第11話 コーヒーショップで
あ、あまりに鮮やかな謎解きを聞かされたのとそっけなく追い払われたせいで、円城寺さん自身のこと聞くの忘れちゃった。
旧校舎を出るとスマートフォンを取り出す。目の前にはガラス張りの立派な新校舎がそびえ立っていた。
さすがに電気がついているのは数室で、職員室か教科準備室だろう。
スマートフォンの画面上の時計によれば部活が終わって三十分ほどが経っていた。
まだ、同級生はカフェで話をしているだろうか?
こちらの用件は、気になっていたことの謎解きもしてもらったし、目論見通り、それを対価として貸出の一週間の猶予も許してもらえた。
同級生との親交の時間を犠牲にするだけの価値はあったと言える。
それでも、これから一緒に部活をしていく仲間の中で、僕だけが共有していない時間というのは後々僕に寂しい思いをさせそうな気がした。
秋山に送ったメッセージにすぐに返信がつく。
混んでいたので席についてまだそれほど時間が経っていないからすぐ来い、と書いてあった。
鞄の肩ひもをかけなおすと僕はお店に向かって急ぐ。
自動ドアの前で呼吸を整えた。
扉が開くと、落ち着いたインテリアで統一された空間が目の前に広がる。
牛丼店やポップな色遣いのファーストフード店とは異なる雰囲気に飲まれそうになった。
中に入って見回すと隅の方にいた一団の中から秋山が手を振る。それに気づいた他のメンバーも振り返って手を挙げた。
カウンターに近づくとお店のスタッフがにこやかに声をかけてくる。
あまり慣れていない僕はカウンターの上のメニューに視線を彷徨わせた。
先ほど新垣さんが言っていた季節限定のドリンクの写真を指さす。
スタッフは呪文のように長い名前を復唱し、サイズを聞いてきた。
良く舌を噛まないなと感心しつつ、真ん中の大きさでお願いする。分かってはいたが結構なお値段だ。
お金を払って、案内された受け渡しカウンターの前で待った。
またしても、やたらと長いメニュー名を告げて、プラカップを渡された。
太いストローで一口すする。
円城寺さんと話をしたのと走ってきたのとで乾いた喉に心地よい。
皆が肩を寄せ合っているテーブルに行った。
「遅くなちゃってごめん」
みな、言葉少なながらにも気にしていない旨のことを言って迎え入れてくれる。
一人を除いて皆僕のような冷たいドリンクを頼んでいた。
「今ね、中学では何をやっていたのか話をしていたところ。私は陸上で」
新垣さんが場の状況説明をしてくれた。こういうことをさらりとできるところが僕とは違う。
視線で促された子がミルクティーのカップを置いた。
「私は絵画部」
こんな感じで、順に指された人が自己紹介をしていく。
「ちょうど次が秋山くんの番だったんだよ」
「俺は柔道やってた。結城は知ってるけどな」
「へえ。中学一緒だったんだ」
「いや、違う。クラスで席が前後なので何かと話をな。高校に入ってからの友達付きあいだよ」
「ごめん。話逸らしちゃったね」
中学では絵画部に所属していたという大人しそうな感じの添田さんがおずおずと手を挙げる。
「どうして柔道続けなかったの? 秋山くん強そうだけど」
「コロナのせいで組手、えーと、相手の柔道着を実際に握ってやる稽古のことなんだけど、全然できなかったし、対外試合も全滅でさ。一人で稽古しても楽しくなかったんだ。それで熱が冷めちゃって」
「そっか、大変だったんだね。でも、武道を二つもなんて凄いなあ」
確かに秋山は先輩との距離感とか立て方とかがとても上手だ。緑川先輩ともうまい塩梅で話ができている。そして、所作や佇まいもしっかりしているし礼儀正しい。
おどけた仕草や面白いことを言って場を盛り上げるようなことはしないので、輪の中心で輝くタイプではないけれど、誰もから信頼されそうだ。
秋山は大きな体を縮こまらせ、頬を指で掻く。
「柔道は段位も取って無いし、凄くはないかな。せめて弓道は卒業までに段位が取れたらいいなと思ってる」
「そこまで真剣に考えてるんだ。なんかカッコイイで始めた私とは大違い……」
「いや、実際にカッコイイよな。袴姿って。モノトーンでキリっとしてる」
