第4話 指揮試験

 そいつらは、俺の村の近くの森に潜伏していた。


 人のようで人ではない奴らだった。肌はゴムのよう。鼻は犬のよう。連中は飢えた様子で、グルグルと唸っている。犬人間だ。


 時間も夕暮れをすぎて夜になっている。暗い。だからこちらも気づかれていないというところだろう。


「ザコ敵代表がぞろぞろといる……」


「奴らを蹂躙するのが、今回の君の役目さ。君にはこの二頭を貸し与えるよ」


 俺が振り返ると、ドラゴンもどきと、羽を生やして宙を浮く竜がそこに居た。西洋式のトカゲっぽい方と、東洋式の蛇っぽい方という感じ。


 ただし、手乗りサイズの。


「こんなに小さいことある?」


 竜って表現したけど完全に蛇じゃん。トカゲと蛇じゃん。ペットじゃん。


「成体は前任者の指揮の下手さに怒ってしまって、呼びかけに応じてくれなくてね。恨むなら前任者を恨んでくれたまえよ」


 クロは意地悪な笑みを浮かべて、上目遣いで俺を見上げてくる。クソゥ、何だその可愛い顔は。完全に俺を馬鹿にした笑みなのに、可愛すぎて思わず許してしまったじゃないか。


 ということで、手乗りサイズのダブルドラゴンである。そういやチュートリアルで貸し出されるのこんなだったなと思う。いや、サイズはもっとデカかったけど


「……ドラゴン、じゃない。ドラゴンより顔がちょっと馬っぽい」


「鳥だよ」


「鳥かぁ……。翼生えてるもんな。隣の竜も鳥? 羽生えてるし」


「そっちは恐怖」


「あぁ……蛇って怖いもんな、うん……」


 よく分からない、とても雑な会話を交わしつつ、俺はチビドラもどきと羽蛇を貸してもらう。「よろしく」と手を伸ばすと、唸られた。こわい。


「人間よりも上等な生物だから、あまり親しげにしないように」


 基本怪物って人間より上判定の世界なんだよな『ケイオスシーカー!』。人間は基本被害者だ。黒幕みたいな奴以外は。


 余談だが、いかにも火を吹きそうなこいつらは火を吹かない。なので森でも安心だ。吹けよ火。


「グルルルルル」


「ごめんて」


 舐めてると見破られるな。赤ちゃん怪物のくせに頭がいいじゃないか。まじめにやろ。


 俺がゲーム画面を展開すると、すでに戦闘準備画面に入っていた。なんてユーザビリティが高いんだクロの魔術。魔術っていうか完全にアプリだが。


「君のタイミングで挑むと良い。君にも覚悟を決める時間は必要だろうからね。それとも、実際に目の当たりにする怪物に恐れをなしてしまったかな?」


「あー、じゃあ一応、質問。口頭での指示って必要?」


 煽りに反応しない俺に、クロは不満げだ。可愛い。


「……指揮はすべて魔術から行えるはずだけれど、したければするといい。怪物たちもやりやすいと思うよ」


「ならそうするか。じゃあ戦闘開始」


「マスター、君、覚悟決まり過ぎじゃない?」


 今更戦闘一つでビビるか。リリース直後からの最古参だぞ俺は。


 俺は軽やかに『戦闘開始』と書かれたボタンをタップする。するとゲーム画面の方で味方のデフォルメダブルドラゴンが吠え、現実でも吠えてザコ敵たちに襲い掛かって行った。


 ……デフォルメドラゴンと、現実の手乗りドラゴンズ、外見の違いほとんどねぇ~……。


「お手並み拝見だね、マスター。単なる農家だった君に、どこまでできるかな?」


 ニヤァと嫌らしい笑みを浮かべて、クロが俺を見つめてくる。俺は肩を竦めて「農家擦ってくるじゃん」と返した。


 さて、そんなことを言い合っている中でも、手乗りドラゴンズは意気揚々と犬人間に向かって行く。


 ドラゴンズは種族的にまぁまぁ強いから、チビドラでも一対一なら勝てると思う。が、多対一は務まらないだろう。囲んで叩かれたら負ける。


 で、敵はザックリ20いるわけだ。正直チュートリアルの戦闘難易度ではない。ゲームのチュートリアルなら、最悪オートボタンさえ押せれば勝てる難易度だったというのに。


「新規に優しくないなぁ」


 ま、俺が苦戦する難易度ではないのだが。


