第47話45 光は闇を包み、闇は光に焦がれる 1
ざくざくざく。
兵士たちは不気味な砂浜を樹海に向かって進む。
目指すは、その奥にある急峻な山、エーヴィルの塔だ。おそらくその奥ににいるはずだった。
厄災の魔女、エニグマが。
「樹木を焼き払え!」
ブルーの一声で、兵士たちがトウシングサを結びつけた矢を放った。
海岸に近い木々は潮風で湿っているが、それでも
「来るぞ!」
気配を察してオーカーが叫ぶ。
火勢で腐臭が一気に高まり、梢がざわざわとうねりだす。
それは人の言葉のようにも聞こえた。大勢の死人の声。
そして樹海の奥から飛び出してきたものは、予想通り無数のギマの群れだった。最初の連中には火が燃え移っている。
「奴らは数を頼んでいるだけだ!
最初の群れは捨て駒で、兵士たちを疲弊させるためだけのようだった。
古い個体など、襲いかかる前に燃え尽きてしまったものいる。兵士たちは容赦無くそれらの首を跳ね飛ばし、数を減らしていった。その間に樹海の火事は徐々に鎮火していく。もともと湿気の多い場所なので想定内だ。
「進め!」
「ギマを全て
「これが最後の戦いだ! 信じてすすめ!」
「馬のある者は俺に続け! ナギ達を追うぞ!」
「おおおおおおおお!」
デューンブレイドの若い兵士も、白蘭の使徒の風変わりな戦士も、イスカをはじめとする街や国の守備兵達も、燃えて
あっという間に、島の樹海部分は戦場と化した。
「レーゼ! しっかりつかまっていろ!」
ナギは貴重な馬で森を駆け抜けていた。
後からブルーやサップ、カーネリアを乗せたクチバも追い
両脇からギマが際限なく襲いかかってくるが、ナギは全て鞭で頭を吹っ飛ばした。ブルーやカーネリアたちも援護射撃をしてくれる。
ナギを止められるものはもうなかった。
森の木々は海岸のものとは、様相が変わりつつあった。
ゾルーディアの森と同じように、樹木自体に意志があるように枝が絡みついてくるのだ。攻撃力はさほどでもないが、鬱陶しいことこの上ない。
ギマの襲撃も相まって、道行は難儀を極めた。
兵士の何人かは枝に吊り上げるように、梢の奥に消え去ってしまった。引き
「わああ!」
ついに若いサップの馬が足を取られて転倒する。サップはここで脱落だ。
「サップ!」
「レーゼ! 振り向くな!」
ナギは手綱を握りながらも、抱き込んだレーゼを気遣ったが、当のレーゼはしっかりと前を向いていた。
「大丈夫! 私も、サップも!」
「……そうか」
ナギはにっと笑った。レーゼがそういうのだから間違いはない。
枝が伸びてきても、レーゼの鎧に近づくと怯えたように引っ込んでいくのだ。
「このまま進もう! もうすぐ樹海が切れるはず!」
「わかった!」
レーゼの言った通り、やがて樹木には隙間が見え始め、森の外に出ることができた。
「ついに来たか……」
ブルーの呟きは皆のものだ。
目の前には草ひとつ生えない死の山。
エニグマの住まう、エーヴィルの塔だ。
濁った大気の奥の岩肌に中に、
まるで早く来いと
しかし、ここでもまだ試練があった。
塔の中から多くのギマが現れたのだ。そこには人間だけでなく、獣まで混じっている。
「まぁ、歓迎されるとは思ってはいなかったがな」
「いや案外、これが魔女式のおもてなしかもだぜ。ほら、メイド姿のギマもいるし」
「ははは!」
ブルーは笑い、そして剣を構え直した。
「ナギ、レーゼ。お前達は先を進め。ここは俺たちが食い止める!」
「おい、ブルー。それ結構陳腐なセリフだと思うぞ、俺は!」
この非常時にオーカーも混ぜっ返した。
「レーゼ、ナギを頼むわよ。私の男なんだから!」
「わかったわ。でも『わたしのおとこ』の意味がわからないけど」
「レーゼ! いちいち妙に突っ込むな!」
ざわざわざわ。
人間達の会話をこれ以上聞きたくなかったのか、ギマが一斉に踊りかかった。
「さぁ行け! ここからは役割分担だ!」
ブルーが二人に振り返った。それへナギが大きくうなずき返す。
「塔の入り口だ。レーゼ、入るぞ!」
「もちろん」
馬を降りた二人は、切り取られたように口を開ける闇の中へと突っ込んだ。
背後を振り返っても、もう誰もいないし、外も見えない。
戦いの音や、声すら遮断されている。
内部は不気味に静まり返っていた。ギマの気配もない。まるで、早くこいと誘っているようだ。
「みんな、生きてるわ。信じて行こう」
「そうだな」
ナギは口布を引き上げ、汚れた剣を拭った。
レーゼは武器を持たない。白藍の鎧だけが防具なのだ。
山の中に入ったはずなのに、地面は固く平らだ。この先どうやって登るのか、見当もつかない。
しかし、どちらも
「進もう」
二人はどちらからともなく手を握った。
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