鳥は異世界でどう生き抜く〜雛鳥からの足跡〜

遠久 彼方

1.こんにちは、邪神ちゃん


「はぁ……はぁ……」

 

 全ての物事には必ず意味がある――

 

 誰だそんな事言った奴!出てこいよちょっと一発殴らせろ!最後に言ったやつの姿形は鮮明に覚えているがな!

 

「俺が必死に逃げ回ってるのにも意味あるんだろうなこらぁぁぁぁぁ!!」

 

 ――ガサガサガサッ


「ぴぃっ!?もう追いついてきたの!?」

 

 木々が空を覆い日中だというのに陽の射さない薄暗い森の中、鬱蒼と生い茂る藪をかきわけ逃げ回る。

 ほど近い後ろからは先程からの追手の気配。


 くそっ!くそっ!くそっ!

 何故だ?何故こうなった??おかしいだろうが!

 

「安全って意味を辞書で引いて理解してから転生させろよクソ邪神が!!!」

 

 ――――――――――――――――――――――――――


 時は少し巻き戻る


 まずは名乗っておこう。俺は入間 九郎いるま くろう

 年齢は22、身長は170前半で事務職。

 その日、俺はきっと運が悪かったんだと思う。

 朝は寝坊。信号は尽くが赤。電車は遅延してるし、いつもならしないであろうミスをして上司に怒られた。おかげで遅刻するところだったわ昼飯は食べ損ねるわ、散々だ。

 

 今日はもう余計な事をせずにさっさと帰って本でも読んで寝よう……こんな日はエイムの調子も悪いんだ。俺知ってる。調子悪い時は飯食って寝るに限る。そうだ、そうしよう。

 

「じゃあ、すみません。今日はお先に失礼しまーす」

「おう、入間。とりあえず今日はいいから、明日から気をつけてくれよー」

「はい。すみませんでした!お疲れ様です!」

 

 そう言って支度をし、会社のビルを出て帰ろうとした時

 

「お、お疲れ様です、入間くん。今、帰りですか?」

 

 同期に声をかけられた。彼女は黒谷 糸成くろたに いとな。スレンダーで小柄な体格。長く艶やかな黒髪はひとつに纏められていて、言葉遣いも丁寧で物腰も柔らかい。なんかこう、恋愛に縁のない俺でもパッと見てこの人モテるんだろうなーって分かる。なんで俺と仲良くしてくれるんだこの人。

 

「お疲れ様、黒谷さん。そっちも今帰り?今日はここ最近で一番最悪な日だったよ。」

 

「ふふ、そうだったんですか。私は今日――」

 

 そんな益体のない事を話しながら駅に向かい、改札を潜る。彼女の最寄り駅は俺のひとつ先なので、帰りの時間が被る時はこうして話しながら帰る。

 

 いつもの光景。

 

 やや混んでいる電車に乗り、しばらく揺られて、家に帰って夕飯を食べて寝る。ただそれだけの事。あとそれだけだったんだ。

 

 だがやはり、俺は運が悪かったのだろうな。それも途轍もなく。

 

 いやー、慣性の法則、アレ凄いな!身をもって体感したよ。

 立ってなくてよかった。いや、立ってたら壁や床に叩きつけられて即死だっただろうからそっちの方がいいか?

 

 とにかく、俺は見て、聞いた。


 キィィィィィーーーー!!!ドゥゥン!ギシギシギシ、バキバキ

 激しい音と共に体に来る衝撃。床が、壁が、天井が、目まぐるしく入れ替わりそこかしこに打ち付けられる人。人。人。

 

 悲鳴など上げる暇もなく舞う人とガラス。飴細工かのようにぐにゃりとひしゃげ折れる手すり。一瞬たりとも同じ光景で留まらず、右へ左へと人や物が飛んでいく。はっはっは!ミキサーにかけられた野菜の気分。

 

 ミキサーなんて言ったがこれ、あれだ、万華鏡だな。

 くるくると回る視界に程なくして赤、紅、緋、朱とそこかしこに花が咲き、キラキラと光を反射しながら撒き散らされるガラスが華やかだ。

 壁に叩きつけられ大輪を咲かせる者もいれば、ひしゃげた手すりに貫かれ生け花になる者、花を咲かせる前に割れた窓から車外へ放り出される者もいる。

 

 一つとして同じ花は無く、しかして皆一様に――綺麗だった。


 芸術にはとんと疎いが、普通に生きていたら見られないであろう命の花。つい先程まで血潮を送り出していた心臓は止まり、割れた頭から脳漿をばら撒きながら宙を舞う人だったモノ。

 

 えーっと黒谷さんは――いた。もう咲いた後みたいだ。余り痛くなかったのならいいんだけど。大和美人だけあって流石、彼女が咲いた姿はとても美しい。

 

 そんな事を考えている間に、俺もそろそろ開花の時間かもしれない。

 自分もいつ花を咲かせてもおかしくない状況で何を考えているんだと言われるだろうが、俺もびっくりだ。恐らくハイになってるんだろう。

 

 なんかもう色々悟った。まぁこんな事もあるだろう!

 そう、今日の俺は運が悪かった。それもとてつもなく。だから仕方ない。それだけで不思議と諦めがついた。

 

 いや、待てよ、でも死ぬんならパソコンのHDDは消しときたかったなぁ。あ!積みゲーもあったじゃん。気になって買うだけ買って満足しちゃったんだよなあれ。

 意外とあれもこれもと、小さなやり残しを思い出す。

 実感がやっと湧いてきた。

 できればあんまり痛みとか感じなければいいんだけど。

 抗おうにも、迫り来る金属の塊の前では人間は無力だ。

 呆気なく、俺も例に漏れずに花を咲かせ、死んだ。


 ――はずだったんだがなぁ


 ほんの僅かな時間にも、果てしなく長い時間にも感じる視界の暗転。その後、突如光を感じ開けた目の前には

 

【はぁい!みんなー!こーんにーちはー!はじめましての人ははじめまして!そうじゃない人はいないよね?邪神ちゃんだよ〜♪】

 

【悲しい悲しいで死んじゃった皆を、可哀想だから特別に!今だけ!記憶を持ったまま転生させてあげちゃう〜!!】


 天国だとも地獄だとも信じたくない、眼下に恐らく地球……が浮かんでいる宇宙空間で、玉虫色をしたでっかい傘にこれまたでっかい目玉がいくつも付いてる海月みたいなものが触手をうねうねさせながら話しかけてきた。


 ……SAN値チェック入りますか?

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