9 倉河歴史館

倉と運河の町倉河地区は城下町である。運河や大川を見下ろす小高い大地の上には展望台のある倉河城址があり、すぐ脇には真加田宮神社(まかだのみやじんじゃ)があり、その広い境内には倉河歴史館がある。ここは由緒正しいこの神社の宝物館だったところだが、今は、古風な白壁と最新の設備を持つ展示ホールもでき、膨大な資料や宝物の展示と研究をする研究機関でもある。また近年ではギフトショップも評判の観光スポットとして注目されている。ここのオリジナルの七福神めぐりの宝船御朱印帳やそれぞれの御利益別の七福神占いキーホルダーも大人気だ。またここの七福神は寿老人や吉祥天の代わりにだるま大師が入っていて、代わりだるまやだるまの中からだるまが次々と出てくる入れ子だるまもよく売れている。また、だるまの中から神社でお祓いしたマカダミアナッツが出てくるお菓子も、子供に大人気だ。

「前回いらっしゃらない時に資料だけ受け取りに来たのですが、あの時はすばらしい資料を用意していただき、本当にありがとうございました。例のものがやっとできましたので、見ていただこうと思いまして…」

村長とツクシは、今日は二人連れで倉河歴史館を訪ねた。

「もうできたんですね。噂通り早いなあ。お待ちしてましたよ」

歴史ボランティアのダンディーな吉村さんが温かく迎えてくれた。吉村さんは、倉河城天守閣再建委員会の議長もやっている人で、とにかく博学だと村長が紹介してくれた。

「へえ、この倉河にもお城があったんですね。知らなかった」

「新しくこの町にやってきたツクシ君が知らなくても当たり前ですよ。でももともと小さなお城で明示になってすぐに取り壊されちゃったから、ずっと城址公園になっていてね。この町の人も知らない人が多いんだ。特に子どもはまったく知らなくて私はとても悲しかった。だからこの神社に歴史博物館ができると聞いた時になんとかしなければいけないと思っていた。その一つが天守閣の再建だ。記録を古文書から探すことから始めて、設計図作りや資金集めなどを行ってきた。もう10年以上活動しているんだが、やっと村長のご尽力もあって資金のめどが立ってきたところだ。あと、子どもにも広く地域の歴史を知ってもらおうと近くの小学校と協力して子ども歴史クラブを立ち上げたんだ」

子どもの地域学習の一環として、この歴史館で昔の兜や鎧、刀剣、古文書などを見学、当時の庶民の暮らし、運河を使った交通の様子や白壁の建物の中でどんなものが作られていたかなどを学習できるように工夫してきた。小学生たちはここで調べたことを夏祭りの精霊流しの会場で発表したり、数年前からは小学生武将隊を組織して、パレードや寸劇にも挑戦しているそうだ。

そこであの発酵塾で知恵袋の亀さんがツクシに頼んできたのが、小学生武将隊の鎧かぶと作りだった。毎年子どもやお母さん出協力して造るのだが、出来が今一つの上に、作るので精いっぱいになってしまい、寸劇などおろそかになってしまうのだ。

そこで亀さんから村長に頼むと、本格的に取組むこととなったのだ。

「みんなが楽しい時間を過ごすだけじゃない、子どもの勉強にもなる、地域の観光にも貢献できる、といういいことづくめの取り組みだ、ツクシ君にも正規の仕事として本格的に取り組んでもらいたい」

村長の言葉ですべて決まった。ツクシはこの歴史館で先日資料をもらって、地域の史実に即した、小学生の武将隊の仮想をダンボールや紙類で造ってきたのだった。

吉村さんは今回の小学生武将隊の件でも全面的に協力してくれた。村長と同じぐらいの年でカジュアルな上下を着ているが、若いころスポーツでもやっていたのだろうか、がっしりしていて威風堂々としている。

「ああ、そうだ。今日は、ここの正式な職員である真加田宮神社の神職でもある真加田宮の御嬢さんが来ているから彼女にも見てもらうといい」

吉村さんがそう言うと、村長も喜んだ。

「ほう、ナッチャンが来てるのか。さすがツクシ君、持ってるね。ナッチャンのことは、小さいころから知っているんだが、彼女は忙しくて、最近は私も会っていないんだ」

村長はニコニコして、吉村さんと親しげに話しながら奥へと歩きだした。

博物館の大ホールには、この倉と運河の町の大ジオラマが展示してあり、ボタンを押すとその場所が光って、関連した写真や動画が大画面に映る。さらに場所によっては運河を船が進んだり、夏祭りの巨大なオロチの人形が叫びをあげて輝きながら、大通りに現れたりする。

