3 ケーキの箱

「…これは小学生の夏休みの自由作品に最適と言う紙の動物園…」

拍子抜けした。いらなくなった靴の箱やダンボールの空き箱を使った、初心者でも簡単に作れるいろいろな動物達の工作だった。親せきの子供にせがまれて作ったら評判が良くて、いくつかアップしたのだ。

口をパクパク、カバさんの小物入れとか、親、子、孫、ぶらりとつながるテナガザルのジョウサシとか、キリンの文具立て、サイのティッシュボックスなど、いろいろなものがアップされている。こんな小学生が喜びそうな工作、一体この村となんの関係があるのだろう?まあ、自分の作品を高く評価してくれたのは悪い気はしないが…?!

するとナオリさんが静かに話しだした。

「最初は、うちの父が、村長がネットで見つけて私に教えてくれたの。かわいい工作だとおもって友達に見せたりしていたんだけど、そのうちこの紙工作の動物達には共通点があることがみんなの話題になったのよ」

一つ目、動物の特徴を生かし、シンプルで立体的なデザイン。

二つ目、すべて実用的で、実際に使ってみると使いやすく役に立つ。

三つ目、すべて大きな1個の箱や1枚の大きな紙から立体的に作られている。

…なるほど、言われてみれば、あとで細かい部品をちまちまくっつけるのは性に遭わないので、意地でも箱や紙から立ち上げたり組み合わせたりして作った記憶がある。

そこまで話すとナオリさんは立ち上がった。

「じゃあ、さっそく工房の方に行ってみましょうか」

これから具体的な仕事の内容を見せてくれるのだと言う。ツクシは少し緊張して、村長やナオリさんの後ろをついていった。だがこの緊張が、思わぬアクシデントを呼ぶことになる。

エレベーターで1階に下りてすぐ隣の建物に移る。ここは洋菓子工場、入ってすぐの工場の直売所は、毎日午後二時からのアウトレットセールも人気だが、特に毎月2回の特売日には大賑わいになると言う。工場の横に入ると、そこは研究セクション。中では白衣を着た洋菓子の研究員が、ひたすらにオリジナル洋菓子の研究や開発をしている。今日は、ジャージー牛のミルクから作った新しいチーズケーキを考案中らしい。ほとんどが女性だが、ナオリさんは、その中でも貴重な男性を呼び出した。

「白壁大学の倉河キャンパスから手伝いに来てもらっている工学部の研究員でイケハシレイさんです」

「いけ、はしれ…さん?」

「池橋礼と申します。ああ、あなたがあのユニークな工作の作者の方ですね。ほかの紙を継ぎ足したりせず、1個の箱や1枚の紙から、あれだけ実用的で魅力的なものを作れるとは驚きました。ぜひ、力を貸してください」

「どれだけお手伝いできるのか…がんばります」

ツクシは池橋さんと握手を交わした。すると村長が村のごみの出し方のプリントを渡してくれた。

「実はもう半年後には、この村でも脱プラスチックを実施することになったのです。償却や埋め立ては極限まで減らし、それ以外はすべて再利用、リサイクルし、その上で土に返さなければならないのです」

「脱プラスチックですか?」

するとナオリさんと池橋研究員がプリンセットの今使っている箱を持ってきた。そして中身を全部取り出して机の上に並べたのだった。

「これが一番人気のミルクたっぷりプリンの6個セットです」

中にはプラスチックカップ6個とプラスチックのふた6枚、プラスチックスプーン6本が入っていた。

「今はこれだけのプラスチックが入っています。しかし、脱プラスチック化をにらみ、いろいろな植物性プラスチックなども検討した結果、次のようなプリン容器が採用されることになったのがつい2週間前でした」

土に戻る生分解性の植物プラスチックのものも悪くないのだが、洗って繰り返し使うガラスなら実質ごみはゼロなので、こちらに決まったようだった。そして新しいガラス製のプリン容器と生分解性の植物プラスチック製のふた、スプーンなどが横に並べられた。なるほどこっちの方が見た目にも高級感がある。

「このプリン容器は強化ガラスで作られたもので、傷も付きにくく、普通に落としても割れません。こちらのふたやスプーンは生分解性プラスチック製、どちらも植物が主成分なので自然に分解されます」

しかし、実際に容器に入れてみると、いくつか不都合な点が見えてきたというのだ。

「不都合な点ですか?」

「…重さが約1・8倍、そのままでは箱が少したわみ、強度が足りない。それでおしゃれで丈夫な袋に包んで運ぼうかと考えたが…」

ちょうど箱が入る丈夫な袋があったというので取り寄せてみたら、プラスチックの袋で、かえってプラスチックごみが増えてしまった。

「予算もないのでなんとか自力で丈夫でおしゃれなプリンの箱、それも実用的で脱プラスチックのものを作らなければなりません。しかも、たぶん、このプリンの箱ははじめの一歩、我々はこれから村中のありとあらゆるものの脱プラスチック化を進めていかなければならないのです」

