第22話 情報屋の本気

 かつては地下墓地だった場所には、二人の男女が対峙していた。

 赤い長外套コートを羽織り、黒い襯衣シャツと黒い洋袴ズボンの男は眉を寄せて女を見ていた。手と腕に鎖を巻いて、武装していた。

 その武装を見て、彼が情報屋だということをどれ程の者が理解出来るだろうか。どちらかと言えば、武闘家と名乗る方が理解出来るだろう。

 一方女は白い聖職者の装束に身を包み、白い長外套コートを羽織る。片手には黒い片刃剣が握られていた。聖職者なのか怪しくなる物騒な武器を持つ彼女は、周囲を見渡していた。









 ♢









「揺れは…………止みましたね。貴方の仕業…………という訳では無いようですね」


 此方を睨む情報屋に、アルカナはいつも通りの口調で話し掛けた。

「それはどうかな?」情報屋は首を傾げた。


「仮に貴方の仕業だとしたら、驚く必要もありませんし、その間に逃げる事だって可能でした」


 貴方の仕業では無い。アルカナは結論付けた。

 情報屋は面白くなさそうに、顔を顰めた。

 その表情だけで、この結論が正しいと裏付けているものだ。それに情報屋が気が付いているのなら、アルカナには分からない。


「どうした?お喋りになったな?さっきの振動で怖気付いたか?」


 情報屋は腰に手を当てて、挑発するような口調になる。いや、完全に挑発だろう。

 アルカナは黒い片刃剣の柄を握り締める。

 挑発には乗らない。乗る必要が無い。彼が死ぬのは、決定事項なのだ。

 彼はツイていない。誰の依頼なのか分からないが、こんな所まで来なければ生きられたというのに。

 ならば、せめてもの慈悲を与えるべきだろう。


「そうですね。貴方がこれから死ぬとなれば、少しでもこの世に居たいかと勝手ながら思いました。なので、この時間は私からの慈悲です」

「慈悲…………か。お前は俺を殺せると、本気で思っているのか?」


 情報屋は疑いの目を向ける。

 アルカナは彼の言葉が理解出来ず、首を傾げた。


 ─────何を仰っているのでしょうか?