七福神のボタンがあったので、ツクシが試しに押してみた。

「ええっと…弁天様の慶福寺はここね。うわあ、やってくれるわ」

押してみると天上から青の小さなスポットライトが当たり、あの弁天池が青く輝き、あの弁天堂から弁天様の小さな人形が出てくる。そして大画面には慶福寺の弁天池や弁天カフェのある風景が浮かび上がり、そこにCGで造られた弁天様が現れて微笑むのである。

「へえ、弁天様の人形、かーわいい」

これが毘沙門天や布袋様など、七福神のあるお寺すべてで用意してあるのだ。

そして精霊流しコーナーや鎧兜、古文書などを横に見ながら奥へとを歩いていくと、あきらかに子どもの手作りだと思われるカラフルな名札が貼ってある個室があった。

「倉河子ども歴史クラブ」だ。吉村さんがほほ笑んだ。

「今は夏休み中だから、歴史クラブの無い日なんだが、無理言って小学5年生に来てもらっているんだ」

「あのお二人ですね」

ドアを開けると、二人の子どもが大きな声で挨拶をしてくれた。

「こんにちは、はじめまして。有賀徹です」

「こんにちは、大塚レイです。よろしく」

元気な男の子と女の子だ。部屋の中には今までの研究発表の様子や、去年までの小学生武将隊の写真などが、たくさん展示してあった。

「こんにちは、伊藤津櫛です。よろしくね」

ツクシがそう言うと、有賀徹君がすかさず言った。

「あ、ツクシさんですね、おばあちゃんがこの間はありがとうございましたと言ってました」

なんと有賀徹君のおばあちゃんは、あの道の駅の時のおばちゃん軍団のリーダー、忍者の劇の最後の台詞を書き足した有賀タミさんだった。吉村さんが言った。

「このお姉さんが、もう鎧かぶとを完成させて持って来たんだそうだ。さっそく体につけてみるかい?!」

すると二人は右手をさしあげて掛け声で同意した。

「おおオーっ!!」

実は鎧かぶとを作るためにこの博物館にあるいくつかの武具の詳細な写真や昔の武将の絵巻などを用意してもらったのだが、同時に子どもの身長やスリーサイズ、腕や足のサイズも送ってもらい、その子どもの体に合わせて武具をダンボールで造ってきたのだ。必要な大きさ、形のものを必要な数だけ作ると言う、村長の主義を踏襲し、池橋礼さんにプログラムを工夫してもらい、鎧かぶともカスタマイズしたのである。

「はい、じゃあ、今着ている洋服の上からで十分よ。こっちが有賀徹君、こっちが大塚レイちゃんね」

まずはもうダンボールプリンターで印刷し、自働カッターでカッティングした武具を専用の紙袋から取り出す。本当に背の高めの有賀徹君の武具の方が大きいようだ。

各部品を人間の形に並べて確認し、一度折目をつける。兜は複雑な折り目を順に折って組みたてて、最後に両面テープで3か所で止めるだけでもう、鮮やかな兜の出来上がりだ。次に、伸縮する素材で造られたヒモをあちこちに開けられた金具のついた穴に通して行く。手や足の武具には短いタイプを、胴や兜には長いタイプを取りつけて、通したら先のストッパーを横向きにするだけでもうぬけない、子どもでも簡単だ。

