第3話

 海斗たち四人が謎と恐怖に晒されている間、再び硬質な音が響いた。

 がぁん、とコンテナが蹴りつけられ、後部ハッチが石畳に落下する。そこから出てきたのは、四人の男性だった。操縦士を射殺した二人と合わせて、計六人。

 自動小銃で武装し、ヘルメットを装着して防弾ベストを着込んでいる。

 正規の自衛隊員のようには見えない。いわゆる汚れ仕事担当といったところか。


 調査機材を運んでいると思わせて、本当は戦闘員を同伴させていたのだ。

 しかし、何故? 操縦士は二人共殺害されてしまった。潜水艇なしで、戦闘員たちは海上に帰還できるのか?

 いやいや。それより喫緊の課題は、戦闘員たちの目的を見定めることだ。自分たちのことも殺害するつもりなのだろうか。


 そう思った矢先、張りのある男性の声が響き渡った。


「露払いは済んだな。さて、ここには四人の高校生がいるはずだ。和泉海斗、大原泰一、紺野舞香、北村華凛。今名前を読み上げられた諸君の安全は、我々が保証する。様々な国の特殊部隊上がりで、並の傭兵よりも屈強な連中だ。このダンジョンに何が潜んでいるか、それはさっぱり分からん。だが、君らの心配には及ばない」


 自動小銃で武装した人間の台詞とは信じがたい。

 しかし、高校生四人組の中で、すぐに恐怖の鎖を断ち切った人物がいる。海斗だ。


 もし自分たちを殺すつもりなら、とっくにやっているはず。自分たちを生かしておくということは、何らかの利用価値があると思われているに違いない。

 そんな持論を携え、海斗はゆっくりと立ち上がった。両腕を上げて、じっと首領格の戦闘員の顔を見つめる。


「おっ、おい、海斗! 何やってんだ!?」


 泰一が海斗のシャツを引っ張るが、海斗は全く気にかけない。

 女子二人による短い悲鳴もだ。


 かちり、と音を立てて、自動小銃の銃口が一斉に海斗に集中する。


「僕たちはあなた方に協力します。命懸けですから、妥協するつもりはありません。ただし、あなた方の目的が達せられたら、速やかに僕たち四人を解放していただきたい。約束です」

「うむ。最初からそのつもりだ。安心したまえ」


 そう言って、首領は残る三人に起立を促した。


「君たちにはしばし同伴を頼む。その間の危険は我々が排除する。だが、そのためには強力な武器が必要だ」


 なるほど、そのためにこんな厳つい自動小銃を装備してきたのか。

 と、思ったものの。


「これから武器を入手すべく移動する。総員、縦列隊形で左壁面に貼りつくように。人質にも目を配れ」


 了解、という声が静かに響き渡る。

 ひとまず、先ほど感じた不気味な存在からは離れるように動いているので、海斗はそっと胸を撫でおろした。


 首領が部下のうち一人を呼びつけた。目の前には、特に何の変哲もない壁がある。

 その部下は、周囲より僅かに色の濃い石材に掌を押し当て、ゆっくりと力を込めた。すると石材同士が回転し、向こう側に別の空間が現れた。


「もうじきだぞ、高校生諸君」


 油断なく四方を見渡しながら、首領は言った。

 そう言い終えるや否や、唐突に発せられた金色の輝きに全員が目を覆った。


 先ほどと同じ部下が駆け寄る。何らかのスイッチでも押したのだろうか、それからやや光が弱まったお陰で、皆には前方の光景が見えてきた。

 この光の源には、一体何があるのだろうか? その答えは、すぐさま目に入った。


「剣、なのか? こっちは大槌、あれは――」

「弓矢、じゃない? 矢じりが付いてるし、ハープみたいな形をしてる」


 剣と大槌は海斗が、弓矢は舞香が正解していた。


「さ、君たちもよく見てくれ」


 四人の傭兵たちがわきに避けて、泰一と華凛にも武器を観察するよう促す。

 ゆっくりと、海斗が摺り足で前に出る。それに続く泰一、舞香、それに華凛。


 一歩一歩を踏み出すごとに、全員が肝を冷やされるような感覚に陥った。武器に対する恐怖心からだ。

 だが、このまま何もせずにいたら、それこそ自分が射殺されてしまうかもしれない。さっきの操縦士二人が殺害された時の銃声と悲鳴、肉塊が床に倒れ込む光景が、四人の耳目に貼りついている。


