第7話 死神ちゃんが出れば大抵勝てる

 あの気持ち悪い何かから少し離れたところでようやく、魔物を見つけて修行を再開していた。


 ゆっくりと霊に尋問したいところだが、あまり他の人にわたしの力は見られてはいけないので、止めている。


 魔法的な力だけなら良いんだけど、死神ちゃんの力を使うのは良くない。


 「うーん。なんでオークに見つかるかな〜」


 臭いだよ、とアドバイスしたいけど上手く言葉が出ないのはわたしの悪いところ。


 それくらいは分かっていると思うが、体臭を消しているだけなので結局意味が無い。


 「ん? あんな魔物、このダンジョンに居たっけ?」


 それは三メートルはあると思われる巨大な赤い皮膚をしたオークであり、大剣を片手で持っている。


 見上げないと顔が見えない。


 首が痛くなる。


 ジャイアントレッドオーク。


 そのまんまだ。


 大きな赤いオークである。


 ちなみにこのレベルのダンジョンでは出現しないので、これもバグの一種だと推測できる。


 「奴らとは関係なさそうかな? 確実なモノが手に入ってるし⋯⋯無視で良いか」


 とりあえず逃げようと思う。


 だけど、黒川さんは良い修行相手が見つかったかのごとく、笑顔でナイフを構えている。


 ぶっちゃけ無謀である。


 「はああああ!」


 修行の成果と言うべきか、オークを楽に倒すために彼女は武器に魔力を纏わせる技術を会得した。


 だけど、さっきまでのオークとは訳が違う。


 『ぐおおおお!』


 大きいから遅い⋯⋯なんてのはこの世に存在しない。


 確かに攻撃は大振りだけど、その分力などがあったりする。


 大きいから一歩が大きい。


 攻撃範囲も広い。


 故に⋯⋯黒川さんは殴らて吹き飛ぶ。


 骨が折れてそうだけど、その程度なら大丈夫だと思うので、逃げる準備をする。


 「強い。なんて、強さだ。勝てない⋯⋯紫菜々伊さん。ごめんなさい。巻き込んで。僕が少しでも時間を稼ぐから、逃げて」


 わたしを見つめながら黒川さんはそう言う。


 確かに、二人で逃げても追いつかれてしまうので、誰かが囮になる必要がある。


 しかし、わたしの体力的に黒川さんにおんぶって欲しい。


 『どうする?』


 「やるだけやってみるよ」


 黒川さんにおんぶしてもらって、ゲートまで走りながら魔法を飛ばす予定だったのに⋯⋯。


 わたしの意図を全く理解してくれない。


 『言葉にしないと伝わらないね〜』


 うっさいわい。


 「黒稲妻」


 黒い雷撃がオークに飛んで行くが、大剣で弾かれた。


 既に黒川さんは眼中に無いのか、わたしを狙って走って来る。


 これは地震⋯⋯地ならしだ。


 逃げるか。


 「紫菜々伊さんに近づくなあああ!」


 左腕が完全に折れているのか、右手でナイフを扱い攻撃する。


 しかし、魔力操作が上手くできておらず火力が上がっていない。


 オークの皮膚は貫けない。


 「違う。魔力が少ない」


 『さっきまでバンバン使って、休憩してなかったしな。限界だろ』


 「紫菜々伊さん! 早く、逃げて!」


 勝てるはずがないのに、わたしを逃がそうとする。


 「ごめん、僕のわがままで巻き込んじゃって」


 別に嫌な訳じゃなかった。


 「僕はこれでも暗殺者だ。死ぬ覚悟はできてる。せめて、『一般人』は逃がすんだ!」


 わたしのことを地黒さんから聞いたのかな?


 まぁ、関係ないと思うけど。


 わざわざわたしなんかのために命を使うなんて、愚かだろ。


 「くっ。あああああ!」


 『グオオオオオ!』


 左足の骨が折れたな。


 それでも黒川さんは立ち上がり、咆哮をあげてオークを睨まむ。


 女性とは思えない程の覚悟だ。差別かな?


 本当は嫌だ。


 死神ちゃんの力を見られるのは色々とやばいし、何より奴らに気づかれる可能性がある。


 儀式の成功例であるわたしが。


 でも、わたしの意地と『死ぬべき』じゃない黒川さんの命。


 天秤にかけるまでもない。


 黒川さん、わたしの友達の方が優先だ。


 「死神ちゃん。チェンジ」


 『キタキタ!』


 わたしと死神ちゃんの位置が入れ替わる。


 まぁ、見た目は同じなので本当に意識が切り替わるだけだけど。


 オークの凶刃が黒川さんに降り注ぐ。


 「守れた⋯⋯かな?」


 死を覚悟した最後のセリフがそれか?


