第18話17 デューンブレイド 4

 工房都市ジャルマからギマを撃退したデューンブレイドたちは、休養も兼ねてジャルマで装備や物資を整えることとなった。

 先日の戦いでギマを一掃したデューンブレイドの名は周辺に知れ渡り、様々な人々協力を申し出てくれるようになったのだ。

 ジャルマの元守備隊や、周辺の街からからくも逃げてきた若者たちも、デューンブレイドに加わって共に戦いたいというのだ。みな魔女を憎み、ギマを叩き潰したい思いは一緒だった。

 こうして仲間はどんどん増えていく。

 ブルーやオーサー達は、もはや一軍とも言える人数を再編成し、訓練を積むことに専念している。

 そしてクロウもゾルーディア滅殺めっさつのために、デューンブレイドの一員となることを決めた。熱心に勧誘されたこともあるが、一人の戦いではやはり限界があると考えたのだ。

 彼の望みはただ一つだが、なかなか果たせていないことに対する焦りもあった。

 これまでも旅の途中でできた仲間と協力して戦ったことはあるが、訓練された組織とは言い難く、クロウの切り込みについていけず、大抵の戦士は死んだり、離れていったりしてしまったのだ。

 だからクロウにとって、久々にできた仲間はありがたかったが、同時に戸惑いも伴う。もともとクロウは<シグル>の構成員で、簡単に人の心を許す性質ではない。

 しかし、若いデューンブレイドたちは屈託がなかった。

「あんたが加わってくれたら百人力だ!」

「あの戦い方を教えてくれ!」

 彼らはナギの戦闘能力を素直にたたえ、教えを乞うた。

 また、彼の端正な面立ちや、均整の取れた肢体には若い娘たちの視線が集まった。特にカーネリアは積極的に彼に関わるようになったのだ。

「あんたの技を盗みたいわ! ぜひ指南してちょうだい!」

「ああ、皆と一緒ならば」

 クロウはおとなしく、若い戦士たちに剣の稽古をつけたり、刀子で狙うやり方を教えた。そして、同年代の若者たちと交わることで、でクロウにも新たな学びがあった。

 ここまで組織化され、目的を同じにする集団に加わるのは初めてだったし、戦術を組むことにより、より多くのギマを滅ぼし、それだけゾルーディアに近づくことができるからだ。