 幾つか祈祷を見せたというのに、まだ理解出来ないとは思いもよらなかった。

 常人では扱えぬ、神秘を扱っているのだ。最も身体強化しか見せていないが、それでも彼の膂力を無効化出来るほどだ。

 それが分からぬとなれば、筋金入りの間抜けか馬鹿なのだろう。

「ふふ」アルカナは思わず笑ってしまった。

 自分の死を悟れないとは、可笑しな話では無いか。


「本気も何も、見せたではありませんか。貴方を殺せる程の力を」

「そうか」


 情報屋は頷いて、トントンと軽く跳ねる。

 身体を動かす前の準備運動だろうか。

 アルカナはじっと情報屋を見る。

 情報屋は片足づつ地面に着けて跳ねる。そして脚を広いて、右手を前に突き出して手の平を上に向けた。


「来な?」


 四本の指をクイクイと曲げて、情報屋は挑発した。

 どうやら、調子に乗っているようだ。

 アルカナは黒い片刃剣の柄を更に握り締めて、地面を蹴った。

 一気に情報屋との距離を縮めたアルカナは、片刃剣を振るった。


 情報屋は右脚を左脚の後ろに交差クロスさせ、下げた右脚を軸に身体を斜めに傾けながら横へ、移動して回避した。

 振り下ろした片刃剣を横に振り上げる。

 情報屋は身を低くして、難なくそれを回避する。更にそこから目にも止まらぬ速さで、アルカナの後ろへ回る。

 アルカナは振り上げた片刃剣を頭上で一回振り回し、身体を捻って後方を向きながら片刃剣を振る。

 しかし情報屋は、それも身体を後ろに反るだけで回避した。


 アルカナは焦りを覚える。何故、ここまで回避されるのか。自分には分からない。

 アルカナは情報屋を突き刺すように、片刃剣を突き出した。

 反らしていた情報屋は、身体を瞬時に戻した。突き出された片刃剣を横へ移動して回避する。それだけに留まらず、アルカナの後方に回り込む。

 身体を捻る反動を利用して、アルカナは片刃剣を後方にいる情報屋に振り返りながら振る。その速度は先程の剣戟より、一段階速い。


 しかし情報屋は左脚を右脚と揃えるように下げて、身体を横に向けて、上半身を反らして回避した。


「これも避けますか!?」


 アルカナは目を見開いて驚嘆した。

 自分自身感情が薄い訳では無いが、ここまで驚いたのは初めてだった。

 彼の動きは目で追う事が可能なのだが、その動きを片刃剣が捉えることが出来ない。


「貴方…………何をしたんですか!?」


 摩訶不思議な事が起きた事によりアルカナは焦り、声を荒げた。

 ふっと情報屋は嘲笑した。


「本気を出しているのさ。ここから逃げる為にね」


 本気になるか、ならないかでこれ程変わるものなのか。それとも元の身体能力が高いのか。

 アルカナは情報屋の認識を改める。

 情報屋は拳を握って、構え直した。


「次は此方の番だッ!!」


 スっと前屈みになった瞬間、目先から情報屋が消えた。


「な──────…………ッ!?」


 アルカナは目を見開く。

 次にアルカナが情報屋を認識した時には、既にアルカナの間合いの中に入られていた。手を伸ばしなくても、届く距離だ。


「ぐ…………ッ!」


 情報屋が突き出した左手が、腹部に当たる。更に右手が鳩尾みずおちを殴る。

 アルカナは背を丸めてくの字になる。


 ─────なんて、速い一撃…………ッ。


 頬に冷や汗が流れた。

 情報屋はくるりと回り、アルカナの顎に裏回し蹴り。更にその回転の勢いに乗った右脚が、アルカナの頬に衝突する。


 アルカナはよろめいて、後方に一歩後ずさった。

 脳が揺さぶられたのか、視界がチカチカと点滅する。


「まだ終わらねぇよッ!」


 情報屋は左脚を持ち上げて、アルカナの頬を蹴る。蹴った左脚を戻して、右を向いていたアルカナの顔を踵で蹴る。

 更に情報屋は右脚を持ち上げて、アルカナの頬を蹴る。蹴った右脚を地面に着け、左脚を高く持ち上げる。そしてアルカナの脳天目掛けて、踵落としをした。

 くるりと回転し、右脚を持ち上げてアルカナの顎を蹴り上げた。


 アルカナは大きく仰け反り、地面に倒れた。

 チカチカと点滅する視界で、天井を見上げる。口の中が切れたのだろう。血の味がする。最悪な味だ。


 ─────強弱が明確に別れた蹴りですか。


 蹴り飛ばす瞬間に強い力を加える。並大抵には出来ない技。

 アルカナは身体を持ち上げて、口の中に溜まった血を吐き出して情報屋を見る。

 情報屋は油断無く、此方を見ていた。


レディの顔に傷を付けるのは、男としてどうですか?」


 アルカナは顎を抑えながら、情報屋を睨む。

 情報屋は吹き出した。

「お前が女!?」情報屋は腹を抑えて笑う。「いきなり冗談言うなよ!」

 アルカナはムスッと頬を膨らます。

 馬鹿にされている。いや、貶している。侮辱だ、侮辱。


「失礼ですね。貴方は…………」

「それはすまねぇ。俺の趣味じゃねぇのよ。アンタは··········」

「趣味とは··········やはり、貴方は死ぬべきです」


「色々な意味で」アルカナは付け足す。


「あぁ、そうかい」


 情報屋は退屈そうに呟く。

 アルカナは片刃剣を杖代わりにしながら、立ち上がる。平衡感覚が未だ戻らず、ふらふらとしている。

 何度も顔を蹴られた影響だろう。

 ふわふわとしていて、思考が上手くまとまらない。


 ─────彼の本気がこれならば、私も切り札を出さなければなりませんね。


 互角では駄目だ。完膚無きまでの蹂躙。

 聖樹教会の人間ならば、それぐらいでなければならない。

 昔の信仰を忘れるつもりは無いが、今の居場所は聖樹教会なのだ。それ相応の信仰を持たなければならない。所謂、郷に入れば郷に従えだ。


 ─────教皇様は何かを隠しているのは事実ですが、何を隠しているのか分かりません。


 枢機卿は知っているようだが、それほどの上層部でなければ分からないという事なのだろうか。


 ─────いえ、今は目先のこと。彼を殺さなければなりません。


 アルカナはふらつく身体に喝を入れて、スっと立ち上がる。

 黒い片刃剣を握り締めて、情報屋を睨んだ。

 次で確実に仕留めるという意気込みで、彼女は息を深く吸って吐き出す。


「全祈祷の制限を解除」


 天井に剣先を向けるように、アルカナは片刃剣を持ち上げた。


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