 要するに、ゲームジャンルを別に考えればいい。ステルスゲー(敵に見つからずにコッソリ処していくタイプのゲーム)なら、自分一人に敵20なんてザラだ。


 幸い手乗りサイズということは、ステルス性に長けているということになる。ならば、うん。


「拡張指揮は要らないな」


 俺はゲーム画面に視線を移す。特に、右下に表示されるキャラアイコンに目をやる。


 基本的に『ケイオスシーカー!』というゲームは、ここに浮かんでくるキャラの特殊スキルをいつどこに発動するか、というゲームだ。お手軽操作という奴である。


 爆発させる能力があるキャラの特殊スキルなら、どこにその爆弾を投下するか、というのを選ぶことが出来る。そのためには戦闘中にたまるコストを消費する必要がある。


 つまり、強い技は連続して出せない、ということだ。だからキャラ育成&編成が一番重要で、戦闘はお手軽に、というゲーム性だった。


 もちろん、エンドコンテンツの『拡張指揮』を除けばだが。


 俺はスキルを長押しして、スキル詳細を確認する。ドラゴンもどきの方は騒ぎ立てるヘイトスキル。羽蛇は人一人を締め上げるスキル、という感じだ。


 クロは俺に語り掛けてくる。


「さぁて、手に乗るようなペットサイズの怪物二匹で、人間大の怪物二十体。普通にしていれば、一瞬でやられるのは君の方だ」


 クロはニィイと口端を吊り上げて、俺を見つめた。


「マスター。君はこれをどう切り抜ける? それとも農家の君には、教授は荷が重かった?」


「農家イジリやめろ。もう一人やったぞ?」


「えっ?」


 ゲーム画面では、一人離れていた犬人間を、羽蛇が首に巻き付いて締め落している。羽蛇は小さいから、この時点でもまだ気づかれていない。


「……こ、子供というか、本当に赤ちゃんサイズの怪物なんだけど、さっきの子たち」


「十分強いよ。俺よりよほど強い」


 羽蛇はコストが非常に軽いので、バンバン処理していける。もう五人落した。が、犬人間が気付き始めている。


「あ! 見てごらんよ。君が調子に乗って連続して落としていくから、気付かれたよ!」


「うん。で、挑発をポンと打ってやる感じだな」


「あっ、歯牙にもかけてない……」


 小さなドラゴンもどきが、犬人間たちの目の前に躍り出てわちゃわちゃと暴れた。犬人間は敵か味方か分からない動きに困惑して、立ち止まる。その隙に羽蛇は、さらに五人落とす。


 ゲームには登場しない怪物だったから少し使い勝手が分からないだけで、十分対応できる状況だ。クロはポカンとしているが。


 ドラゴンもどきが攻撃してガチのヘイトを買わないように、遠くでスキルを打たせて下がらせる。犬人間は状況をちゃんと理解せず、静かな異変の予感の中に沈んで行く。


「……や、やるじゃないか。どうやら教授として必要な指揮能力は、最低限備わっているらしい」


 分かりやすく強がりを言うクロに俺は内心可愛いなぁとホクホクしつつ「いいや、まだ終わらないと思うぞ」と肩を竦める。


「え? ここから荒れる要素があるとでも?」


「クロ、一応確認なんだけど、前任者が何で倒れたのか、っていうのは把握してるか?」


「……生憎と、前任者は指輪を付けずに指揮をしたものでね。そりの合わないマスターだったんだ。だからボクは不貞腐れて眠っていて、見てないよ」


「ハハッ、なるほどな。じゃあ、そういうことだ」


「どういうことだい?」


 首を傾げるクロに、俺はアゴで示した。


「見ろよ。真打登場だ」


 森の奥から、巨大な影が迫ってくる。それはドシンドシンと足音を立てて俺たちに近づき、ついには木々をへし折って現れた。


「グルルルルルォォオオオオオオ!」


 ―――5、6メートルはありそうな、小さなビルのような高さの、毛むくじゃらの体。そこに生える四本の腕。顔の中心に走る縦の口。不気味な巨人のお出ましだ。


 犬人間と敵対関係にあるザコ敵だった。だが、実力はザコなんてものではない。リリース初期に、あまりに低い突破率でプレイヤーたちを苦しめた悪名高き強モブだ。あだ名はキショ巨人。


