第5話 えいぎょう開始(1)
クイナシティ──俺の生まれ育った地に一番近い国内最大の街で、中央に人間の王城があり、それを取り囲むように石造りの住宅や商店が立ち並ぶ。
街をグルリと囲む円形の岩壁は、人間なら一周するのに二、三時間はかかるほど大きく、街の中に商業区や歓楽街など、街の中ですべてのことが行えるほど巨大な場所だ。
その勢いは他国にも名を馳せていると言われるほどで、入り口を入った瞬間から多くの人が行き交い、露店からは客を呼び込む声がそこかしこと響いていた。
「で、どこで営業するんだ?」
特にネタの打ち合わせもなく何かを探して歩き回るレナに、俺は頭に後手を組みながら付いていく。
どうやらレナたちはこの街を訪れたことがあるらしいが、似たような建物が並ぶ巨大な街は何度来ても迷ってしまうと愚痴をこぼしていた。
「確かここらへんにあったはずなのよね」
キョロキョロと周囲を見回し、立ち止まった後ろ姿は服装のせいか人間達からも注目を集めていた。
「レナ、美味しいクッキーをくれるお店ならあそこだよ?」
「あー、あれね」
「建物じゃなくてクッキーで覚えてるのかよ」
以前訪れたことがあるのか、パルフィが赤褐色の建物を指差すとレナは喜々として〝ハーナの店〟と書かれているそこへ向かった。
「お邪魔するわね」
まるで通い慣れた店のように、扉をバンッと開けて入っていくレナ。
その後ろに付いて入店すると、中はこじんまりとした質素な木造りで、正面にカウンターと木壁に文字が書かれた紙がいくつも貼ってあった。
「ここで営業する仕事を斡旋して貰うのか?」
俺が店内を物珍しそうに見つめながら共に進むと、レナはカウンターにドカッと肘を置く。
そして目の前で何かを書いていた白髪のおばあさんに声をかけた。
「ハーナおばちゃん、やっほー」
「あらレナちゃん。いらっしゃい」
白髪のおばあさん──ハーナが微笑みを浮かべながら迎え入れる。
物腰柔らかそうハーナはすかさずクッキーを差し出すと、おねだりするように待機していたパルフィはサクサクと良い音を立てながら頬張り始めた。
「なにか面白そうな仕事ある?」
周囲にある紙をぐるりと眺めつつレナが問いかける。
するとハーナはごそごそと手元の紙を漁ると、その中の一枚を差し出してきた。
「レナちゃん好みのものと言ったらコレかね」
「火山での現地調査?」
横から覗き込んでいた俺が訝しげに文章を読み上げる。
その様子を微笑ましそうに見つめ、ハーナは内容を話し始めた。
「ここから徒歩で三日ほどの場所にある火山の活動が最近活発になってきたみたいなのよ。その原因を調査して、可能なら噴火を止めるのがお仕事ね」
「へー面白そうじゃない」
ハーナの説明を聞いて、レナは興味深そうに口の端を上げる。
「ん?
意味不明な二人のやりとりに、俺は訝しげに問いかける。
「もちろん〝
〝何かおかしい〟と告げる俺に、レナは〝おかしくないけど?〟と返す。
「ちょっと待て。俺は人間達の前でネタを披露して、笑いを取るためにトリオ組んだんだぞ」
「なに言ってるの? この仕事を解決すれば人間達を笑顔にできるんだから一緒じゃない?」
「全然ちげぇよ! 笑いを取ってこそ
噛み合っていなかった互いの思惑がぶつかり、俺は声を荒らげる。
人からの笑顔──言うなれば正の感情を得ることで
しかし人を笑わせてこそ
「ゼノって、もしかしてずっとステージでの笑いだけ狙って
「そりゃ
レナの問いかけに俺は自分が黒歴史しかないことに気づいてしまい、肩を大きく落とす。
ソロでも天下を取るつもりで出立したものの、まともに練習すらできていないド素人の自分に愕然としてしまった。
「どちらも笑顔を貰えるんだから。神としての
お笑い営業と神としての
どちらも〝えいぎょう〟と呼ばれるせいでお笑い営業だと完全に思い込んでいた。
別の言い方をすれば良いのに、
「でも、
しかし俺には
なぜ
「あー、やっぱりね」
俺の一言を聞いて、すべてを理解したようにレナは納得顔をすると、
「ゼノって人間達から笑顔を貰ったことないからそんなこと言うんでしょ?」
ズバリと指摘し、俺の顔に人差し指を突きつけてきた。
「な、なんだよ。わりぃかよっ」
痛い所を突かれ動揺に声を震わせムキになる俺に、今までやりとりを見守っていたパルフィが不思議そうに尋ねた。
「ゼノ。なんで最高神になりたいの?」
「そりゃ男神だったら、なんでも思い通りにできるようになる力は欲しいだろ」
男たるもの一度は頂点を目指したい。
しかも最高神になれば世界の変革すら可能になると聞いたら、男心をくすぐられて仕方ない。
人間のように金や支配に興味はないが、なんでもできる男神という絶対的な権力に俺は強い魅力を感じていた。
「だったらネタのためにも
目をキラキラと輝かせて訴えかけてくるレナに、俺は「うっ……」と体を引く。
ネタを考える際にも、
正式にトリオを組むかどうかは置いておくとしても、誰かと息を合わせる訓練をするのも、いつか誰かとコンビを組む可能性を考えれば悪い話ではない。
俺のツッコミに耐えられる女神は貴重といえば貴重だった。
「わ、わかったよ。やりゃいいんだろやりゃ」
俺は口で負けたことに頭を抱えそうになったが、三人で
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