その時、部屋のドアが静かに開き、白装束を着た若い女の人がおごそかに入ってきた。ツクシはそのたおやかな姿を見て、その高貴な所作を見てつぶやいた。

「いと…美しの人…」

「失礼いたします。遅くなりました。真加田宮夏(まかだみやなつ)でございます」

「ナツさん待ってたよ」

「よ、ナッチャン、久しぶり」

威風堂々とした吉村さんも、ぽっちゃりした村長も温かく迎えた。

この人がこの神社の神職にして歴史館の正式な職員で古文書毒階の専門家、真加田宮夏(まかだみあなつ)さんだ。

「ではヒモも通りましたので、さっそく取り付けてみましょう」

ツクシがまず有賀徹君から取り付け始めた。

「わあ、すごい、体にぴったりだ」

ツクシは、有賀徹君の取りつけを終わるとすぐに大塚レイちゃんに取り掛かった。

「大塚レイちゃんの鎧兜は、博物館に展示してある倉河城主、倉河良友の使っていた鎧を再現してあります。有賀徹君の愚息は、四天王の槍の達人、長屋利衛門の記録をもとに造ってみました。なのでレイちゃんは大刀をさして、徹君は長槍を持ってください」

「はい」

カラー印刷はしてあるがダンボールなのでとても軽く、ストッパー付きの伸び縮みするヒモなので取り付けも簡単、サイズもピッタリで子どもにも評判がいいようだ。

「いやあ、取り付けも簡単だが、出来上がりもなかなかだぞ」

ダンボールの質感に艶消しの印刷が独特の感じを出して、城主の鎧は華麗な仕上がり、四天王の鎧兜は、重厚な感じがする。

「どう、動いて見て。動きにくくないかしら?」

「平気だよ、去年の鎧かぶとと比べたら全然いいよ」

あとは他人の武具と万が一間違えないように、名前を書いたらどうかと言う事になった。

「そうね、当日は名前シールを用意しましょう」

見た目に目立たないように、家紋をデザインしたシールを貼ることになった。

真加田宮夏さんもおごそかに言った。

「ダンボールでつくってあるとは思えない、すばらしい出来です。これをたくさんの小学生が着て歩いたり、劇をやったりしたら、きっと夏祭りは盛り上がるでしょう」

すると吉村さんが何かを思い出した。

「そうだ、祭りの日は、けっこう雨も多いんだ。そのダンボールは雨に弱いよねえ…?平気かい?」

するとツクシも少し考えて言った。

「そうですねえ、最近は超撥水スプレーと言う便利なものがありまして。天気予報が悪いようなら、それを使えば…」

すると真加田宮夏さんが突然おかしなことを言い始めた。

「それなら心配りません。私が当日は晴れにいたしましょう。ええ、間違いなく晴れにできそうです」

「は?」

どういう事なのだろう。まじめな顔をして、言っていることがおかしい。ところが…。

「そうだな、それなら無駄にお金をかける必要はないな。ナッチャンにまかせれば間違いない」

村長はそう言ってニコニコしていた。

「では、そういうことで。頼んだよナツさん」

吉村さんもそう言った。大の大人が二人そろって確実におかしい。

結局、超撥水スプレーは見送りとなり、いろいろ細かいところを話し合いこの鎧兜でいこうと言う事になった。

「では、あとは祭りの当日、二十数人の小学生が大通りを歩きだします。よろしくお願いします」

村長がそう言うと、吉村先生が子どもたちにも微笑みかけた。

「頼んだよ。当日もよろしく」

すると子どもたちは元気に返事した。

「はい、吉宗先生頑張ります」

村長とツクシは、みんなに別れを告げて歩きだした。帰り道、ツクシが村長に訊いた。

「あの…真加田宮夏さんが、天気を晴れにしますって言ってましたけど、そんなことできるわけないですよね?!」

「そうだねえ…」

村長には珍しく、はっきりとは答えなかった。

「じゃあ、ボランティアの吉村さんを子どもたちが吉宗先生と呼んでましたけど、どうしてなんですか?」

すると村長はちょっと困った顔をして、少し考えた。

そしてツクシを神社の横にある倉河城址公園の展望台へと連れて言った。

「ここなら見晴らしも良くて、逆に盗聴の心配もないだろう」

昔お城のあったこの鷹台は白壁と運河の町を一望にできる小高い場所である。昔のお殿様もここから城下町を眺めていたのだろうか。甘酒横丁のにぎわい、白壁大学の緑豊かなキャンパス、お寺や神社などの伝統ある木造建築、運河沿いに並ぶ白壁の街並み…。