 この世界は『ケイオスシーカー!』というゲームと同じ世界だが、ゲームの世界ではない。それは長年生きた俺だから断言できることだ。


 だから、前任のチュートリアル失敗には、何かあるだろうとは思っていたのだ。


「チュートリアル失敗なんて普通しないもんな。ふたを開ければこの通り、イレギュラーが起こってたわけだ」


「な……ぁ……!?」


「にしても、キショ巨人かぁ。この手持ちだと、んー」


 俺が思案していると、目を剥いたクロが俺の手を掴んで言った。


「マスター、逃げるよ。勝てる相手じゃない。今すぐ鍵を使うんだ」


「え? 試験はもういいのか?」


「ボクは多少悪戯心を込めた意地悪や試しをすることもあるけれど、マスターに死にかねないようなことは求めない。死んでは元も子もないからね」


 すでに一人死んでいるとなると、説得力が違う。


 しかし俺は「えー、大丈夫じゃね?」と逃亡を渋る。


「え? は? い、いや、合格だともう言っているじゃないか。良いから逃げるんだよ」


「せっかくだし全員倒して気持ちよく帰ろう。何故ならそれが気持ちいいから」


「意味もなくトートロジーを使うんじゃない。君は状況が分からないのかい?」


「分かってるよ。試算したけど、問題ない。難しいのは確かだけど、勝てる相手だ」


「いやいやいや! バカなことはやめるんだ! さぁ、早く帰」


「さぁやるぞぉ!」


「話を聞きたまえよ! マスター!」


 俺はクロを黙殺して、ダブル手乗りドラゴンズを指揮する。


 ダブル手乗りドラゴンズは正直どんな怪物少女よりも弱い。チュートリアル専用機という感じだ。ただまぁ、使い心地は悪くない。スキルのコストも低いし、使いやすい。


 それに、敵対関係にある犬人間を全滅させていなかったのが、今回はちょうど良かった。犬人間は残り十体。


 俺はスキルを発動させながら、にんまり笑う。


「じゃ、しばらく犬人間くんたちには味方になってもらおう」


 俺は今まで秘密裏に行っていた羽蛇のステルスキルを、あえて他の犬人間たちの目に入るように行う。


「っ―――――?」


 それに強く反応するのは犬人間たちだ。元々キショ巨人の派手な登場に色めきだっていた彼らだが、ここまでで仲間が減っていた原因が判明したらそりゃあ怒る。


 俺はさらに指示を出して、そのままキショ巨人の方に羽蛇を移動させる。そして巨人の足元に隠れるようにすれば、あら不思議、羽蛇とキショ巨人が仲間に見えるではありませんか。


