第一節「レナトゥスの目覚め」

SCENE-001 双子と男親の食卓


伊月いつきちゃんと鏡夜きょうやくんは、まだ龍を見たことがなかったよね?」

「――りゅう・・・?」


 食卓に並べられた皿をすっかり空にして。ぱちん、と箸を置いたところだった伊月は、子供たちの食事が終わるタイミングを見計らって声をかけてきたかさねに向かって、いとけない仕草で首を傾げた。

「それって、どっちのりゅう? 千年生きたみずちに足が生えて飛ぶようになった龍? それとも、羽が生えてるトカゲの竜?」

「もちろん羽無し・・・の方だよ。倭国やまとのくに真性しんせいドラゴンはいないからね」


 国津神くにつかみとしてその霊魂いのちを御神木に縛られている襲は、徒人ただびととして生まれ持った生身の身体マテリアルボディを後生大事にしまい込んでいる。


 その代わり、実体を持つほどの密度で編み上げた魔力による現身うつしみを〝意識の器アストラルボディ〟として使っているから。食事をする必要はなく、子供たちの情操教育がてら形ばかり食卓に着いているにすぎない襲の姿を、伊月はその淡く青い瞳に映して瞬いた。


「どっちも見たことないけど。なに、次は龍を狩るの?」


 襲の話に付き合うのはお喋りな伊月の役割だと決め込んで。二人のやり取りに我関せず、食卓の上で空になった皿を重ねはじめていた鏡夜は、すぐ隣に座っている双子の姉の、まるで鏡に映したよう自分と瓜二つな横顔をちらりと見遣る。


 生まれてこの方、ほとんどの時間を伊月と共有している双子の弟は、自分の〝片割れ〟の声色に混じるほのかな高揚を耳聡く聞き取っていた。

(龍なんて、徒人がまともにやり合って勝てる相手じゃないのに)

 そんなものを討滅しろころせと命じられることの、何がそんなに嬉しいのか。


(伊月の場合、『死なない限りは負けてない』って考えだからな……)

 やたらと好戦的な伊月に共感することはできないが。なまじ付き合いが長いせいで、その思考を理解するだけならできてしまう。

 〝双子〟という括りで伊月とニコイチ扱いされることに不満はないし、伊月を一人で戦わせることなど端から選択肢に入れてもいない鏡夜は、それはそれとして、伊月の期待が裏切られるよう願わずにはいられなかった。


 実力と釣り合いが取れる程度にはプライドが高く、負けず嫌いでもある伊月が、どんな卑怯な手を使ってでも自分が勝つまで獲物に食らいついていく蛇のような性格の女であることを、嫌というほどわかっていたので。




「まさか。そんな危ないことはさせないよ」

 襲の軽薄な言葉は、まったくと言っていいほど鏡夜に響かない。


 自分の血を引く子供たちを幼い頃から徹底的に教育して、成人を待たずひとかどの護人もりびと――神門みかどでいう討滅士とうめつしのように、徒人でありながら妖魔ようまと戦う人材――へと育て上げた男は、どんなに緩く、人畜無害そうな笑みを浮かべていようと所詮は伊月の親・・・・なので。鏡夜にとって手放しに信用のおける相手というわけではなかった。


 なにしろ、伊月と揃って「即死しないしなない限りは治療できるから大丈夫」なんて、平然と言ってのけるような人種だ。




「今日はお客さんが来るんだよ。龍を使役してる魅縛士みばくしで、見回りがてら飛んでくるって言ってたから、興味があるなら注意して空を見ておくといいよ」

「ふぅん? ……わかった」


 客として訪れることを知らなければ、闖入者だと決めてかかって遊べたものを。


 残念だ、と露骨にテンションを下げた伊月の隣で、付き合わされる方の身にもなってほしいと、鏡夜は鏡夜でこれみよがしの息を吐く。

「もういい? 片付けるよ」

「うん」


 襲がそれ以上、引き止めてくることもなかったので。

 食事を終えた双子は、後片付けのために揃って居間を後にした。


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