 いいや、これではいけない。いくら怖くても進まなければ。

 いつかはここにいる四人の傭兵たちも、気が変わって自分たちを解放してくれるかもしれない。


 そんなことを考えていたので、海斗は長剣を引き抜いた際に思いっきり尻餅をついてしまった。


「あいてっ!」

「安心しろ、海斗くん。我々は君たちを取って食おうってわけじゃないんだ」


 何と返事をしたらよいのか、海斗はしばし混乱した。が、すぐに長剣を握ったまま、はい、と静かに返答していた。


 武器は三つが連続して、一つの、金色の台座の上に沈み込んでいた。台座と一体化してしまっているように見えたのだが、それは外見だけだったらしい。

 海斗の隣では泰一が槌、いわばハンマーを、さらにその隣では舞香が弓矢を取り出していた。

 華凛は何も手にしていなかったが、温かい感触が自分の両の掌から腕を介し、全身に広がっていくような感覚を得ていた。


「おおっ!」


 と言って目を見開いたのは、誰あろう武装集団の首領だった。


「少し貸してみてくれ」


 あまりの神々しさに脱力していた海斗は、言われるがままにそれを首領に手渡した。が、しかし。


「ん……。確かに長剣ではあるが、随分重いな……」


 重い? これが? まるで玩具のような扱いやすさだったが。


「おっと!」


 また誰かの声がする。その傭兵は、大槌を握りながら僅かに姿勢を崩した。


「そ、そんなに重いっすか……?」


 何も言わずに、大槌を泰一に突き返す傭兵。舞香の弓矢に関しても同様のリアクションだ。

 どうやら自分たちは、他人よりもこれらの武器の取り扱いに長けているようだが、何故だ?


「あれ? そう言えばわたくしの武器がありませんわね」


 恐怖感を含めた混乱の中で、明瞭に聞こえたのは華凛の声だ。これまた随分と落ち着いているというか、余裕があるというか……。


「それはきっと、君の身体に何らかのエネルギーが宿ったところなのだろう」

「エネルギー?」

「隊長、これ以上は機密保持に支障が出ます」

「分かっている。お話はここまでだ、お嬢さん。ようしお前ら! 自分の得物を手に取って、地下階層を目指すぞ!」


 おう、という威勢のいい声がする。

 海斗の脳内では、疑問が湧き出してくるところだった。何故こんな軽い武器を、戦闘員たちが扱いかねているのかが謎だった。

 また、この構造物を『ダンジョン』と呼んだことも。彼らは、自分たち以上にこの構造物について詳しいのではないか。

 っていやいや、それよりも。


「ちょ、ちょっと待ってください! このフロアには、何かがいます! 今もきっと、僕たちに狙いを定めているところなんだ! 早く逃げるか、戦闘体勢を――」


 首領がやや呆れた顔で海斗を見下ろした、その直後。

 ヒュバッ、と空を斬る音と共に、その頭部がなくなった。

 また同様の擦過音がして、今度は隣にいた戦闘員の腹部が呆気なく貫通された。


「うわっ! な、何だ何だ!?」


 眼前を、鮮血が滝のように流れていく。それはびちゃびちゃと地面で跳ね回り、海斗たちのスニーカーを濡らした。


「お、おい! 隊長と副長が!」

「この期に及んで引き返せるか! おいガキ共、その場でしゃがんでろ!」


 傭兵たちの慌てっぷりは滑稽なものだったかもしれない。

 だが、それは自分たちだってそうだ。

 そうこうするうちに、二人分の死体は大きな柱の陰へと引き摺り込まれた。


「よくも、よくもっ!」


 再び彼らの持つ自動小銃が唸りを上げた。今回は明瞭に、バタタタタタタタッ、というフルオート射撃の音が響く。チリチリと床が鳴るのは、自動小銃から落ちた薬莢が床面に反響する音だ。


 謎のうねる触手は、やや怯んだ様子。慌てて柱の陰に引っ張り込まれる。

 ふっと息をつき、戦闘員は弾倉を取り換えようとした。冷静であれば、こんな初歩的なミス――二人揃って弾倉を交換する――をしなかっただろう。


 だが事実、それは起こってしまった。粘膜を連想させるような、ぬちゃり、ぬちゃりという音がする。


「こ、こいつは……!」


 その場で生き残っていた六人は、唖然としてその正体を目の当たりにした。

 そこにいたのは、巨大なタコだったのだ。体高約二・五メートル、触手一本の長さは十メートルはあるだろうか。

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