担当の池橋さんがツクシをじっと見て言った。

「あなたならもともと、段ボールや厚紙を使って、巨大なオブジェや立体アートを作れる技術やノウハウを持っている。だからこそ、簡単な動物の実用品も高いレベルの作品を作ることができたのだと考えます。改めてお力を貸していただけないでしょうか」

村長が、ナオリさんが、池橋さんがじっとツクシを見つめた。ツクシは難しそうな顔をして、しばらく考えていた。

「やはり…難しいですかね」

村長がそっと聞くと、ツクシは答えた。

「わかっていれば、厚紙とかダンボールとかいろいろ用意してきたんですけど…」

「いや、それは…」

「ダンボール用のカッターとか…、ダンボール用のプリンターとかもあるんですよ…。急に言われても…」

すると、村長がニコニコと笑いだした。

「私はこの村で最初運送業から始めて、コスト軽減のためにダンボールの加工も始めたんです。さあ、こちらへ!」

プリン工房の建物を出てすぐ同じ敷地内に「中運送段ボール工場」があった。でも中に入った途端のツクシの変化はすさまじかった。

「ええ、最新のダンボールプリンターやカッターマシン、自動組み立てのラインまで…。すごい、すごいです。ダンボールマニアの夢ですね」

ツクシの瞳が生き生きと輝きだした。さらに隣の部屋には、何十種類ものダンボールや厚紙、そして様々な工具がそろっていた…。

さっきの移動コンビニ車でも必要な人数分を必要なだけセットで渡していたが、ダンボール箱でも必要な大きさの箱を必要なだけ用意すると言うのが、ごみの減量化の大原則なのだと言う。

「たかが地方の運送業者が始めたことだが、この設備があれば、必要な大きさや形のダンボールを必要な数だけ作れる。集配した荷物を無駄なく運ぶことができるんだ」

そして今はダンボールを中心にいろいろなパッケージまで作れるようになり、さらなる効率化を目指していると言う。

「最初に来っちから見せればよかった。どうかね、これなら仕事ができそうかね」

村長はこれでツクシからよい答えがもらえれば、就職を前向きに進めてもいいと思った。だが、ツクシからは、はっきりした答えはまだ出てこなかった。

「はい、これならなんとかできるかと…、でも、ちょっとこっちのプリンターですけど、デザインしてすぐにプリントできるんですよね」

するとすぐに池橋研究員が駆け付け、機械の説明を始めた。

「なるほど、なるほど、じゃあこっちでデザインしたものがすぐに…」

なんやかんやいいながら、きちんと答える間もなく、ツクシはさっそくパソコンで作業に入ってしまった。

「いや、こりゃ驚いた。好きなことになると爆発的な行動力だな」

村長は喜びながら、ナオリさんと二人を見守っていた。

「じゃあ、この工場の説明は池橋君に任せた。納得のいくまで、機械でも設備でも使っていいから。私達はしばらくプリン工房の方にいるよ。まだお昼までには2時間ほどあるし、一通り終わって納得したら知らせてくれ」

「はい、村長」

ツクシはもうすっかり夢中になって作業に入った。声をかけるのも悪いようだった。

「…どうかな、ナオリ、あの子は使い物になるのかな」

そう、考えてみれば、今日は就職の面接だった。

「駅では困った人を案内したり、途中では谷川さんのおばあちゃんちに手伝いに行ったり、素直で、のんびりしている感じだったんですけど。好きなことをはじめたら凄いことになっちゃって。でもね、お父さん、あの感じ、ちょっとお父さんにも似ているかも」

「そうだな、まだ全く未知数だが、なんかあの、優秀な池橋君が圧倒されてるのは初めて見たよ。ははは、あとは彼女がどう判断するかだな」

村長とナオリさんは隣のプリン工房に場所を移した。村長は新しく漁村と取引をするためにあちこちに連絡を取り始めた。ナオリさんは、今秋のタウン誌の記事の確認を始めた。

このプリン工房や牧場や地域の住民から、いろいろな情報がタウン誌のサイトに寄せられてくる。そのすべてに目を通して編集会議に持っていかなくてはならないのだ。

やがて1時間半ほどして、プリン工房に電話が入った。

「けっこう時間がかかったな。でも、やっと話が終わったようだな」

さっきツクシはなんですぐに答えなかったのか、やる気はありそうだが1時間半もかけて、どんな決断をしたのか。村長はナオリさんと段ボール工場のドアを開けた。するとそこでは、ちょっと蒼ざめた顔をしたツクシが、なぜかハアハアと息を少し荒げて二人を待っていた。

