回りだした歯車

魔法使いの流儀

 家に着いたときには、もう明け方と言ってもいい時間帯だった。

 博物館で起きたことの疲労に兄妹そろって動けなくなってしまい、朝には学校に欠席の連絡を入れる始末だった。


「ところで、これからどうするの?」


 パジャマ姿でココアを飲んでいる美憂に問われた。


「どうするの、と言われてもな……」

「でも、やっぱり何かあるんだよね」

「騒がれていないところをみるとな……」


 昨夜、博物館であれだけの騒ぎを起こしたというのに、それが全く騒ぎとなっていないのが不思議だった。

 漠然とではあるが、大きな力が働いているということだけは分かる。

 それがなにかは全く分からないが……。


「あの子が起きてくれない事には話は進まないな」

「そだね。そろそろお昼だし、ご飯の用意でも――」


 昼食の用意をしようと美優が立ち上がろうとすると、二階から何かが倒れる大きな音がした。

 脳裏に駆け巡ったのは、昨日の錬金術師たちの姿。


 しかし、耳を澄ませ2階の音を聞くと、立ち上がろうとしては膝をついている音だと気づいた。

 その瞬間、錬金術師の姿は脳裏から消え、代わりにアインの姿が思い浮かんだ。

 それは美優も同じようで、顔を見合わせると飛ぶように階段へ向かい駆け出した。


「おいっ、大じょッ――」


 ドアを開けたまでは良い。

 だが、今の俺は廊下でさかさまになった状態でアインが居る部屋を見ていた。


「お兄ちゃん、大丈夫!?」


 遅れてやってきた美優に支えられながら立ち上がり、部屋の中で生き荒くこちらを睨みつけてくるアインを見た。

 自分が何をされたのか全く分からなかったが、すぐに昨日、アインが錬金術師にした攻撃と同じものだというのが分かった。


「ハァ……ハァ――しぶとい錬金術……し……?」


 息も絶え絶えで、こちらを睨みつけるアインだったが、吹き飛ばした相手である俺の顔を凝視すると、フラフラと頼りない足取りで近づき。


「あっ――あ……良かった……」


 倒れるように、アインは俺に抱きついた。


「えっ、ちょっ、あ、オイ」


 その存在を確かめるようにアインは力一杯、抱きしめてきた。

 しかし、抱きしめられた側の俺は訳が分からず、なんとかアインを放そうとするも、そのか細い腕に似合わず腕力がありどんどんと酸欠になっていく……。



「言っている意味が良く分からないわ」


 目を覚ましたアインは三塚家のリビングにある、一人がけのソファに腕を組みながら座っている。

 眠っていた時よりいくらか血色は良くなっているが、病み上がりの雰囲気は抜けきっていなかった。


「また、エリィの悪戯でしょ? 今度は何をやったの? 何かの魔法式を作るために、こんな物を、また建てたんでしょ?」


 俺とエリィ・アルムクヴィストは全く違う人物であると何度、説明してもアインは全く信じようとせず、すべてが魔法を使う儀式と解釈してしまう。

 これが本当にそう思っているのか、事実を認めたくないと分からないふりをしているのか、俺には検討がつかなかった。


「とにかくアインさん……」

「アインで良いわよ。エリィに『さん』づけで呼ばれると……なんかヤダ」

「悪い。それじゃあアイン。話をよく聞いてくれ。さっきも言った通り、俺たちは君の知っているエリィ・アルムクヴィストやクシュカと言う人物と似ているかもしれないけど、全くの別人なんだ。今は君が生きていた世界とは多次元世界と言って全くの無関係の世界なんだ」


 話を聞いていたアインはうつむき、涙を堪えているのか少し震えていた。


「心配するな……と言っても何が出来る訳じゃないけど、少なくとも住むところは心配しなくてもいいぞ。この家は俺たち兄妹しか居ないし、空き部屋だけはたくさんあるからな。他にも、何て言うか魔法使い――とかな、探すのも手伝うし……」


