第2話 ここにきた意味

 幼女の声に押し出されるように走り出した僕だけど、万年帰宅部の僕がウサギよりも早く走るなど、到底無理!

 すぐに息切れをおこし、足がもつれ、地面にダイブした。

 立ち上がれない体で振り返れば、ウサギは容赦なくナイフをかざし、僕へと向かっているではないか!!


 咄嗟に身を屈めて、背中を見せる。

 ナイフを刺すにも背中は筋肉が多く、刺しづらいと本で読んだことがある。

 刺されるなら、背中がマシ!


「ナイス、そこの男!」


 背中が熱くなる。

 だが、それはナイフの怪我ではなかった。

 炎だ。

 抱えた腕の隙間から見えた。


 ぼとりと音がして、体を起こすと、そこには毛皮がちりちりに焼けた野ウサギが転がっている。

 毛の焼けた臭いよりも、肉の焼けた匂いに胃が反応した。

 ぐうと鳴った胃を赤面しながら押さえると、にやにやと幼女が笑う。


「お? ウサギは貴重な肉だからな。腹、鳴っちゃうよな! ……あ、お前、その格好……異世界人じゃねぇか……」


 見た目5歳の金髪碧眼幼女は、炎のまとった剣を鞘にしまいながら、舌打ちしつつ、ぼやくように言った。

 あの剣から炎が伸びて、ウサギを焼いたのは間違いないが、それ以上に──


「異世界人……?」


 僕が言葉を返すと、さらに幼女は驚く仕草をする。


「男、言葉が通じるのか……。珍しいな、異世界人なのに」


 そんな幼女の後ろからもう一人、走ってくる姿が見える。


「ルース、ウサギ、捕まえたー? もう3羽目だからよくなーい?」


 青髪のショートヘアの女の子だ。

 僕の目はそのまま釘付けになった。

 離せなかった。

 大好きな中原中也の詩集にある、『少女と雨』でイメージした女の子、そのものだった。

 菖蒲の花に似合う凛々しげな目、鼻筋の通った横顔、知的な表情……

 どれもイメージどおりで、あの詩から抜け出てきたように感じてしまう。

 少しハスキーな声も、よく似合っていて。

 僕はただ、腰をついたまま、動けないでいた。


「──大丈夫、君?」


 小さな白い手が僕に伸びて、初めて話しかけられたのだと僕は気づく。

 慌てて自力で立ち上がるが、幼女がボソリという。


「エレナ、見てわかんだろ。異世界人だ」

「ルース、いつも言ってるでしょ? 困っている人がいたら助けるの。だって、私は、勇者だからねっ」


 可愛い顔をしているのに簡易だが甲冑をまとっているのはそのせいかと納得するが、どうみても同い年くらいの女の子だ。

 小さく胸を張ってみせたエレナは、僕に、向き直り、大ぶりの動作で話しだす。


「あの、えっと、言葉、わからない、思う。けど、助ける。安心して!」


 感情で行動を伝えようとしている。

 身振り手振りがかわいすぎる……!

 さらに笑顔が優しすぎて、胸がぎゅっとしまる。


「……あ、あ、こ、言葉、僕、わかります……」


 俯いてしぼりだせた声がこれだ。

 エレナは驚きながらも、手を叩いて小さくジャンプした。


「よかった! 異世界人で言葉が通じるなんて初めて。あなた、神の加護があるよ! きっと私の仲間になる人なのね!」

「こんなガリガキに加護なんかあるわけねーだろ」

「わかんないでしょ?」


 2人の軽快なやり取りが始まったが、僕の胃がもう一度、鳴いてしまった。


「しゃーない。飯にすっか」


 ルースはウサギの耳を掴んで、あごをしゃくった。

 向こうに行こうと言っている。

 僕はついていっていいことに安堵しながら、歩き出す。




 見知らぬ景色を眺めながら、一つだけわかったことがある。

 ここが、僕にとって『異世界』だってことだ。

 異世界人と呼ばれたということは、ここは僕の世界ではない世界ということになる。

 僕が異世界人ってことなら、ここは僕にとっては異世界であり、彼女たちは異世界人ってことになるわけだし。


 だけど、ここにくるとき、女神にも神様にも会っていない。

 僕の使命も聞いていないし、よくマンガである、チート能力ってものが、あるのかもわからない。


 でも、僕は、ここに呼ばれた理由があるはずだ。

 だって、ここにくる前に、聞こえた声は本物だと思う。



『──連れていってあげる』



 僕は、きっと、この2人に求められて、ここに来れたんだ。

 僕でも役に立てることがあるんだ……!


 でも、一体、何を求めてるんだろ?




 ──そう思っていた30分前の自分が憎い。

 間違いなく、僕が求められた理由は、『料理スキル』だ。

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