第2話 反撃

 昨日は何だか上がり下がりの大きな一日だったわ。


 あの後カナちゃんと一緒に家に帰ると、当たり前の様に一人分多い夕食が用意されていて、早めに帰宅してきたお父さんはケーキなんか買って来るしで、私にとっては寝耳に水だった『奏恵君おかえりなさいパーティー』が深夜まで続いた。


 ってなわけで、未だ心の整理がつかない上に寝不足の私は、今日受けたはずの授業の記憶が全くない。ノートも真っ新。マズいなぁ…


「乃愛、大丈夫?」

「大丈夫じゃない。ノート貸してよ真美ちゃん。」

「いいけど、果たして私のノートが乃愛に読み解けるかな?」


 ニヤリと笑いながら手渡されたノートを開く。

 …うん。無理だった。


「何でノートを速記文字で書いてるのさ?」

「新聞部たるもの、普段から速記には慣れておかないとね。」


 流石、学内のゴシップに目が無い新聞部の名物部員、川村かわむら真美まみ

 小学校の頃は、休み時間には男子に交じってサッカーするような運動女子だったんだけど、いつの間にか趣味は新聞や雑誌の切り抜きに、暇さえあれば噂に耳を傾けるミーハー女子に変化していた。

 まぁ、だからって真美ちゃん自身が変わった訳じゃないし、逆に私は漫画・イラスト部なんてオタクっぽいクラブから、バスケ部なんかに入った訳で、「運動系・文科系逆になったね~」なんて笑うくらいに、私たちはずっと仲良しだ。


 しかし、真美ちゃんにノートを借りられないとなると、どうしたものかしら。

 真美ちゃん以外の友達とは、今年クラスが離れているのよね。

 取り合えず、開いたノートはそのまま閉じて丁重にお返ししておいた。


「ところでさ、ニュースがあるんだよね。」


 ノートを仕舞いながら、真美ちゃんが浮かべる不敵な笑みに、不穏な気配を感じながら恐る恐る続きを聞くと、案の定それは譲先輩たちの事。


「な・ん・と・ね、男バスの桑木先輩と女バスの横井先輩、付き合ってるって!」

「………」

「反応薄い! って事は、やっぱり知ってた?」

「あー…あはは…」


 どう反応していいのか分からないが気まずいな。

 私と付き合ってた時は「ファンクラブの子が乃愛ちゃんを傷つけるかもしれない。危険な目に合わせたくないから、付き合ってることは内緒にしよう。」って言ってたのに、もう公表してるんだね。

 あの時は大切にされてるんだ! って舞い上がっちゃったけど、よく考えたら友達に話す事は駄目だけど、都梨子先輩にだけは良いっておかしな話。

 初めから、私は2人に遊ばれてただけなのかもな…


「はぁ…ごめん真美ちゃん。身内の話題はパス。」

「えー? 折角だから乃愛にバスケ部事情を色々聞こうと思ってたのにー。」

「どっちにしても、有益な情報は持ってないんだなぁ。私も昨日の帰りにラブラブな所見かけただけで、今まで気づかなかったし。」

「ラブラブって!?」

「あ。ノーコメント。」

「えー!! 教えてよっ。ちょっとだけでいいからさ。ホントに、ちょっとだけ、ね!?」


 うっかり発言で好奇心を湧きたたせてしまい、取材ノート片手に詰め寄って来る真美ちゃん。そこへ丁度「川村、ビックニュースが掴めそうだぜ」と、新聞部の部長がやって来て真美ちゃんを回収して行ってくれた。


 助かった…。


 さて、私もいつもならバスケ部に直行する時間だ。

 だけど、当たり前だけどそんな気は起きないなぁ。


「帰ろう…」


 荷物をまとめて廊下に出る。

 部活を休むには口頭で申し出しないといけないのが難点だったけれど、体育館に顔を出すと幸い都梨子先輩はまだ居なかったから体調不良を告げて校門へと急いだ。

 

 なのに…


「あれ? 乃愛ちゃん今日は部活休みなの?」


 背後から今一番聞きたくない声が追いかけて来た。

 昨日と同じく勝ち誇った様な嘲笑を浮かべている事が背中越しにも分かってしまう。


「俺が都梨子を選んだのがそんなショックだったか?」

「止めなさいよ譲。本当のこと言ったら可哀想でしょう。」

「言っとくけど、お前と俺が想い合ってた事なんて一度も無いからな。変な妄想で俺達を引き離そうとすんなよ。」

「だから止めなさいって。乃愛ちゃん、譲の彼女になったって大はしゃぎしていたんだから。あー…滑稽だった。」


 どうやら譲先輩もいるらしい。

 あぁどうしよう。振り返りたくないな。でも、無視するわけにもいかない。震えながら、身動きが取れなくなってしまった。


 何で私がこんな惨めな思いをしなくちゃならないんだろう。悔しいかな、目に涙が浮かぶ。お願い。誰かタスケテ…


「あ、見つけた。乃愛!」


 突然、声の主が明後日の方向から駆け寄って来てハグをしてきたから、その場の不穏な空気は一瞬で砕け散っていった。


「いやぁ、校門で待ってるつもりだったのに生徒指導のサトちゃん先生に見つかっちゃってさぁ、昔話に花が咲いちゃったよ。で、気づいたら下校時刻過ぎてんだもん。乃愛が帰ってたらどうしようかと思った。焦ったわぁ。」

