第20話 そして運命は



 街に入ってアルシーヌは行き交う人の多さと、立ち並ぶ店や建物を見て、感嘆の声を上げた。


「ここが西の国の首都イージョウか!」


 元々、西の国は他の三国に比べて恵まれた気候と自然のおかげで、文化的に発達していた国である。

 また首都イージョウは西には港を配し、物流一つを取ってみても非常に活発で、街の商業は元来潤っていた。しかし近年の度重なる内紛で、かつての活気は損なわれているのも事実である。

 それでも他の都市に比べればやはり大陸一、二を争う大都市に変わりはなかった。


 南の城下町も活気があるけど雰囲気が違うなあ。


 アルシーヌは興味津々に周りを眺めては人にぶつかりかけ、ライリースに数度、腕を引っ張られた。


「ちゃんと前見てないとぶつかるぞ」

「あ?悪ぃ悪ぃ」


 謝りながらも西の名産物から他国の品々まで広く取り揃えられた店先の品々から、アルシーヌは興味を放す事はなかった。


「あれ、良くね?」

「ん?どうした?あの綺麗な石のついた髪止めか?」


 なんだ、女らしい所もあるじゃないか。

 ライリースは買ってやろうかと身を乗り出した所をアルシーヌに止められた。


「なんだ違うのか?」


 じゃああっちのやつか?


「違ぇよ。あれ!あっちのブーツ!」

「……。あれはどう見ても男物の履物に見えるが?」

「ああ。履き易そうだし丈夫そう」

「……」


 三か月の旅の中、分かったことがある。


「お姉さん、それいくら?」


 太陽に透けるような栗色の髪を揺らして、にっこりとアルシーヌは尋ねた。

 店番の女性は僅に頬を染めて言った。


「3000Gだけどあんたなら2000Gにまけておくわ」


 アルシーヌは女によくモテる。


「え、マジ?ありがとうお姉さん」


 そして本人にその自覚は、無い。

 アルシーヌはブーツを買うとライリースの元に戻り、女性を振り返ると手を振った。


「良く分からないがまけてくれたぜ?」

「……良かったな」


 何か良くないぞ。

 明らかに自分が女って忘れていってないか?

 しかも周りの認識もおかしくないか?


「……さっきの髪止め、買ってやるから付けてみないか?」

「はあ?」


 何言ってるんだか、とアルシーヌはベンチに座って履いていたブーツを脱いだ。

 ブーツは大分痛んでいたのでアルシーヌは新しいブーツに履き変えると、立ち上がって満足そうにトントンと踵を鳴らす。

 真新しい革と天気の良い乾いた石畳に、軽快な靴音がまるで打楽器のようだ。


「だいたいさ、こんな短い髪にあんな髪止めが似合うわけねえだろ?服装だってこんなだしさ」


 綺麗なドレスを着てるなら兎も角さ。


「伸ばせば良いじゃないか」

「は?あー…まあ伸ばしてまた売ったら良い金になるかなー…」


 アルシーヌは古いブーツを店裏のゴミ集積所に置いた。

 すっかりくたびれたブーツはそっと置いても、クタンと因れて倒れてしまう。

 お疲れ様、とアルシーヌはブーツに手を合わせてライリースの方に戻った。


「父親が死んで世間に放りだされて、一番最初に困ったものはズバリ金。良い家…だったから身につけてた物もかなり良い物だったけど、貨幣価値の判断がつかなくて、半分騙されるような形で法外に安く買い取られた」


 髪止めや首飾り、腕輪、衣類に至るまで。

 人の良さそうな笑顔を浮かべて、おっさん達は良いカモだと思ったわけだ。

 そんな苦い経験があったから、記憶をなくしてボサッと大金を持ち歩いていたあんたが心配になったんだけどさ。


「で、やっぱりそのうち金に困った。だからって売る物はもうないし、どうしようかと質屋に相談したら言われた」


『あんたみたいな痛みの少ない長い髪なら高く売れるだろうよ』


「尻の下まであった髪は思ったより高く売れたぜ?あんたみたいな金髪だったらもう一つ高値だろうけど」

「そうか…」


 ライリースはそっとアルシーヌの前髪を指先で掬った。


「んだよ、長かった時は変な奴らに好奇の目で襲われる事も多々あったけど、短くなってからはなくなって楽になったぜ」

「今は俺と一緒にいるから襲われる事もないだろう?もう一度伸ばしたらどうだ?」



『髪を伸ばしたらどうだ?』



「………」

「どうした?」

「いや…。あんたさ絶対何人も女を泣かしてるぜ?まあ、忘れてるだろうけど」

「そうか?意外に一途かもしれないだろ」

「……そうか…?」


 嘘臭いと言うアルシーヌに笑って、ライリースは賑わう街を眺め、空を仰いだ。

 街の南北の高台には一つずつ大きな建物がある。

 北には王城。

 南には聖殿。

 ライリースはそれらを見渡して目を眇た。

 覚えていないし何かを思い出したわけでもない。

 だが…。


「俺はこの景色を知っているような気がする」

「マジかよ?」

「ああ…何となくだが…」


 アルシーヌは族から取り上げてきた腕輪を摘んだ。

 取りあえず…。

 南の高台に建つ建物を見上げると腕輪を握る。


「まずは聖殿だな」


 アルシーヌの言葉にライリースは一つうなずいた。




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