第44話 忘れられないまま、




 それより数時間前。

 そう、オータがアンジェの元でゴネはじめた頃、城では西の王と南の王の名代との対話が始まっていた。


「これは遠路はるばる、良くおいで下された。ああ、それとも飛竜の速さではあっと言う間だったかな」


 王はわざとらしいほど朗らかに、レンに歩み寄ると、握手の手を差し延べた。

 レンは悠然と微笑んで、その手を握り返すと、


「昨日から丁寧なもてなしを頂いて恐縮しています」


 体の良い挨拶を述べて手を離すと、今度はさも申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「年に一度の祭典への観覧に、折角のご招待を頂きましたが、生憎、父が病にて、些か役不足ではありますが私が名代に参りました事、まずはお詫び申し上げねばなりません」


 ゆっくりと緋色の頭を下げるのを国王は止めて、心がおおらかであるかのように見せる為か、これでもかと言うほどの笑顔を浮かべてみせた。


「私はレン殿にお会い出来て嬉しいのですぞ。それよりご父君のおかげんはいかがかな」

「病は病でも軽い流行り病にて、大事をとったに過ぎません。ご心配、ありがとうございます」

「では、後ほど見舞いの品をお送りしよう」

「お心、いたみいります」

「立ち話もなんだ。さあ、こちらへ」


 王はレンを長椅子に招き、それを合図に女官がお茶を出した。

 レンの座る長椅子の後ろにタイガが立ち、茶の注がれたカップを見た。

 絵師によって見事に描かれた花の柄に映える、色鮮やかな紅茶が揺れている。

 その視線に気付いたのか、王は先にカップを取ると一口飲み、カップを置いた。

 レンは苦笑してタイガを見遣り、さっと一口飲んだ。


「香りも高く、良いお茶ですね」

「さよう、我が国の紅茶の歴史は深く、品質も良質だと自負しています」

「我が国には荒野が多く茶畑などの栽培が難しい。故に、茶葉の多くを輸入に頼っておりますが、是非、知識深い栽培技術を学びたいものです」


 レンは「ああそうだ」とカップを受け皿に置いた。


「王太子殿が病に伏せっておいでとか。滞在期間中にお見舞い差し上げたいのですが、おかげんはいかがですか?」

「いやいや、大した病気ではないが、気が落ち着かないようでね。見舞いは遠慮頂いて良いかな?」

「そうですか。両国の未来について次代の王と話をしたかったのですが、それはまた次の機会と致しましょう」


 次代の王。

 西の国王は胸にのしかかる鉛のような沈欝な想いを笑顔の下に押し込めた。

 王の名代に訪れた青年は、噂に違わぬ王子であった。王の風格すら持っていると明言しても問題のないほどに。

 今だ時期国王の指名が発表されていない南の国ではあるが、目の前の王子が王になろうがなるまいが、自分の息子の代に南の国と何か厄介事がおこった場合に勝ち目を全く感じないほどに、青年は堂々としていた。

 王としても才気溢れ、たとえ王でなくとも一将校としても有能であることは間違いない。

 国と息子の為を考えれば、今のうちに友好関係を築くにこした事はない、と王は思った。

 目の前の王子にあの馬鹿息子では勝負になるものか。

 いや待て。

 友好関係を結ぶ良い手があった。


「そう言えば妹姫はお元気かな」

「……変わりはないですが」

「良い事を思いつきましたぞ」

「は…?」

「確か御国はまだ王位継承者が決められていませんでしたな」

「…まあ、そうですね」

「これは私からレン殿に対して、個人的な提案なのだが、聞いて下さるかな?」


 王はレンの返事を待たずに内容を続けた。


「我が息子と妹姫の縁談など考えてはくれまいか。さすれば我が国はレン殿の立太子の後ろ立てに進んで手を挙げようではないか」


 さも素晴らしい提案だとも言わんばかりの王に、レンは内心苦く笑う。

 縁談も何も、話題に上がった妹姫は所在不明で、下手したら宰相の手の者に生死不明にされかねない状況だ。


「…それは、私の一存ではなんとも返事をしかねますな」


 レンは両手の指を組んで目を臥せた。そして一呼吸置いてから顔を上げるとにっこりと笑った。


「しかしながら、西の国王が私と言う人間に多大な評価をして下さっていると、この胸に留めておきましょう」


 この日、国王は自分の愚息と隣国の王子を何度も比べては情けない気分を味わった。

 かつての西の国であれば南の国との友好など深めなくとも、自国の国力で国難に立ち向かえたが、今は分断された周りの小国に隙を見せぬ為にも、南の国との親交を深めなくてはならない。

 その為には、より太い親密な関係作りが必要であるが、なにぶん歴史を紐解けば互いに軍事国家であったが故に、両国の間に争いは尽きなかったという経緯があり、手を携えるには目に見える大きなきっかけが必要に思われた。

 西の国王の申し出はそういった意味では非常に有効な手段と言えよう。


 だがそれは西の国にとっては、と注釈が付く。


 太古より変わらぬ体制で変わらぬ国力を維持し続けている南の国にとっては利益より損益の方が多い様に思われた。

 文化の発展について先進国である西の技術を得られるとすれば、それは大きな事ではあるが数年で事は足りるだろう。

 むしろ南の国が欲しいのは肥沃な大地だ。

 しかしながら、弱体化した西の国を攻め取るだけの力はあれども、それに及ぶ大義名分はどこにも見当たらなかった。




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