第27話 掴めない事を知り、
西の国までは竜の飛行をもってすれば、不眠不休であれば丸一日でも辿り着く事が出来るだろう。
しかし戦争時ならいざ知らず、今回は休憩を取りながら片道三日の行程を予定していた。
出発から三日目の昼過ぎには王宮に入り、歓迎の晩餐が催される事となっている。
翌日、四日目には正式な国王との会談が午前にあり、午後は場所を移して聖殿で法王との会談だ。
夜には宴席が設けられ、その翌日、五日目には西の伝統祭典である、コロッセオの闘いを観覧し、夜はその勝者を交えた宴席があり、六日目の朝にようやく帰路に着く。
復路も往路と同様に休憩を取りながら三日間の行程で、出発から八日後の夕刻には南の王宮に到着する予定だ。
もちろん状況によっては変更もあり得るが、これが現行予定されている日程である。
「これなら予定より早く到着出来そうですね」
やや前を飛ぶ騎士が言うのに、レンは抜けるような晴天の空を見上げた。
「そうだな」
返事をして並んで飛ぶタイガに目をやった。
「今日、立ち寄る砦は西との国境城塞だったな。今は誰が指揮している?」
「ブラウン将軍です」
「そうか…」
レンは些か暗い声を漏らした。
ブラウンと言う男は、レンの評価の中で可もなく不可もない、至って普通の人間だった。
将軍を輩出している騎士の家に産まれ、親から受け継いだ、既に用意された平坦な道を歩んで、何の苦労も疑問も抱かず今の地位に登り、実に平坦な人生を送る幸せな男。
職務の面でも全てに於いて平均点と言う評価だ。
ただこの男も幸か不幸かあの惨劇の最中に居合わせた面子の一人であった。
平坦な彼の人生の壮年期に突然起こった事件は、彼のそれまでの生き方を些かに修正する力を持っていたようで、その後、彼は少し変わった。
しかし彼自身の平均点な能力を最早変えられるわけもなく、それを補うかのように、権力に対し媚るようになったのだ。
その行動がレンにとって僅かな頭痛の種であり、迷惑とも言えなくなかった。
「殿下、城塞が見えました」
「…ああ」
予定より半刻以上も早く到着してしまった。
これがレンの素直な感想だった。
「お疲れ様です」
ブラウンは自らが門前まで出迎え、レンに対面するなり深く敬礼した。
「出迎えご苦労」
「殿下がおいでになると言うのに、のうのうと奥で休んでは居られません」
「…そうか」
「ささやかではございますが、旅の疲れを癒してもらおうと、晩餐を用意してございますのでごゆるりと」
「…わざわざすまないな」
たかだか半日の飛行に旅の疲れもなかったが、ここはお互いに社交的な会話である。
問題はこれからだ。
「殿下!」
回廊の奥からレンの頭痛の種が足早にやって来た。
「……なぜお前の娘がここに居る。ここは国境を警備する砦のはずだが…?」
やや非難の声色を持ってレンはブラウンに尋ねた。
「はははっ、殿下がおいでになるのを知ったようで、お会いしたいと駆け付けたのですよ。我が娘ながらまっすぐな気性で、止めても聞きませんので何卒ご容赦を」
止めたなどと嘘をつけ。お前がけしかけたのだろうが。
そう言いたいのを堪えて、目の前に駆けよった少女に、せいぜい愛想よく笑った。
「これはローズ嬢。このようなむさくるしい場所にわざわざおいでとは何事でしょうか」
「嫌ですわ。殿下に一目お会いしたかったのですわ」
ブラウンは一つ咳払いをわざとらしくすると、
「ああ、晩餐までには時間もある事だ。ローズや、殿下を中庭へ案内しなさい」
「はい、お父様。こちらですわ!参りましょう!」
ピンクのドレスを揺らして、レンの腕を取るとローズは歩き出す。
それをブラウンは満足そうに、見送った。
そうなのだ。
ブラウンはあの事件以来、自分の娘がレンの目に止まるようにと、やたらと売り込んでくるのだ。
いわゆる出世欲と言うやつだろう。
当のローズもその気だから余計と困る。
レンの気持ちを手に入れたい女は、貴族の娘、女官含めて少なくないのだから、親公認で後押しされたローズが張り切ってレンに近寄るのは無理もない事だったが、レンにとっては迷惑の二文字に尽きる。
助けを求めタイガを振り返ったが、こう言う時にタイガは役に立たない。適材適所とは良く言ったもので、こう言う時に役に立つのはテンガの方だ。
内心、鉛のように重たいため息を落とつつ、結局、レンはローズに付き合うこととなった。
「殿下、何か気付きませんか?」
「何か?」
ローズは唇を尖らせ、拗ねたように上目づかいにレンを見た。
世の中の男がこの一連の仕草を可愛いと言うのだろうが、興味がないからそう思えないレンに悪気はない。
気付くも何も…と、レンは内心投げやりに思いつつ答える。
「髪型を変えられましたね」
「はい!殿下が髪は真っ直ぐで栗色がお好きだとお父様に聞いたので、巻くのを止めて染めてみました」
どうですか?
ローズはくるりとその場で一回転してみせた。
栗色の髪が日の光に揺れる。
「……」
一瞬目を細め、その色を目に留め、レンは目を伏せた。
「貴方にはもともとの髪の方がお似合いですよ」
「そう、ですか?」
「私の言うことが信じられませんか?」
「そんなことは!」
「それに私は栗色の髪が好きと言うわけではありません」
そう。栗色の髪が好きなわけではない。
ローズは人指し指に髪を絡めて残念そうに少しうつ向いて唇を尖らせた。
一般的には愛らしい仕草とでも言うのだろうが、レンは本日何度目かになるだろうため息を胸の内でついたのだった。
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