第4話 かの国は



 歴史学者達は皆口を揃えてこう言った。


「四人の王は世界を救い、生を全うする間は類稀に優れた王だったが、未来に対しては四人共に過ちをおかした」


 西の国は幾度の勢力争いの末分裂し、昔、西の国と呼ばれた当時に首都であったイージョウの地周辺のみが、現在西の国と呼ばれている。

 それでも分裂した国の中では一番大きな国だ。


 今、歴史や政治を学ぶ若者達が数多く集い、そんな話を繰り広げている大聖殿は、聖剣王の聖剣を奉る、由緒正しい神殿であり、神事などを司る神聖な場所である。


「四人の王の後継者問題。今の乱世の発端はこれに他ならないと、そうは思わないか?」

「俺もそう思う。東西の王二人はどう言うわけか生涯独身を通し、彼らの死後、後継者問題で相当揉めた事は書物に書き記されておらずとも明白だ」

「まして聖冠王ライリースの死は突然で遺言すらなく、北に続いてサタンの侵攻を受けた東の国には王家の血は聖冠王の他いなかったはずだからな」

「しかし東の王家の系図を見れば、その後の王は従兄弟ではないのか?」

「歴史は常に権力者による捏造と改算で成り立っているものさ」

「その点では西はまだマシだったと言えるな。騎士王は腹違いの妹姫の子を王太子にと没する随分前に決めていた」

「その結果、西は小さいながらも現在国を残し、東はつい先だって家臣の陰謀により王家滅亡においやられたではないか」

「南と北にしても……あ、倪下」


 若者達の話題が南北に移ろうとした時、一人の青年が部屋に現れた。

 衣服は白い法衣を纏っており、それはこの聖堂の神官であることを意味していた。

 皆は立ち上がり一礼をすると、彼は気配を察知して座るようにと手で制し、彼もまた一つの椅子に腰掛けた。


 彼が人の動きを察知した、と注釈を加えなければならなかった理由はその顔にあった。正確には瞳だ。


 彼の瞳は固く閉じられている。

 彼は盲目なのだ。

 容姿は、真っ直ぐな黒髪が背の半ば程で、いっそ冷悧とも取れる秀麗な顔立ちは名のある芸術家の彫像を思わせた。

 盲目でさえなければ、己の容姿を知り、そして活かし、浮名をいくつも流したのかもしれないが、そういった俗世の事にはまるで無縁のように清廉な空気を纏っている。


「そのまま続けて下さい。皆の話を聞くのが楽しみなのです」


 面々は目の見えない彼に一礼をして、議論の続きをはじめた。

 暫くして、一人の青年が彼の元へ、暖めたハーブの葉のお茶を持って近くのテーブルに置いた。


「倪下は如何思いますか?」

「さて…。どうでしょうか」


 静かに彼は見えない目で部屋を眺めた。


「ここは銀騎士王の聖剣を奉る聖殿。その最高神官…法王である倪下は、やはり銀騎士王の再来をお待ちですか」

「どちらでも構いません。現れても、また現れずとも世界の時間が止まる事はありませんから」

「法王であられる方がそのような事を…」

「法王などと大層な役職を頂いても、ただの墓守の僧侶と大して代わりはありませんよ」

「墓守…ですか…?」

「ええ。聖剣は騎士王の墓みたいなものです」

「そんな、聖なる神器に…」

「けれど、騎士王の没後、誰にも抜けない剣などただの飾りと変わらないと私は思うのですよ」

「そう…かもしれませんね」


 若い法王が香りを感じてカップに手を伸ばしたのを見て青年はさっとそれを手伝って、見えない彼に微笑んだ。


「けれど私は倪下が騎士王の生まれ変わりのように思える事があるのです」

「私がですか?」


 怪訝そうな顔を向けられるのを無視して彼は続けた。


「騎士王は肖像画をあまり残されなかった方なので私は伝承でしか分からないですが、それらの記述に姿形が良く似ておられるし、それよりも私には感じるのです」


 彼はそこで区切って大層自信ありげに言った。


「サーティス様には銀色のオーラを感じるのです!」


 法王サーティスは浅く笑って青年を見上げた。


「神は騎士王の生まれ変わりに、私のような盲目の者を選びますまい」

「そうですか?」

「ええ、そうですとも」


 そうして盲目の法王は国を憂い集う者達の話を静かに聞いていた。






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