「――――――ッ!」


 何がしかを叫んで、犬人間たちがキショ巨人に突撃していく。


「よし、第一弾はこれで良いな」


「……っ」


 クロが目を丸くして戦況を見守っている。勢いのままに俺たちに向かってきそうだったキショ巨人が、俺たちの敵だった犬人間たちに阻まれて動けないのだから面白い。


 だがこのままだと、やはりザコに違いない犬人間たちでは、キショ巨人には敵わない。ので、介護してやる必要がある。


「そら、騒げ騒げ」


 犬人間たちを効果範囲から外し、キショ巨人のみを対象にするような距離感で、俺はドラゴンもどきのヘイトスキルを発動した。


 するとキショ巨人は犬人間たちから攻撃されながらも、どうしてもドラゴンもどきに視線が行く。その分の攻撃が犬人間に当たらず、じわじわと削られていく。


「さらに追加攻撃だ羽蛇~」


 俺はキショ巨人が犬人間に攻撃するタイミングを見計らって、羽蛇のスキルでキショ巨人の足を絡ませる。するとキショ巨人が倒れ、さらに犬人間にボコられる。


 だがそれでも、キショ巨人は強モブだ。犬人間たちは一撃食らうたびに沈んで行く。だが果敢に挑むから、キショ巨人も着実に追い込まれていく。


 相打ちの時は近い。


「……せ、戦況が、完全にマスターの手の平の上じゃないか……」


「ハハハッ、こんなの序の口だって。っと、そろそろ終わりそうだ」


 倒れ、悶え、惑わされ、犬人間たちにボコボコにされていたキショ巨人は、やっと最後の犬人間を打倒した。巨大な腕を支離滅裂に振るって、犬人間は木に強く打ち付けられる。


 その姿は血だらけだ。ゲームでは見られなかった生々しさ。奴はよろよろと立ち上がり、口を閉じる余力も失ったようなだらしない顔で、俺たちの方に近づいてくる。


 その目は血走っていて、俺がすべての元凶であることに気付いているのか、あるいは俺を食べたくて仕方がないのか、殺意に満ちているようだった。


「マスター! やっぱり駄目じゃないか! さぁ早く帰るよ! 今ならまだ間に合」


「そうだな、今ならまだ間に合う」


 俺は言いながら、スキルを発動した。


「―――今なら、あいつが俺を殺すより、俺があいつを殺す方が速い」


 キショ巨人の巨体をこっそりと登っていた羽蛇が、キショ巨人の縦に走る口に飛び込む。


 羽蛇は使った感触、かなり頭がよく、機転の利く怪物だ。だからスキルを発動するだけで、最適な形で敵にダメージを与えてくれる。


 今回もそうで、キショ巨人の口に飛び込んだ羽蛇は、具体的には分からないが、スキル通りを締め上げたらしかった。


 キショ巨人が苦しみだす。泡を吹き、喉を押さえて暴れ出す。ドタンバタンともんどりうつ。


 そうして、数秒。口の中から這い出てきた羽蛇を見て、俺はクロに肩を竦めた。


「ほら、敵を全滅させると、キレイで気持ちがいいだろ?」


 人間よりも強い犬人間二十体強、小さなビルほどもあるキショ巨人一体。それを手乗りドラゴンズだけで討伐したのだから、初戦としてはまぁまぁというものだろう。


 俺は手で、クロに戦果を指し示す。


「これで、一掃完了だ。改めて、クロの評価のほどはどうかな?」


 死屍累々。そうとしか表現できない状況だった。クロは唾をのみ下し、冷や汗を垂らして惨状を見つめている。


 それからクロは驚き過ぎてズレたベレー帽を定位置に直し、目を閉じた。


「……言葉もないよ。ここまで完璧な指揮を、初戦で成し遂げるなんて」


 手乗りドラゴンズが機嫌よく戻ってくる。かと思うと、俺が気に入ったかのように、舌で舐めたり体をこすりつけたりしてくる。思ったより人懐こいなこいつら。可愛いじゃん。


「まさか、言うことを聞かせるのすら難しい彼らを、初めてでここまで自在に操るとはね……。本来は、人間なんかの命令なんて決して聞かない、上級の奉仕種族だというのに」


「素直だったよな、お前ら。なー?」


 俺が語りかけると、チビドラ二匹は上機嫌に鳴いた。それにクロは、ただただため息を吐くしかない。


「侮って悪かったよ。ボクに言えるのはそれだけさ」


「農家じゃ無理だって?」


「悪かったと言ってるじゃないか。人間ごときがからかってくれちゃって」


「ハハハッ! っと。何だお前ら、俺の事大好きじゃん」


 手乗りドラゴンズが俺の体に上ってきてじゃれてくる。一回の指揮ですっかり気に入られてしまったらしい。


「……もしかしてボク、規格外の人材を勧誘してしまったのかな……」


 クロがそんな俺を、呆気にとられた様子で見つめている。俺は推しからの評価アップに、内心飛び上がって喜びたいくらいだ。


 そう思っていると「となると、そうだね」とクロが俺を見る。


「マスターが十分な実力を見せてくれた以上、ボクから特別何か指示するする必要はなさそうだ」


「最強無敵の魔導教授だぞ」


「実力を見る限り否定材料がないのが苦しいところだね。……仕方ない。ひとまず君に行動は一任するしかないか」


 クロは咳払いをし、姿勢を改めた。森の中。クロの頭上の木の上に、満月が昇っている。


「では、マスター。君に問おう。君はこれから、何をしたい?」


 クロが尋ねてくる。俺は元気いっぱいに答えた。


「やっぱガチャでしょ!!!」


「ガチャって何さ」


 クロが無の表情で俺を見つめていた。

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