 暗殺者としてそれで良いのかとても疑問に思う。


 これが彼女の性格なのだろう。


 優しい。


 優しさは時に武器となり、時に枷となる。


 まぁ、彼女は強くなると思うよ。


 その種を守るのも、先輩の役目かな。


 「紫菜々伊さん。⋯⋯なんで、逃げてないの? 勝てないよ」


 「相手の攻撃を片手で防いでいる我に対して言う言葉か?」


 死神ちゃんは片手で大剣を掴み、防いでみせた。


 「死神ちゃん、いざ参る」


 そのまま刀身を蹴飛ばして体勢を崩させ、死後選択の大鎌を取り出す。


 死神ちゃん。


 あいつの素材は高く売れるから、絶対に塵にしちゃいけない。


 「へいへい。小娘、下がっておれ。骨もしっかり応急処置しておけよ。ここからは我の番じゃ。子守り役とは似合わんと思うのじゃが」


 『グオオオオオ!』


 うーん。うるさい。


 オークはきっと本能で感じているだろうな。


 死神ちゃんの強さを。


 『グオオオオオ!』


 魔力を大剣に流し込んだのか、刀身が赤く輝き、死神ちゃんに振るわれる。


 「無意味!」


 死神ちゃんはそれを鎌の中心で受け止める。


 「む? もしかしてこれは⋯⋯バグじゃないかもしれんな」


 は?


 「魂の色が濃い。長く生きた証拠じゃ。魔物は大抵、人間に殺されるか縄張り争いで死ぬから長生きしない」


 それは知ってる。


 魔物は魔物同士で協力することもあれば敵対することもある。


 相手の攻撃を防ぎながら死神ちゃんが解説する。


 「長く生きた魂はその輝きが増す。色が濃くなる。今のコイツがそうじゃな。殺されず長く生きて、生きるために魔物にくを喰らう。そして進化したのじゃろう」


 ダンジョンの魔物は生き続けてると強くなり、進化すると。


 確かにありえる話だ。


 魔物の生命力と力の源は魔力、人間も近いけどね。


 魔物は魔物を喰らうとその魔力を取り込める性質も持っている。


 生きるためには何かを食べるしかない。


 魔物の場合は魔物を食べて生き残る。


 「良い。これが正しいなら、敢えて進化個体を作り出して、その魂を喰らう! 濃い魂程、我の力は高まり回復が早まる!」


 そんな外道行為をわたしが許さん。


 絶対に愛着が湧いて、殺せなくなるのがオチだ。


 「し、紫菜々伊さん。そんなに強⋯⋯」


 「死神ちゃんじゃ!」


 やめて、そこは訂正しなくて良いの。


 わたしのミフテリアスで知的なイメージが崩れちゃうでしょ!


 「ただのコミュ障女としか思われてない気がする⋯⋯」


 高速の連撃を弾きながら呟く死神ちゃん。


 そんな訳ないだろ。


 「と、そろそろ終わらせるか。手加減すれば良いのだろ? 死神ちゃんはそれも得意じゃ」


 強く攻撃を弾いて再び体勢を崩し、瞬時に相手の頭上に移動する。


 白い刃の方をオークを向ける。


 本当に変わった形の大鎌であり、良く振るえると感心までする。


 「幻想の輪廻ヘブンズ・サークル


 白い邪気の輪っかがオークの首を包み込む。


 白い邪気と言っているが、普段使っている黒い邪気とは少しだけ性質が違う。


 面倒なので邪気と言っているが、正反対の力なので覚えておくように。


 「裂けろ」


 白い刃を上に上げると、輪っかは縮まり、オークの首を刎ねた。


 どすんと地上に落ちるオークの頭。


 回収する部分は魔石と大きな大剣だろう。


 良い値段になりそうだ。


 「⋯⋯暴れ足りない」


 やめてね?


 入れ替わり戻る。


 「し、紫菜々伊さん強いね。先生の言っていた通りだったよ」


 信用されてなかった。


 「うん。友達、守る、当たり前」


 要件をまとめた言い方⋯⋯完璧だろ。


 「とも⋯⋯だち? ⋯⋯⋯⋯うん。そうだね。今日から友達」


 『ぷぷぷ。今日から、今日からだって! あはははは!』


 死神ちゃんを後で説教しよう。


 大剣と魔石を抜き取り、死体は燃やした。


 進化説が当たっているなら、この死体を放置することはこのダンジョンの強化に繋がる。


 本来のレベルだと思って入った冒険者を駆逐してしまう可能性があるので、ちゃんと処理する。


 誰にも体の部位を奪われて換金されて欲しくないとか、そんな理由では無い。


 それでわたし達が倒した訳じゃないと思われるのが嫌だとか、そんな理由じゃない。


 組織の協力者の受付を通して換金して、十六万の報酬を得た。


 今回は順調だったからね。


 「それじゃ、家に帰ったらじっくり話を聞きますね」

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