第11話 蒼空庭園にて語らう三人

 藍一郎さんは僕たちを見て微笑んでいた。そして彼の口からは、とある事実を述べられる。

「私はね、君達の知っている藍一郎じゃない。紅也くんがこの箱庭世界に送り込んだ、もう一人の紅也くんと同じ存在――つまりAIアバターだ」

 えっ、と僕と蒼さんは驚いた。目の前にいるのは確かに藍一郎さんというのに。けれど藍一郎さんは、生前のとあるところまでの記憶を本人から受け継いでいるとも言った。

「だから私にとって蒼と紅也くんの存在は知っている。……作り主が死ぬ間際までの記憶は持っているから」

 笑いながらそう述べるが、もしかしたら藍一郎さんは死ぬことがわかってこれを作り上げたというのだろうか。何にせよ、AIアバターを作り上げるほどというのは、彼は一体何者だったのだろうか。緑都もただ者ではないとも言っていた。

「おじい様、私……」

「蒼はようやく記憶が戻ったんだね」

 蒼さんは静かに頷いた。先ほどの記憶の映像らしきものが、蒼さんの失われていた記憶を呼び起こした。そして、僕は――

「ごめん、蒼さん」

 全てを見て、僕は謝りたかった。彼女を苦しめた要因の一つでもある僕が真っ先に彼女へ伝えたかったこと。それは彼女への謝罪だ。

「僕は、蒼さんの周りをもっと知っていたら君をこんなに苦しめることは……!」

 懺悔のように流れてくる言葉。あの日、婚約破棄の話を出した時からずっと罪の意識に苛まれていた。僕は彼女の病気を和らげることが第一だったというのに、病気のように苦しめるきっかけを作ったのは僕だ。

「あのね、紅也さん」

 涙を零す僕に、蒼さんは優しく声をかけた。

「私が悪いの、全部。私がお父さまの考えを読み取れなかったのが悪かったの。知っていたら私は紅也さんに助けを求めていたというのに……」

 彼女もまた涙を流し、後悔がにじむような言葉を零した。僕たちは、なんと不器用なことなのかと思い知らされる。一緒にいる時間が長くても、共に愛し合っている仲だとしても。素直な気持ちを伝えられずに、燻ってしまって、そして互いにすれ違っていたようなものだ。

「蒼さん。僕はああいってしまったけれど、本当は破棄したくもなかった。僕は蒼さんの事を心から……愛しているから。あれは僕の本心ではないんだ」

「……そうだろうって思っていたわ。多分、あの時言うのが苦しかったんじゃないかなって」

 今こうして僕たちはすれ違っていたものを、ようやく誤解が解けた。本当は、僕はあの家から蒼さんの手を引いて出て行けばよかったんだ。そうしたら彼女はこんなにも苦しむことはなかったのに。

「蒼さんが目を覚ましたら、僕は君を迎えに行く。その時はどうしたらあの家から出て行けるかを考えよう」

「……その事なんだけども。おじい様に一つお伺いしたいことがあるの」

 蒼さんは目に溜まっていた涙を拭って、真剣な表情で藍一郎さんの方へ向く。

「AIアバターといえど貴方はおじい様の意識を持っている存在だからこそ聞きたいの。……もらった遺産を放棄しても良いかしら?」

 藍一郎さんから受け継いだ莫大な遺産。それを放棄するということは、蒼さんの手元には何も残らなくなること。ただその遺産は行き場を失うはず――

「遺産を、お父様に全て譲渡します。……でもおじい様との思い出である、あの部屋……時計の部屋だけは捨てないわ」

「……そうか。蒼はやはりいらなかったか、あの遺産を。それでいい。君がそうしたいと願ったのであれば」

 当時と変わらないあの穏やかな笑みを浮かべて、藍一郎さんはそれを承諾した。蒼さんもそれを聞いてほっとしたのか、笑みがこぼれている。

「それじゃあ、あの遺産はお父様に渡します。そうすればもう……大丈夫なはず。私と、そして紅也さんの事も」

 柔らかな日差しが差し込む庭園。それはまるで未来を明るく照らしていると思ってしまうくらいだ。これからは僕と蒼さんで一緒に歩んでいく。今回みたいな事があったとしても、僕は彼女を支え続けるだろう。

「それにしても蒼。君はすごいな。君の友人――NPCを作り出すなんて」

「え?」

 藍一郎さんの突然の言葉に二人して驚く。どうやらネロとロズというキャラはこのVR箱庭に存在しないキャラであり、そのキャラは蒼さん自身が作りだしたキャラクターだという。

「ああ……そういえばあの二人」

「ふふ、どうやらモデルにしている人がいるようだね。現実でもいるというのなら、蒼はその子たちと本当に友達になればいいんだよ」

「できるかしら?そんなこと」

 ずっと立ち止まっていた蒼さんの背中を押すように「できるさ」といって、藍一郎さんは笑った。

「さて、そろそろ君達はここから出るといい。多分、紅也くんは知っているだろう。この世界――いやVRソフトがもう崩壊間近であることを」

「はい。だからそのために、急いでこちらへ来ました」

 ではここから出るためには、と問いかけると藍一郎さんはそっと指で虚空を指す。するとそこから、黒いトンネルがぽっかりと出来上がっていた。トンネルの先には光が漏れており、そこがまるでこの箱庭の出口といわんばかりだった。

「さあ、あのトンネルに入るといい。そうすれば二人とも現実世界に戻れるよ」

 ちらりと僕は蒼さんの方を見た。彼女に現実世界へ帰る意思があるかどうか、確かめたかったからだ。

「大丈夫、戻るわよ。じゃないと貴方は泣いてしまうのだから」

「なっ……!」

 蒼さんは穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。少し意地悪な所を見て、ああいつもの蒼さんだなと思った。

「おじい様!……その……」

「なんだね?」

「ありがとうございました。……この箱庭世界は私にとって、楽しい世界だったから。おじい様の作りだした世界は、とても楽しかったわ。でもこれからは――」

 いきなり僕の腕を掴んで、彼女は満面の笑みで藍一郎さんに言った。

「紅也さんと一緒に、外を楽しんでいくから」


第11話 END

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