「へえ、倉河って本当に古い町並みが残っていて、電線や電柱もないし、高いマンションやビルもほとんどないんですね」

ついさっき見た博物館の街のジオラマが生きて動いてそこにたたずんでいた。自働車や歩く人影、運河には屋形船も動いている。

すると高台の風に吹かれながら村長がしゃべり始めた。

「そろそろ話してもいい頃だな…表向きには出せない話なので他言は無用だ」

表向きには出せないって、一体どんな話なのだろう。

「…この間の道の駅の君からの報告書はとてもよくわかった。中で使われているレジ袋やダンボールだけでなく、味噌や醤油などの量り売りの瓶やボトルを、軽く丈夫で、詰め替えも洗浄も簡単なヒロ口タイプにして、家のどこに置いてもいいようなおしゃれなデザインにすればと言う提案は秀逸だった。さっそく取り組みたいと思う。あといくつかの報告、提案があったね。お祭りのごみ問題を根本から解決しようというのがすごかったね。実現に向けて今がんばっているわけだ。、その中の一つに葛飾ストアーの件があったね」

「はい、でも、自分たちの日ごろ商売している街中で売ればいいのに、何でわざわざフードロスの撲滅なんて半分嘘を言って乗りこんでくるんですかね。本当に…。私の手伝っていた田楽農園のお母さんやお父さん、シイタケ売りのおばあさんなんかは本当に困っていました。短時間に価格比較サイトまで作っちゃって…」

すると村長は少し厳しい顔で言った。

「消費者のための安売りや価格比較サイトだが、大量生産や大量販売による安売り、サービスや品質を無視するような価格比較サイトは、生産者の苦労や工夫、職人の技や高度な接客をすべて無に帰してしまう側面を持っている。我々は価格の安さから品質や技術へと視線を変えて行かなければならない。そのためには安定した収入や住みやすい町、さらに生きがいを手に入れなければならんのだよ」

「はあ?」

村長が難しいことを言いだしたので、ツクシはキョトンとした。

「私はそんな理想を持って四つの村を合併させ、OECを設立し、豊かな村暮らしを進めてきた。だが、きょねん辺りから、我々の事務所が襲われて書類が盗まれたり、システムのハッキングを受けたり、謎の人物があちこちの施設の周りを嗅ぎまわったりと言う事件が頻発したのだ」

「え、誰がそんなことを?!」

「それがわからない。だが、葛飾ストアーの謎の安売りもその延長線上にあるような気がしてならないのだ」

「そ、そんな…」

「だが、われわれもやられてばかりはいられない。道の駅の時も、我々の仲間が自主的に立ち上がって、葛飾ストアーの攻撃を最小のダメージでかわしてくれた。その仲間こそがシークレットファイブだ」

「シークレットファイブ?!」

私のいる牧場の大原だけでなく、この倉河、道の駅と里山の朝市、そして温泉と渓谷の泉台、この広い範囲を自主的に守ってくれる非公式の団体それがシークレットファイブだ。もちろん協力者はたくさんいるが、初期メンバーが五人だったところからその名がついた。君が道の駅であった、有賀タミさんがまとめ役だ。月光と言うお坊さん、葬儀屋のアンミツさんもみな仲間だ。

「へえ、頼りになる人ばっかりですね。え、じゃあ、もしかして…」

「歴史館のガイドボランティアの吉村宗徳さんは、略して吉宗先生と呼ばれる、本業は大病院の院長先生だ、時々来る歴史館ではボランティアとして正体を隠し、みんなの世話をしているが、新しいタイプの医療システム「壁のない街と病院」を作り上げたと有名な大人物だ。いつもはおだやかなおじさんだが、いざとなるとすごい行動力だ。シークレットファイブの暴れん坊将軍と呼ばれている」

「ええっと、じゃあ真加田宮夏さんも…」

「うむ、古文書を心で読むと評されるあの人は、すべてが神がかっていて、たとえば今日は晴れますと言って雨具も持たずにでかけても決してその間だけ雨に降られないスーパー晴れ女なのだ。そのほかにも彼女はいくつも予言を的中させている。彼女は実にシークレットファイブの白の姫にして超能力担当なのだよ」

ううむ、でもあの人ならあり得るかも…。

「実は私も最初は信じられなくて、晴れの的中率を出したこともあったんだが、実に、的中率100%だったよ。だからお祭りの日はもう大丈夫だ。もう雨は降らないだろう」

ツクシは半信半疑だったが、お祭りの日にその凄さを思い知ることになるのだった。

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