 また、ジャルマは工房都市というだけあって、クロウに恩義を感じた職人たちが、新しい武器や防具の補強も進んで行ってくれたのだ。

 痛んでいた皮の鎧も真新しくなり、新たに剣も鍛えてくれた。ギマを倒す剣は軽く鋭いものが適している。鞭も中に細い鉄糸を仕込んで、破壊力が増した。

「素敵! 黒い戦士の名にふさわしい……い、い……イデタチよ!」

 装具をすべて新しくしたクロウを見て、カーネリアは普段使わない言葉をようやく捻り出した。しかしクロウはにべもない。

「そんな二つ名、いらない。武器や防具として、戦いに耐えうるものだったらなんでもいい」

「だけど、色にはこだわってるじゃない! 黒が好きなの?」

「いや、そういう訳でも……他の色を着たことがないから」

 さすがのクロウも、カーネリアの押しにはたじたじとなっている。

「あとはその鉢金だけね。それだけかなり傷んでいるわ。よほど使い込んでいるのね。ちょっと見せ……」

 伸ばした指先は、冷たく払い落とされた。

「触れるな!」

「え……?」

 傷ついた顔の年上の娘に、クロウは自分がやりすぎたことを知った。

「あ……すまない。強くしたつもりはなかったんだ」

「それはいいのよ。こんなの痛いうちに入らないから……でも、ちょっとびっくりしちゃった」

「以前作ってもらった額に巻く皮の上に、自分で鉄の板を打ち付けただけだ」

 言いながらクロウは後頭に手を回した。確かに長いこと使っていたので、丈夫な革でもかなり傷んできている。

「大切なものなのね……ごめんなさい。でも……その、それ誰が作ったの? えっと……聞いてもよければ」

「……ある国の女兵士だった人だ」

 クロウは用心深く答えた。

「へぇ……若くて綺麗な人?」

「若くて綺麗?」

 思わずクロウは、大柄で頑丈そうなルビアの顔を思い浮かべた。おおらかな笑顔。彼女は厳しくも優しかった。


 けど、ルビアを若くて綺麗だと感じたことはなかったな。


「いや、どっちかというと、あんた達の言う『お母さん』みたいな人だったと思う」

「そうなの? お母さんか……じゃあ、クロウはお母さんのこと知らないのね」

 カーネリアは少し微妙な顔つきだ。その隙にクロウは背を向けたが、そこには別の男が立っている。

「なら、俺がやってやるよ」

 そこにいたのは若い職人だった。

「誰だ?」

「俺はボッシュっていう武器職人見習いさ。俺も妹のハンナも、あんたたち、デューンブレイドに入隊したんだ。ただでやってやるよ」

「いやこれはいい。自分でやる」

 クロウはそっぽを向いたので、ボッシュの目に後頭で結んだ紐が目に入る。

「でも、皮がだいぶ傷んでいるぞ、ちぎれちまうんじゃないか? それにこんな上等の皮はなかなか手に入らないぜ。俺んとこなら別だが」

「……」

 ちぎれるのは困る。クロウは考え込む。

「……この下を見られたくないんだ」

「なんだ、傷でものこっているのか」

「……ああ、まぁ」

「なんだい。あんた最強の戦士とか言われてるけど、娘っ子みたいに恥ずかしがるんだな。いいさ、うちの工房は防具専門で、鎧を合わす部屋があるから、そこで外して、鉢金だけよこしたらいいよ。部屋であんたが休んでいる間にやっておいてやるよ」

 そこまで言われては仕方がない。それに古びているのは確かなのだ。クロウは結局ボッシュにうなずき返した。

「じゃあ頼む」

「まかしとき。ついてきな」

「ああ。じゃあ、カーネリア、後で」

「わかった。後でね」

 カーネリアは余り詮索好きだと思われるのが嫌だったので、あっさり引き下がる。

 二人の青年は立派な工房へと入っていった。店の中にはさまざまな防具が陳列してあり、奥ではたくさんの職人が働いている。皆仕事に夢中だが、目が合うと頼もしく笑ってくれた。

「兄さん、おかえり……あ!」

 ハンナはクロウを見て驚いたようだ。茶色い髪の小柄な娘である。

「ただいま、ハンナ。俺は今から仕事をするから、この人を試着室に案内してくれ」

「は、はい! こっちらです。どうぞ!」

 ハンナは仕事場の奥の扉へと案内する。中に入るとボッシュが手を差し出した。

「中から鉢金だけ渡してくれ」

「わかった。ありがとう」

 その部屋は、できた鎧や兜を試着するところなので、大きな鏡がある。贅沢なものだ。クロウはその前に立った。

「……」

 レーゼと別れた頃とは違って、背だけ伸びた自分が映りこむ。

 額には小さな、しかし青く澄んだ守り石が埋まっている。クロウはそっと、石を押さえて目を閉じた。


 レーゼ、すまない。

 あれからこんなに時間が経ったのに、まだ俺はゾルーディアに辿り着かない。

 あなたは元気だろうか?


 一緒にいた時はたった半年あまりなのに、今も思い出せる。白い顔。細い手足。赤い唇。

「レーゼ……」

 クロウはそっとその名を呼んだ。


 ほわん


 瞼の向こうで石が優しく光る気配。

 はっとクロウが目を開けた時には、もう通常の状態に戻っている。

 それは気のせいだったのかもしれない。

 けれどクロウ──ナギには、それで十分だった。


 ああ、レーゼ。あなたはまだ俺を見守ってくれている。

 きっともうすぐ、もうすぐだから。

 俺にはわかる、ゾルーディアはすぐそばにいる。だから──。

 待っていて。

 

 青年は指先で額の石に触れ、その指を唇に押し当てた。



   ***



この章あと1話です。

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