第6話




「きりーつ、れー、ちゃくせーき」




 担任のゆかちゃん先生が教壇に立って、それからマイペースな委員長の抑揚のない号令が発せられる。




「おはよーございますっ!」




 生徒から『ゆかちゃん先生』と呼ばれる斉藤優佳里先生は、まだ三十代にもなっていない年若い先生で、他の教師に比べて年齢の近さやその快活な性格が人気を集めている。


溌剌としているけれど、彼女が学生の時分、『教師に縛り付けられるのが嫌だった』と語る思いから、生徒の自主性を尊重しているみたいで、この私立鈴乃宮高等学校の校風と合っているみたいだ。


私としても、ギターケースを持ち込んだりしてもとやかく言われないのはありがたい。これが年配の教師だったりすると、謎のマイルールがあったりして口煩く指導されることもあるようなので、そうなると面倒だ。




「学年が変わって今日で1週間。そろそろみんな新しいクラスに慣れてきたかな。でも、慣れてきたからって油断したらダメですよー?」




 油断どころか、私は毎日正体がバレないかとヒヤヒヤしてるよ。




「まず、悲しいお知らせになるのですが……最近、この学校の校区内に不審者が現れた事を、一昨日のホームルームで伝えたと思います」




 春は変な奴が増えるからなぁ。変態が目の前に現れた時はどうしよう。蹴り潰すくらいは簡単だけど、女子高生基準で考えるなら逃げるか、あるいはその場で怯えてみせるぐらいしたほうが自然かな。




「そして昨日、この学校の3年生の女子生徒が部活帰りの帰宅途中、不審者に襲われました」




 先生が真剣な表情で話を告げると、一気に教室内の温度が下がる。確かに、年端も行かぬ女子がそんな目に遭わされたとあれば、それは悲しい話のかもしれない。恐ろしい話と思えないのは、こればっかりは私のから仕方ないことだと思う。




「幸いにも怪我はなかったそうですが、これはあくまで不幸中の幸いであって、先生としてはみんながそんな目に遭わないことが一番です」


「そんな変態が来たら、俺がとっ捕まえてやるよ!」


「こら、青木くん。そうやって茶化さないで。変な人に出会ったら、まず身の安全を第一に、できれば大声で叫んで、すぐその場から逃げ出すことを優先してください」


「はーい」




 先生の言う事はもっともだ。人は明確な害意を持つ不意の他者に対して、長期に及ぶ訓練もなしに太刀打ちする事は不可能に近い。


何かしらの競技武術を学び始めたばかりの人にありがちな錯覚ではあるが、あれは競技や練習としてその場に臨んでいるから手や足を動かすことが出来るのであって、実戦で同じレベルに体を動かそうと思えば、反射的に動く程に身体に覚えさせる必要がある。


だから、さっき声を上げたお調子者の近藤のように、考えなしに臨めば反撃を受けかねないし、相手が凶器を所有していれば致命的な一撃を招く事になる。




「暫くは先生も付近のパトロールをするし、警察とも連携して動きます。皆さんは学校が終わった後、速やかに帰宅することを心がけてくださいね! ……それから、良いニュースもあります!」




 暗い話題を切り替えるようにして、先生はいかにもな明るい声色を作る。生徒に安全を促すにしても、あまり脅かしすぎるようなのはゆかちゃん先生としては好ましくないんだろう。




「時期としてはかなり珍しいですが、転校生がクラスの一員として加わります! みんな、仲良くしてあげてね」




 転校生。いかにも学生っぽいイベントに、私も少しだけそわっとする。クラス内は私の比ではない程にどよめいており、男女ともに期待感を隠す事なく表情に表している。


一番後ろの席の私でもそれがわかるのは、前の席のみんなが挙って出入り口を注目するあまり一人残らず横顔が目に入るからだ。




「それじゃあ、入ってきてください!」

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