「お待たせしました。遅くなりましたが、なんとか形にしてみました」

その時ツクシの頭の中ではいくつもの場面がフラッシュバツクシていた。

卒業制作が学内新聞の取材を受けてとても誇らしかったことや…。

親戚の子に紙の動物園を作ったら大人気で、せがまれていくつも作品を工夫したり…。

どうにも面接に弱くて、いくつも会社をまわるが内定が取れなかったり…。

忙しくて走り回るうちに親しかった男子と連絡が取れなくなったり…。

家で意味もなくゲームに明けくれたり…。

友達が有名なデザイン事務所に就職が決まったり…。

この村長から突然電話があって、朝早くから田舎に出向いたり…。

でも会ってみたら村長さんもいい人そうだし、ナオリさんも優しそうだし…。

自然は、いと美しく、雄大な牧草地で牛はのんびり草をはんでいるし…。

地域の住民はみんな村長の顔なじみでいい人ばかりだし…。

なんかこんなところに勤められたらいいかなあとふと思ったりしていたっけ…。

でもまさか昼までの2時間ほどの時間で、新しい箱をつくれだなんて、無茶すぎる。

面接とか、そんな不得意なことで落とされるのは仕方ないが、自分の得意なことで落とされるのは、なおショックが大きくなる。

「では、池橋さんに教えていただいて、なんとか完成させた新しいプリンの箱を発表します」

「ええっ!!」

村長もナオリさんも驚いた。

「…ツクシ君、私もナオリも、君がここに勤めることになったら、こんな仕事をしてほしいと頼んだだけで、今すぐプリンの箱を作れだなんて言ってはないんだ」

その時のツクシは村長の顔をみたまま1ミリも動けなくなり、それが何秒か続いた。

「えっ…?!そうだったんですか?私はてっきり…」

どうやらまたやってしまった。面接でいつも緊張して相手の話をきちんと聴けず、早とちりしてしまういつもの悪い癖が出てしまった。

でもそこで池橋研究員から、助け船が出た。

「…ええっとでもツクシさんは、驚異的な頑張りで、デザインソフトを習得し、あっという間に設計図やイラストを描きあげ、ダンボールプリンターに印刷し、さらにそこからダンボールカッターと自分の手で試作品を作り、改良し、お見せできる形に仕上げたんです。ぜひ見てあげてください」

いくら早とちりとは言え、2時間かからずに新しいプリンの箱が作れるものなのだろうか?

「わかった。さっそく見てみよう。プレゼンしてくれ」

もちろん村長もナオリさんも大きくうなずいた。

「えー、まずこれが、ダンボールプリンターで造ったもとの一枚の紙です」

最初にツクシは大きな一枚の紙を取り出した。薄手の光沢のあるダンボールにシンプルなイラストが印刷されている。

「これに織り目を入れて、使わない部分を切り取ったのが、こちらになります。ではこれから箱を組み立ててガラス容器を詰めていきます」

ツクシは普通に箱をぱぱっと組み立てると、大きな内ぶたを内側に折り曲げて、はめ込んだ。内ぶたには6か所の放射状の切りこみがあり、6このプリン容器がカチッとはまる。さらにもう一枚の内ぶたが箱の両側にはめ込まれ、箱がしっかり固定される。そして二枚の外ぶたが折り曲げられ、取っ手になって合体し、織りこんで丈夫な箱が出来上がる。内ぶたと外ぶたの二重の組みこみでほとんどテープ等の補強はいらない箱が組み上がる。

「え、うそ、かーわいい」

ナオリさんが声を上げる。なんと組みこんで初めて立体的な姿がわかるのだが、ダンボールプリンターで印刷された取っ手はよく見るとジャージー牛になっているではないか。

「なるほど、プリンの箱の上でジャージー牛が草を食べている。いいね」

そういいながら、村長が実際に箱を持ってみる。強度はまったく問題ない、また内ぶたでしっかり固定してあるので、プリン容器が中でカチャカチャとぶつかることもなく、じつにしっかりしている。もちろん完全にプラスチックはゼロだ。この短時間にここまで作れるものなのか?

二人が言葉も出ないで見とれていると、ツクシがまた頭を下げた。

「すいません、放し飼いの鶏のイラストが入れられなくて。本当にすいません」

ところがその言葉が終わるや否や、ツクシはひらめいて顔を上げた。

「そうか、ここに鶏のイラストを入れて折り曲げれば、鶏も入れられる。なんで気付かなかったのかしら、ああ、大失敗だわ。どうしよ」

一人で落ち込むツクシ。だが村長とナオリさんは目で合図してツクシに近づいた。

「合格だ。就職決定だ。君さえよければ、明日からでもここで働いておくれ。ツクシ君」

「えええっ、本当ですか?、こんな失敗したのに…ありがとう、ありがとうございます。ここに就職させていただきます」

だが、そこまで言うと、よほど疲れたのか、ツクシは椅子にへたり込んでしまった。

「だ、大丈夫か、ツクシ君」

だが、その時、ツクシのお腹がグーっと鳴った。彼女は極度の緊張と集中で、体内のブドウ糖をほとんど使い切ってしまっていたようだ。

それからツクシはすぐに2階のレストランブロッサムに運ばれ、ステーキノセットを御馳走してもらうこととなる。

「こっちはべつの牧場で育てた赤牛の若牛のステーキよ。100%ここの牧草で育った健康な赤身のステーキで、水分が多いからウェルダンでどうぞ」

「え、なにか言いました?ああ、おいしい、最高です」

特大のステーキはあっという間に無くなり、あとには、ツクシのすてきな笑顔があふれていた。

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