「私も一緒だよ。やっぱあの格好って惹かれるって」
恥ずかしそうにする添田さんの発言を、ひょろっとした男子ともう一人の女子が擁護した。
「そういえば、私たちっていつ頃胴着を買いに行くんだろう?」
新垣さんの問いに皆は顔を見合わせる。
僕はドリンクを一口飲んだ。
なるほど、このドリンクというのは会話の間をもたせるための道具でもあるのだな。
あまり出しゃばるつもりはないのだけど、誰も知らないなら仕方ない。
「この間、緑川先輩に聞いたらゴールデンウィークの前ぐらいだって」
胴着を着るのが楽しみ、という声に混じって秋山が聞いてくる。
「結城って緑川先輩とよく話すのか?」
「そういうわけじゃ無いけど、たまたまかな。三年の先輩ってどうしても気後れしちゃうし、緑川先輩って気さくだから」
「あ、また、話が逸れちゃった。それじゃあ、結城くんは中学の時は何やってたの?」
「水泳部。半分は幽霊部員だったけど」
「意外と肩がしっかりしてるもんね。もう泳ぐのはいいんだ?」
「プールってカルキいれるでしょ。中二のときに湿疹ができて医者に見せたら塩素が原因って言われて、毎日プール入るのはやめた方がいいってことになったんだ」
誰かに聞かれたときのための理由を話した。
嘘ではないけれど、これがすべてではない。
「ドクターストップかあ。それじゃあ、授業でもプールは入れないの?」
「毎日じゃなきゃ平気みたい。水泳部は毎日三時間とか入ってたから」
「皮膚がふやけそう。それで何か新しいことをってことで弓道なのね」
実際は、こういう会話がしたくて弓道部に入ったんだけどね。
高いドリンクだけど、こうやって話がするための代金ということであれば
仕方ない。
クラスで小ぎれいにしているキラキラした女子たちのような華やかさはないけれど、この場にいる三人の女子だって、こういう場でなければ、僕はこんな風に話はできないだろう。
会話のボールを回してくれる新垣さんや秋山が居なかったら、これほどスムーズに話せていたかというと自信がなかった。
緑川先輩や円城寺さんと話すときのように何か目的があって質問するのであれば、僕だってそれなりにできる。
けれども、こういう会話のための会話は苦手だった。
一体、どんな話をしたらいいのか分からない。
それでも男子の場合は共通の会話の基盤があった。
動画や漫画、ゲーム、音楽など、どれかはつながるものがある。秋川と話をするようになったのも格ゲーの話題からだった。
一方で、女子がどんなことに興味があるのかはよく分からない。
イケメンのアイドルグループの話をしているのは聞いたことがあるし、カラーリングやネイルのことも小耳に挟んだ。それとどこかの何かを売っている横文字の名前のお店がヤバいってこと。
いずれにせよ、僕が絡める要素は一ミリたりとも無い。
早くも付き合っていると噂されているカップルが居るのだけれど、一体どういう会話をしているか聞かせてもらいたいぐらいだ。
美男美女だから、お互いの顔を見ていれば会話はいらないのかもしれない。
とりあえず、部活をしていれば共通の話題はあるわけだ。
幸いにして、今のところ嫌な印象を受ける相手はいなかった。
新垣さんがスマホを取り出す。
「ねえ、連絡先交換しようよ。道具を買いに行くときとかも便利だし」
ごそごそと皆が取り出す中で、添田さんが申し訳なさそうにした。
「ごめん。私、携帯持ってないんだ。親が厳しくて……」
「そっか。じゃあ、授業で使うというので借りているノーパソあるじゃない。メッセージアプリは使えないけど、あのメールのアドレス教えてよ」
「そんなことしていいのかな? それに私よく分かんなくて」
「学校での活動の一部である部活の連絡用だしいいんじゃない。今度、学校に持ってきなよ。そのときに一緒にやろう」
「じゃあ、そうする」
僕はスマホを操作しながら、型落ちのものとはいえ、自前のものを買ってもらえていることを、心の中で感謝した。
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