第9話




「あぁ、うん。たいした内容じゃないけど、一年生の振り返りって感じ」


「一年生の。あの、わたしはその内容を知らされていないのですが、大丈夫ですか」


「あー……大丈夫なんじゃない? 日本の現代史についてだけど、勉強が嫌いじゃなければ殆ど暗記するだけだし。なんだったら誰かに教えてもらえば?」


「誰かに。であれば、あなたに教えて貰いたいです。トオルに」


「は? なんで私が」




 なんで私が、そんな手間をお前なんぞにくれてやらなければいけないのかと口をついて出そうになった時、私の名前が教壇の上で呼ばれた。


エリツィナに拒否の意を示す前に、自分のテスト用紙を受け取りに行く。




「氷高は……まぁ悪くはないな。もう少し頑張れると思うから、この調子で励めよ」


「……はーい、頑張りまー」



 心を籠めてない返事を返して、テスト用紙を受け取れば、そこには38点の赤い文字が勢いのある筆致で記されている。50点満点中の38点。


これは平均よりやや上で、教師に目をつけられる事もなければ、周りに持て囃されるようなこともない点数だと思う。当然、狙ってやっている。


 テスト用紙をくるくると筒状に丸めて、そしてのんびりと席に戻ると、エリツィナが私の手元をジッと見ている姿が目に入った。


そういえばこいつには、なんだかよくわかんないけど、勉強を教えてくれと頼まれた気がする。丁度いい、を見せれば、私に教えを乞うことがどれほど意味のない事なのかを理解するだろう。




「点数を教えてもらえるのですね。何点でしたか?」


「あー……ほら」




 ぽん、とテスト用紙をエリツィナの机の上に放ってやると、彼女はそれを受け取って開いてしげしげと眺め始めた。どうだ、渾身の良くはない点数のテスト用紙だよ。こんなもの見せられても反応に困るでしょ。




「38。これは良いのですか? 悪いのですか?」


「良くはないかな。もうちょっと頑張りたかったけどねー」




 そんな出鱈目を言葉にして、『これが私の限界なんです』という姿を装う。本当は満点だって狙えたけど、そうすることのメリットより、そうしないことのメリットの方をわたしは選ぶ。




「だからさ、私が勉強を教えるより、他の人を頼った方が良いんじゃないかなーって、あは、あはは」




 委員長とかどうかな、と可能な限りさりげなく誘導する。委員長があのマイペースさを保っていられるのは、学年でトップクラスに頭がいいからだ。そういう人を頼った方が、エリツィナの為にもなるし、私の為にもなる。


そんな事をさりげなーく、何だったら普段はしない愛想笑いまで使ってやって伝えた。伝えたのだけれど。




「トオルがいいです。トオルに教えて貰いたいです」




 人形の様に整った唇から、とりつく島のない様子の意思表示がされる。本当になんなんだこいつ、嫌がらせのつもりか。

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