「カナちゃん、何で?」

「昨日は深夜まで付き合せちゃったし、心配で迎えに来たんだよ。今日は部活行かないよね?」


 爽やかな笑顔を見せたカナちゃんの手が私の肩に回ると同時に「あの2人が昨日言ってた先輩?」とひそめた声で問うてくるから、ビックリして思わず3回くらい首を縦に振ると、今度は愉快そうに笑って「任せて」とウィンク一つ飛ばしてカナちゃんは都梨子先輩たちの方を振り返る。


「ってなわけで、乃愛は貰ってくけど、その前に一つだけ。君達は自ら乃愛を切り捨てたんだから、これ以上絡むのは止めなよね。すっごくダサイ。」

「何よ、部外者の癖にっ」

「部外者? 部外者ね。部外者はどっちなんだろうね。」

「どういう意味よ?」

「そのままの意味だよ。乃愛は俺の彼女だから。」

「は!?」

「え!?」


 はい!?


 あ、きっと、助けてくれるために嘘ついてくれてるんだ。

 女友達=ガールフレンド=彼女って考えれば、まぁ嘘でも無いしね。

 ありがとう! カナちゃん!!


「つまり、君たちが乃愛に突っかかる理由は全くないって事さ。因みにだけど、俺は君と違って大切な子の事は何においても守り通すからね。今後乃愛に下手な手出したら容赦しないよ。」


 何だろう。声は軽やかなんだけれど、カナちゃんの不敵な笑みに、ゴゴゴーっと演出が入りそうなドス黒いオーラが揺らめいて、その横顔がちょっと怖い。

 カナちゃんって演技は何だね。

 それを面と向かって浴びている2人が何を思っているのかは定かではないけれど、何かを言い返してくることは無かったので、2人を置いて「じゃ、帰ろうか」と私の手を握るカナちゃん。

 大人の余裕、なのだろうか。安心感に包まれて、徐々に私の中でくすぶっていた不安定な気持ちも吹っ切れていく。


 そうだよ。私は別に悪い事なんてしてないのに、何でこんな人たちに怯えて過ごさなきゃいけないんだろう?

 こんな人達にいいようにされて、メソメソしてる時間がもったいないじゃん!


「都梨子先輩。」


 そこで初めて振り返り、私は都梨子先輩と譲先輩の方を見た。

「なによ?」と頬をヒクつかせた都梨子先輩の顔は大きく歪んでいて、この人の何処に憧れたんだっけ? とすら思える。


「誤解があるようなのでお伝えしますが、今日部活を休むのは生理による体調不良です。」


 強がりだけど、嘘はついてない。先ほど部長にはそう伝えて欠席の旨を伝えたしね。


「きっと私が譲先輩の事を相談していたせいで、罪悪感とか感じさせてしまったんですよね? でも、見ての通り、もう譲先輩の事なんて眼中にないですから私の事は気にしないで大丈夫です。譲先輩とお幸せに!」


 先輩達みたいに、見せつけるようなキスは出来ないけれど、代わりにカナちゃんの腕をギュッと引き寄せて恋人アピールしてみる。

 突然ハグして来る距離感なんだし、これくらいい良いよね?

 ついでに、私達ならではの方法でラブラブっぷりを披露して帰ろう。


 譲先輩の前では猫かぶっていたけれど、私はね、本当は結構な負けず嫌い。やられっぱなしで終わる人間じゃないのよ!


「迎えに来てくれてありがとうカナちゃん。今日もね、夕飯はカナちゃんの好物作るって、お母さんが張り切ってたよ。」

「マジで? おばさんの料理めっちゃ旨いから嬉しい! あ、でも、一番は乃愛の手料理だよなぁ。」

「手料理て、カナちゃんが風邪ひいた時におかゆ作ってあげただけじゃん。」

「馬鹿だなぁ乃愛は、それに勝るものがこの世にあると思う?」


 なんだかカナちゃんもノリノリで話を合わせてくれるわ。

 本当に、頼りになる。


「では、そういう事なので、今日の部活は休ませてもらいますので、都梨子先輩、失礼します。」


 私たちのラブラブっぷりに?言葉を失っている都梨子先輩にお辞儀をする。

 その隣でもの言いたげな譲先輩もいたけれど、「想い合った事がない」のなら、私たちは完全に赤の他人だよね。って事で、盛大に無視しておいた。


 帰宅部の面々が足早に帰宅する中、学生でも無いカナちゃんと腕を組み下校する。

 ただでさえ部外者な上に、高身長でモデルみたいなカナちゃんは、異次元なオーラを放っていたから、それはもう注目の的なんだけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

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