 居るか居ないかで比べたら、確実に居ないと思われる魔法使い。

しかし、エリィ・アルムクヴィストは「少ないながら」と言っていたような気がした……たぶん。

 だが、期待させておいて、最後に居ませんでした何て洒落にならない。

今言えるのは、これくらいしかないだろう。


「そうよ……」

「へっ?」


 うつむいていたアインからくぐもった声が聞こえた。

 下を向けて話しているので良く聞こえないが、放たれている雰囲気から物騒な事を言っているのは確かだった。


「えーと、亜樹だっけ? うん、そうよ。亜樹の体にエリィの魂をおろせば何とかなる!」

「ならんわあぁぁぁあ!」


 とんでもない提案に、ちゃぶ台返しならぬテーブル返しをしようとしたが、思っていた以上にテーブルが重くて足が微妙に浮く程度だった。


「お兄ちゃん、無理は良くないよ」

「ああ、ちょっと無理だったな」


 美優にたしなめられ、ズレてしまったテーブルと椅子を元の位置に戻して、目の前のアインと向かい合った。


「肉体はいい具合に一致してるし、あとは魂さえあれば何とかなるはずだわ!」


 元気よく話の続きを始めるが、こちらとしてはそんな黒魔術染みた自殺魔法はお断りだ。


「何とかするなよ」

「でも、いい考えだと思わない?」

「もし、それが成功したとして、その後の俺の魂はどうなるんだ?」

「何か別の容器に入れとけば良いじゃない。壊れにくい体として、人形もよく使われてるわよ」


 ふふん、と何でだか得意げに胸をそらした。

見事なふんぞり返りだ。


「魔法使い尺度で物事を考えるな。そんなの、ダメに決まっているだろ」

「いい考えだと思うけどな……」

「だいたい、死んだ奴の魂をどうやって持って来るんだよ」


 宗教染みた話になるが、死んだ人の魂をアインが言うように、簡単にこの世につれてくることができるのだろうか?

 いや、できたとしても絶対にお断りだ。

まだまだ、やりたい事はたくさんあるんだから。


「暗黒儀式で何とかなるわよ」

「何とかなるとか、ならんとか以前の問題だな」


 ため息と一つ。俺は自分の前に置かれた、温くなったココアを一啜りした。

 その、ココアの入ったコップを口につけたままアインを見た。

 違和感と言えば良いのか、アインは未来に飛ばされたことや、この世に魔法使いが居なくなってしまったことを嘆いてはいない。


 それどころか、親代わりでもあるエリィ・アルムクヴィストの魂が消えてしまったことを聞いても、取り乱すことなく落ち着いている。

 俺が言ったことを信じていないだけかもしれないが、アインの身の回りにあるものは生きていた時代にはなかった物ばかりなはずだ。

 信じていない――という理由だけではない気がする。


「なあ、聞いていいか?」

「ん、なに?」


 甘いココアの中に、さらに甘いミルクチョコレートの欠片を入れながらアインが反応した。


「お前、何て言うかさ……悲しかったりしないの?」

「なんで?」

「なんで、って……だってさ、目が覚めたら知らないところだったんだぞ? 知っている人も場所も仲間も居ないなんて……」


 自分が思っている以上に深刻な顔になっていたのか、俺の顔を見てアインは少しだけ笑みを入れた顔をして頭を二、三回軽く振った。


「悲しむ、何て感情は無い。……なんて言ったら嘘になるけど、でも実際は覚悟してたから、それほどショックな事でもないよ」


 言い終わり一瞬の憂いの表情を見せただけで、アインは元の表情に戻っていた。


「覚悟ってどういうことだよ?」

「魔法と言う奇跡は、普通の人には出来ないことよ。完成された体系とは言え、何が起こるか分からない。それに、エリィは魔法使いの中でも最高位の存在であったから、何があっても驚かないし、こうなったのも当然って感じかな」

「そうか……」


 歩いていたら転んでしまった。

 自分にとっては、その程度だと言いたげに笑って見せた。

 覚悟が決まっていたって、そんなはずは無いだろう。


 もし、それが自分自身に降りかかり、目が覚めたら知り合い全てが死んでいたなんて寂しいどころじゃない。

 悲しいとか全て吹っ飛ばして、絶望するだろう。


「それにさ、亜樹はエリィに似てるし、美優だっけ? うん、美優はクシュカに似てるから、実際に何が変わったとか景色くらいしか実感ないしね」

「それなら、いいけど」


 ここまで言われてしまっては、こちらが心配するのは逆に迷惑となってしまう。

それどころか、俺がアインに気を使わせる形になってしまっている。

 初めはエリィ・アルムクヴィストなどと言うはた迷惑な奴と顔が似ていることに不満はあったが、今は少し感謝をしたい。


「じゃあ、話もまとまったところで、お昼にしようか」


 暗い雰囲気を打ち消す明るい声で、美優が昼食へと議題変更をうながす号令をかけた。

 意気揚々とキッチンへ向かう美優を見送り、さて何をしようと思案していると袖をクイクイと引っ張る人が一人。

 居間に残っているのは、二人しか居ないのだが……。


「どうした?」

「ねえ、えっと……美優クシュカ、って料理できるの?」

「出来るけどそれがどうかしたか?」

「ふ、ふぅ~ん。出来るんだ……。それで、美味しいの?」

「ああ、美味しいぞ。この間なんかシチューをホワイトソースから作ってたぞ」

「ホントに!?」


 こりゃ不味いわね、と眉間にしわをよせて難しい顔で思案し始めた。


「遊んでないで、お兄ちゃんも手伝ってよね~」

「すまん、すまん。すぐに手伝うよ」


 新しく増えた家族は何を食うのだろう、と冷蔵庫にある残り物と、それを使用してできる料理を考えつつソファから立ち上がると、来客を知らせるチャイムが鳴った。

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