある後ろ姿をしていました。そしてそれが今日、集まる約束をしていた人たちのものと合致したからです。そう、「女の子を紹介し合う会」を開催しようとしていたサトウくん、スズキくん、タカハシくん、イトウくん、ワタナベくん、ヤマモトくんでした。


 あの様子ではうまくいっていないことは察するに余りあります。タナカくんは彼らに触れないことに決め、コバヤシくんの手を引いてその店の前をさっさと通り過ぎました。

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