第23話 出会わせ、




 遡る事半時程前。サーティスは王宮から戻ってきていた。

 今日は特別な用事はなかったのだが、王宮から急に呼び出しを受けたのだ。

 王とのやり取りを思い出してオミは人知れずため息をついた。


『王子の出場は不吉との占祁は真か?』


 占祁は嘘だ。

 そんなことは王も承知のことだろうに側近たちの手前、そう尋ねたのだろう。


 本来であれば、あの無能な王子が出場しようがしまいが何の意味もない。

 勝ち抜けないだろうし、聖剣を抜くことは万に一つもないのだ。

 

 だが権力という力は、物理的な力、不可能という事実でさえも捻じ曲げてしまう力を持っていた。

 今は偽の聖剣を抜かれて偽りの騎士王の生まれ変わりなどと称されては困るのだ。


『真にございます。王子の出場は王室にとって凶と…』


 王の芝居に合わせて法王はそう返した。


『王子は御年19歳。確かに騎士王が聖剣を抜かれた歳と同じではございますが、古の歳の記述はかぞえ歳にございます。実際には20歳にございましょう』


 当然、詭弁だ。


『ふむ…』

『また欠場でございますれば来年のコロッセオの挑戦権が与えられます。しかし凶兆が出ている中、万が一途中で負けるような事があれば来年はあり得ません』


 もちろん金を積んで優勝させる気でいるのは明白だが。


『来年もまた出場できるのは優勝者のみ』


 優勝者は聖剣への挑戦と、自ら棄権しないかぎり来年の決勝の一枠を与えられる。

 今の優勝者は五年連続勝ち抜いてその座に座ったままだ。


『陛下もそれがどなたか存じておりましょう』

『…オータか』

『彼は今年も棄権は申し出ておりません。普段の稽古から彼の腕に殿下が追いついていない事は周知の事実なれば、もし祭典で勝ちを取ったとしても有らぬ黒い疑いを掛けられるのは必至かと…』

『オータは不正の出来ぬ男で、余もそのような人となりを買っておるしの…。しかし宰相がどうしても意見を譲らぬのだ』


 サーティスは表情の変わらない端正な顔の下、胸の内だけで少し笑みを浮かべた。


『宰相どのも王宮を思っての事でしょう…』

『そうだがのう…。何か不慮の事態で王子が棄権でもすれば、余の気苦労も休まるのだがの…』


 王は盲目のサーティスにちらと視線を意味ありげに向けた。

 もちろんサーティスはそれを見えていないが、言葉の言い回しで十分に謂わんとしている事は察していた。


『では私は陛下のお心の安寧が訪れますよう、全力でお祈り致しましょう』


 サーティスは静かな物言いの中『全力で』の部分だけ他より強弱をつけた。それにより王は、自分の意思が若い法王に伝わった事を満足そうに小さく頷いたのだった。

 そうして王宮でゆっくりする間もなく聖殿に戻ってきたのである。

 馬車から降りて神官達の出迎えの中聖殿内に入ると、一人の少年神官がおずおずと前に進みでた。


「法王様」


 サーティスは歩みを止めて声の方を向いた。


「どうかしましたか?」

「法王様に面会を求める方々が来ております」


 さて、いつものように迷える子羊達だろうか。

 少年神官は事情の説明を始める。どうやら迷える市民ではなかったようだ。

 サーティスは少年神官の話を聞くと「わかりました」と頷いた。


「面会室に通しなさい」

「ありがとうございます。では私は彼らを呼んで参ります」


 小走りに走り去る少年神官に、壮年の神官が「これ、走るではない」とたしなむ声を上げた。

 それを背にしてオミは真白に銀糸の刺繍の入った法衣を翻し回廊を奥へ歩いた。

 エドワード・ジョーンズが棄権を申し出た時の話が聞きたいと言う二人組。

 一人は栗色の髪の線の細い少年で、一人は金髪碧眼で長身の青年。

 面会室に入り椅子に腰掛けてサーティスは不意に微笑んだ。


「金髪長身の青年…。思っていたより早かったようだな」


 そうしてサーティスは声は無く呟いた。


『ライリース…』


 ……と。




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