第8話 必勝の神様からのメール

 月曜日の昼休み、僕は校内の売店で買ってきたパンをかじりながら、秋山と話をする。

 明渓学園は私立高校ということもあって、校内に売店と食堂まで完備されていた。

 お小遣いとは別に支給されている僕のお昼代は五百円なので、食堂で食べるよりカロリーが多く取れるパンを買ってきている。

 秋山はでかい弁当箱を広げていた。

「いやあ、助かったぜ。結城のお陰で野球部に入らずにすんだよ」

「別に僕は何も役に立たなかったと思うけど。それで、そんなに野球部は嫌だったんだ?」

「見ろよ」

 箸を持ったまま、秋山は心持ち胸をそらせる。

「この体型じゃ、キャッチャーしかねえだろ。クソ速いボールを受け止めるんだぜ。ファウルボウルがプロテクターの下から局部に激突する事故もありうる。あれは死ぬほど痛いらしい。なのに、一番モテないポジションだ。走るのも嫌いだしな。入りたいと思う要素が無い」

 まあ、秋山は全体的に丸っこい。ただ、迂闊なコメントは避けた。

「ああ。結城。そんな顔をしなくていい。別にこういう体型をしていることはそれほど悲観しているわけじゃないんだ。兄は同じような体つきをしているが、そこそこ可愛い彼女がいる」

「この間、家に行ったときは会わなかったけど、お兄さんがいるんだ?」

「ああ、大学生をやってる。でな、こういう熊っぽい体にはニッチだがニーズがあるって言うんだ。実際お付き合いしている相手がいるから納得せざるをえない」

「なるほど」

「一昨日も競馬で当てた金を原資にデートさ」

「競馬をするんだ」

 秋山はにやっと笑う。

「そう。大学生なのにギャンブルにうつつを抜かすダメ兄だよ。今までは負けてばかりだったのに先日は当たったらしい。そのせいか、俺には絶対に勝てるレースが分かるんだとか言って、弟の俺からも小遣いを借りようとするんだぜ。そんなクズな奴にも彼女が居る」

「話が逸れるかもしれないけど、秋山は小遣い増やしたいとか思わないの?」

「ギャンブルはギャンブルさ。絶対勝てるなんてありえない。兄にもそう言ったんだけどな」

「まあ、そりゃそうだよね」

「だろ? 高校生でも分かる。だけど、兄貴のやつ、俺には必勝の神様がついてるんだとか言っててさ。メールで勝てるレースを教えてくれる人が居るんだと。絶対騙されてるって指摘したんだけど、そのメールを見せるんだ。確かに今までは全部当たってるんだ。ドヤ顔しててムカついた」

「そりゃ、確かに不思議だね」

「そうなんだよなあ。怪しいって言っても、じゃあどうして当たるのか説明してみろって鼻で笑われたんだ。悔しいけど、まあこんな奴でもカノジョが出来るということで励みにすることにした」

