第4話

 街の中心部から少しだけ離れたところにある学校へと続く、この桜並木の道を歩く学生の足取りはふわふわしていて、夢の中にいる様だと思う。


新しいクラスへの期待と不安。勉強は大丈夫かな、友達と一緒になれたかな、イケメンはいるかなとか、そんなところだろう。


 かくいう私も、同じ歩道を行く女子高生なわけだけれど、気分は滅入る一方で、わりと憂鬱だ。


師匠の方針で『若いうちにしか出来ないことがあるんだから』なんて理由で、去年から通わされているだけ。


それだけなのに、使う予定のない勉強に加えて、やれSNSでインフルエンサーがどうの、駅前のカフェの店員がどうの、メディア注目のスイーツがどうのといった話題について行くのは、手慣れた銃の分解、クリーニングをする事よりよっぽど難しい。




「おっはよー!!とっおっ」




 後方、3.5mの地点。底抜けに明るくて、元気いっぱいな声が聞こえてくる。声の主は私の数少ない友人で、この春も同じクラスになった女の子だ。


 さて、どうしよう。振り向いて迎えてあげるべきか、それとも向こうが接触するまで待つべきか。この一年で築き上げたキャラ的には、サラッとクールに待つべきな気がする。けど、振り向かないとこういう時、奴は必ず。




「るーんっ!!」


「ひゃわぁ!!」




 ほらこうやって、私の太腿に手を伸ばしてセクハラをかましてくるんだ。




「ちょ、ひまり! やめてよ、セクハラ!」


「いいじゃん、いいじゃーん。あたしととおるの仲だろぉ?」


「仲が良いとか関係ないから、太もも触んな!」


「いやぁ今日も素晴らしいものをお持ちですなぁ。もちもち、すべすべー」




 ひまりはオヤジ臭いことを言いながら、手で私の太腿を揉みしだいてくる。明るめのブラウンに染めたおさげが、整った容姿とあいまって傍目には美少女なんだけど、動きがキモすぎて残念極まりない。


 気付けば周りの目がこちらに向いていて、私としては心外極まりない状況だ。




「ちょ、こら! 周りの人も見てるから、恥ずいって!」


「えー? それは、誰も見てない場所でなら、好きにして良いってことぉ?」


「そういう意味じゃないから!」


「あ、それともぉ、太もも以外の場所なら、良いってことかなぁ? とおるはこっちも立派だよねぇ?」




 ひまりはわきわきと動かす手を、太ももからお腹へ、お腹からその上へと滑らせてくる。


いざ本命の胸へ魔の手が伸びようとしたところで、私は大袈裟に振りかぶった右手を、重力に任せて彼女の頭へぶつけてやる。チョップ一閃、いつもの流れだ。




「あいたっ」


「やめろっ! このセクハラ悪魔!」


「ちょっとくらい、いいじゃあん。減るもんじゃないっしょ?」 


「あんたの好きにさせてたら、なんか減りそうな気がするっ」


「そうかなー、にししっ」




 チョップを受けたひまりが私の左手側に回って、そうして腕を組んで歩き出す。これがいつもの朝のやりとり。今日に限っては周りの生徒も多かったから、注目を集めてしまったのが若干悔やまれる。


 この子、ひまりとはこの学校に入学した時からの友達で、2人とも同じ洋楽のロックバンドが好きって事で意気投合した。


彼女はおしゃべり好きではあるものの、流行を追い求める事よりも自分の好きなものを追求するタチな上、私の返事が適当でも一方的に喋り続けてくれるから気が楽だ。


 加えて、外見的な評価を第三者視点で見た際に、私より遥かに愛嬌のあるひまりが隣に居てくれるのは都合が良い。


可愛い女の子の友達なんて注目を集めるじゃないかと思ったけど、多くの人間はその可愛い女の子にしか目が行かず、私の事は『可愛いひまりの友達A』という認識にしかならないはずだ。


 左腕にひまりの重みを感じつつ歩き、生活指導の教員が立つ校門を抜けて生徒玄関へ。ローファーから上履へ履き替えて、3階の教室へと歩く。


廊下ではLHRの前にと話に花を開かせる生徒諸君がそこら中で屯していて、その歩きにくさときたらちょっとしたダンジョンみたいだ。


 この間、ひまりは靴の履き替えの時以外私の腕を離さなかったし、マシンガントークも止むことはなかった。

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