よかれと思って――2

 翌日の昼休み。今日から弁当なしの俺は、中学時代のように購買でパンを買ってきた。


「お? 今日は購買なのか」


 教室に戻って自分の席に座ると、そこに岳がやってきた。


 俺の前の席を借りた岳は、机と机をくっつけながら尋ねてくる。


「雛野のやつ、寝坊でもしたのか?」

「どうして?」

「お前の弁当は雛野が作っているんだろ? 昼食を購買で調達してきたってことは弁当がないってこと。雛野が寝坊して弁当を作れなかったと考えるのが妥当だ」

「見事な推理だけどハズレだよ」

「む? 自信はあったんだがな」

「ふっふっふっ。名探偵、敗れたり!」

「ドヤ顔うぜぇ」


 してやったりとばかりに口端くちはしをつり上げると、半眼になった岳が辛辣な言葉で刺してきた。珍しく推理を外したのが悔しいのかもしれない。


「で、なんで今日は購買なんだ?」

「雛野に弁当を作らなくていいって言ったからだよ」

「は?」


 岳がポカンとした。この反応も、いつも落ち着き払っている岳にしては珍しいものだ。


 友人のレアな表情を眺めながら、俺は事情を伝える。


「弁当を作るのって手間がかかるし、早起きもしないといけないだろ? ただでさえ俺の面倒を見てくれているのに、弁当まで作っていたら雛野が大変だと思ったんだ」

「……ようするにお前は、弁当作りをなしにすれば雛野に楽をさせてあげられると考えたわけか」

「名案だろ?」


 俺は再びドヤ顔をする。


 対して岳は、肺の中身を空っぽにするかのごとく、深く深く溜息をついた。残念なものを見るような目をしながら。


 謎の反応に首を傾げる俺に、岳が吐き捨てるように言った。


「この鈍感クソ野郎が」

「どストレートな悪口!?」


 なんの前触れもなくなじられて俺は困惑する。なぜ俺は、こんなにもどぎつくののしられなければならないのだろうか。


「一〇〇点満点中〇点の提案だ。雛野が不憫すぎる」

「〇点!? 俺、そんなひどいこと言った!?」

「ひどいどころか最悪だ。俺が雛野ならお前と縁を切っている」


 岳が目元を手で覆う。呆れ果てたと言わんばかりの仕草が、俺が致命的なミスを犯していることを示唆しさしていた。


「け、けど、弁当作りがなくなったほうが雛野は楽できるだろ?」

「気を遣うところが間違ってるんだよ、お前は」


 指摘されてもサッパリわからず、俺はクエスチョンマークを頭の上に浮かべる。


 もう一度深々と嘆息して、岳がこちらを指さした。


「わかりやすくたとえ話で解説してやる。お前が担当編集者からプロット作成を依頼されたとしよう。依頼通りプロットを作ったお前は、打ち合わせが円滑に進むよう、ついでに作品に関する資料を用意した」

「ふむふむ」

「だが、資料を受け取った担当編集者は、『負担になるだろうから今度から資料は用意しなくていい』と言ってきた。さて、お前はどう思う?」

「もやっとするだろうね。資料を用意したのは担当編集者のためを思ってなのに、それを必要ないと言われたら……」


 そこまで口にして、俺はハッとする。


「ま、まさか、俺が雛野に提案したことって……いまの担当編集者の対応と同じ?」

「その通りだ。お前は善意で提案したんだろうけど、雛野にとってはショックだったと思うぜ?」


 岳の指摘に心臓が跳ねた。


 視界が揺らぐ錯覚を得るなか、雛野の言葉が蘇る。




 ――わたしのほうこそ、いつも美味しく食べてくれてありがとう。




 俺に弁当を渡す雛野は頬を緩めていた。幸せでしかたないとばかりに。


 雛野は、俺の役に立てることを喜んでいたのではないだろうか? 俺に弁当を作ってあげることにやりがいを感じていたのではないだろうか?


 だとしたら、弁当を作らなくてもいいという俺の提案は、雛野から喜びとやりがいを奪うものでしかない。


 さあっと血の気が引いた。


 お、俺はなんてことをしてしまったんだあぁああああああああああ!!


 頭を抱える俺に、三度溜息をつきながら、岳が追い打ちをかけてきた。


「自分のミスを理解できたか? 鈍感クソ野郎」

「ようやく理解できました! 俺は救いようのない鈍感クソ野郎でしたあぁああああああああああ!!」

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