 やっぱりこだわるのはそこなんだ。まあ、気持ちは僕にもよく分かる。

 しかし、必ず競馬の予想を当てる方法なんてあるんだろうか? 現実に当てているという事実があるけど腑に落ちない。

 そこで閃いた。

「あのさ。必ず勝てるレースを教えてくれる人がいるって話、僕の知っている人に話してみてもいいかな。あ、もちろん、秋山の名前は伏せるから」

「別にいいけど。結城に謎が解けそうな知り合いがいるのか?」

「解けるかどうかは分からないけど、そういう話が好きそうな人が居てさ」

「ふーん。別に話しても構わないぜ。もし、納得のできる答えがでたら教えてくれよ」

 それから別の話題に変わる。

 菓子パンを紙パックの牛乳で流し込み話を合わせながら、僕は円城寺さんに良い手土産ができたことを喜んでいた。

 放課後に秋山と入部届を職員室に出しに行く。受理してもらった控えを持ってそのまま弓道場に向かった。

 僕らの顔を見ると緑川先輩の顔が輝く。

「入部ってことでいいのかな?」

「よく分かりましたね」

 僕より先に秋山が反応する。

 先輩はにこりと笑った。

「複数で来ているしね。それに分かりやすい紙を持っているから」

 先輩は後を振り返る。

「部長~、入部希望者ゲットです」

 向こうから長身の男性がやって来ると、僕らに向かって破顔しつつ、緑川先輩に注意した。

「ゲット、って物じゃないんだからさ」

「すいませーん」

 緑川先輩は首をすくめる。

 秋山は慌ててフォローに入った。

「全然俺は気にしてません。な?」

 いきなり僕に同意を求めてくるので、首をコクコクする。

「そうか。君たちが気にしないのは有難いが、これは上級生としての態度の問題だからね。緑川さん、来期は部長の可能性もあるんだから、言動は気をつけて欲しい。それはさておき、入部を歓迎するよ。更衣室は分かる? それじゃあ、体操服に着替えてきてくれるかな?」

 着替えて弓道場に戻ると、入口に緑川先輩が待ち構えていた。ちょっと恥ずかしそうにしている。

「入部初日からみっともないところをみせちゃったね」

「いえ、先輩は悪くないですよ。部長が厳しすぎるんじゃ?」

 秋山が気を遣うと首を横に振った。

「いや、部長は正しい。弓道は武道だからね。礼儀も大切。さて、こんな先輩だけど、入部してくれたふたりに注意事項を説明するよ。出入りの際は一礼してね」

 言われたとおり、入口で頭を下げて中に入る。

 隅にはジャージ姿の人が数名いた。

 どうも同級生らしい。

 指定された場所に荷物を置いて戻ると指導担当の先輩に引き合わされた。

「それじゃよろしく。うちは都大会出て優勝するぞ、おー、って感じじゃないし、事前に言っておいてくれれば毎日部活に来られなくてもオッケーだから。まあ、練習した方が上達は早いけどね」

 なんだかひょうひょうとしている。

「でも、道場にいるときは真剣にね。ふざけているとマジで大怪我するし、最悪死ぬから。そんなときはまあまあで済ませることはないからね。ここまではいい?」

 にこにこしながら言うことははっきりしていた。

「分かりました」

「気をつけます」

 二人で異口同音に返事をする。

「絶対につがえた矢を人に向けないこと、的に向かって弓を引いている射線上に飛び出さないこと。この二つは絶対に守ってね」

 その後は、他の新入りと一緒になって練習をした。

 棒の先端にゴム紐がついたもの、ゴム弓と呼ばれているものを使って、弓を引く動作を習う。

 各動作に名前がついていて射法八節と言うそうだ。

 まずはこれを体得できないと実際に弓矢を構えさせて貰えない。

 見よう見まねで先輩の動きをトレースするが、自分でも下手くそなのはよく分かった。

 初めてにしては筋は悪くないと褒められたが、たぶん、これは誰にでも言っているのだろう。

 しばらくすると休憩時間になった。あまり根を詰めすぎても集中力に欠けて変な癖がつくからということらしい。

 休憩時間にお互いに自己紹介をする。

 女子三人に男子二人は先週に入部したそうだった。

 他人のことを言えるような立場には無いが、僕から見ても比較的真面目というか地味なタイプばかりが揃っている。

 まあ、なんとなくそうだろうなという気はした。

 スポーツが得意で煌びやかなタイプは、競技人口が多くてプロへの道が開けているものを選ぶだろう。

 単に僕が無知なだけかもしれないけど、プロ弓道というものは寡聞にして知らない。野球やサッカーとは注目度が違う。

 真面目なタイプは僕としても比較的話がしやすかった。

 緑川先輩がやってきて、気安く声をかけてくる。

「どう? 最初はゴムを引っ張るだけであまり面白くないでしょ? 面白くないは言い方が良くないか。えーと、ちょっと地味? まあ、でも、この基礎練習は大事だからね。ここできちんと形を覚えておいた方が、後々上達が早いから頑張ってね」

 他の新入生と話していた秋山が反応した。

「いえ、これが大事だってのはよく分かりますから大丈夫です。俺頑張ります」

 やたら張り切っている。

 まあ、野球部から逃れるという後ろ向きな理由ではあるけど、希望しての入部だから、やる気が違うのだろう。

 そこまでの積極性のない僕は、円城寺さんのことを緑川先輩に聞こうとして様子を窺うが、練習中は結局話しかけることはできなかった。

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