蜂と蝶

 Jewelジュエル女媧じょかとの一戦から2ヶ月後。

 半月に一度の『詩合うたあわせ』の日、今回の会場である体育館——控室となった用具置き場。


「お前の友達ダチの女媧とかいうやつ、今日また来るんだろ? オレらせろよ」


 剃り込みの短髪と鋭い眼光の、威圧的な風貌ふうぼう——dossドスすごんだ。


「あー、いや~……あいつホントまだ初心者だからさ。

 dossドスねえ本気ガチでぶちのめすのは、勘弁してくんないかな。

 あたしかヨーがちゃんと理解わからせてくるから」


 心美ここみ——ハーツが、気圧けおされながらもそれをなだめる。


「あたしはやだ。アイツつまんないもん」


 フードを被った少女の、気怠けだるく甘ったるい声——MCヨー拒否ノーを示した。


「じゃ、あたしか~……はぁ」


 心美は今日もため息をつく。

 気分が乗らない。乗るわけがない。


 鏡花きょうかは最近顔も見せないし、メッセージもろくに返さなくなった。

 あれからどうしているだろうか。CDをよ返せ。

 そう思っていた矢先やさき、こんなに早く再挑戦リベンジときた。

 自分の遠回しな教え方が間違っていたせいで、

 もう負けないなどと思いあがっているのかもしれない。


 なら、教えてやるべきはちゃんとした敗北だ。

 友達だからこそ、るとなったらきっちりる。

 でも、友達にキツいこと言いたくないのも当たり前だ。その理屈と感情は矛盾しない。

 

 なんとなく重苦しくなった控室の空気を、


「私がいくよ」


 宮本みやもと宝良たから——Jewelジュエルの、シルクの声が不意に拭った。


「はぁ!? いや、チャンピオンから行くとかアリなの!!?」

「ギャハハハ! 自由かよお前!」

ハオだねそれ。jeweジュエねえのバトル、みんなだって見たがってるっしょ」

「ちゃんといい感じに、きれいに殺すから安心して」

「ギャハハヒヒヒ、イ”ーッヒヒヒヒヒ!」


 あくまでしとやかにしながら物騒なことを言うのがよほどツボに入ったのか、

 dossが過呼吸ぎみに笑う。


「ざまあみろ女媧。ボコられちまえ」

「さ、再起不能にすんなよな~~」

「ハツねえほんと甘すぎ。バトルはいつだって真剣勝負ガチンコなんだよ?」


 緊張がほぐれた四天王たちの様子に、宝良はくすりと微笑んだ。

 前回のようなラップで万に一つワンチャンを狙うつもりなら、舞台に上がることを後悔させる。

 王者Jewelが、石塊いしころを相手につまずくことなんて有り得ない。



※※※



『さあ、本日最後の挑戦者チャレンジャーはなんと、四天王を追い詰めたあの女だァーー!!!』

 司会がそういって場をあたため、歓声がスコールのように降り注いだ。

 この熱狂が、本当は自分に相応ふさわしくないことを知っている。

 にわかに宿った胸の高揚ドキドキを、冷酷さが刺し殺す。


 準備不足なのは分かっていた。差は全然埋まっていない。

 あたしはまだ何も、誇れるものを見つけられていない。

 けれども感情の激流が、目の前のノートに書き殴るだけでは収まりきらなくなったとき、

 あたしの魂は自然と、このステージめがけて這いだしていた。


 目の前に現れたのは、予想外の相手だった。

 飾り気のない制服なつふくに、宝石ダイヤがら帽子キャップだけを被った、シンプルな佇まいの女。


 Jewelジュエル。肌がきめこまかすぎる。睫毛まつげが長すぎる。足がほそすぎる。


 観衆が一瞬どよめいた後、より大きなうねりが生まれ、床から天井までをも揺らす。

 因縁の相手に王者が直々じきじきに腰を上げたとか、そんなことを司会がはやし立てる。

 そうではない。四天王おまえらの怒りが、今はもう分かっている。

 よほどあたしをぶっ殺したくてたまらないのだろう。


 だからなんだ。そんなの知ったことか。

 お前らなんかよりもあたしの方が、ずっとあたしに怒っている。


 ビートSOUL SCREAMソウルスクリーム名曲クラシック

 8小節×4本勝負。

 

 先攻後攻の選択権は、挑戦者側に与えられる。

 迷わず先攻を選んだ。あたしの魂の叫びをぶつけてやる。


 スクラッチ音——そして、戦いがはじまった。



※※※



「始めてしばらくは天狗だった しばらく経ってから面食らった

 あたしは何にも持ってなかった 持っている奴らに腹が立った

 王冠よりも大事な何か 気づかない自分に腹が立った

 Jewelジュエル認めるよ おまえの輝き 今日はそいつを殺しに来たんだ」



RHYMESTERライムスターから何を学んだ? 『何も持ってない』? あたり前だろが

 最初は誰でも素人トーシロ 平等じゃない でも天才もいないんだ

 世の中で自分だけが不幸か? ふざけんな そんなんでここ立つな

 しっかり見ときな客のお前ら KIDSキッズKINGキングの格の違い方」



「おまえがKINGキングであたしがKIDSキッズ ほかのやつらはさながら市民か?

 自称じゃない 確かに皇帝 でも皇帝殺せるのは奴隷だけ

 重力があたしを打ちのめした 立つことさえできない虫けらだ

 だけどもこれは 二度目の番だ 雀蜂スズメバチの毒でおまえを刺す」



「重力がおまえを打ちのめした いじわるな神が人を試した

 アポロはそれでも月を目指した ラッパーはでかい夢を描いた

 メソメソ女 おまえ嫌いだ 昔のあたしを見てるみたいだ

 きらいってのは あいってことだ 愛とプライド掛けおまえ殺すわ」



「でかい夢とかそんなもん知るか んなもん持ってない持ちたくもないんだよ

 でかい奴がいつでも強いのか 正しい奴だけが偉いのか

 そうじゃねえだろ そうじゃねえんだって 信じたくてここに来てんだろ

 クソみたいな韻踏むのはもう止めた 魂削ってぶつかる番だ」



「おまえ『なんも持ってない』とか言うけどとっくに大事なもん持ってんじゃんか

 ドブネズミみたいにきれいなプライド その宝物たからもん値打ねうちに気づけよ

 あとは生き方 死にざま 気の持ち方 おい おまえの名はなんだ?

 どんなちょうも名乗らなくちゃ一生のままなんだ ちゃんと名乗れよ」



「あたしが女媧じょかだ 詩和女子ウタジョJOKERジョーカー 革命起こす 核爆弾だ

 ちゃんと名乗った   ここに立った     これがHIPHOPか

               ありがとな、Jewelジュエル

                      きらいだクソアマ  だいきらいだ」



「どういたしまして 詩和女子ウタジョJOKERジョーカー 詩和女子ウタジョ王者おうじゃも だいきらいだぜ

 ちゃんと分かったよ 半端ない内面ないめん 昨日は敵 でも今日からマイメン

 Jewelジュエル女媧じょか 今日のマドンナ 強者きょうしゃ強者きょうしゃ もう笑おうか

 白黒いらねえ ただ唄うだけ 王者おうじゃJOKERジョーカー 両者りょうしゃ勝者しょうしゃ



※※※



 泣きじゃくる鏡花きょうかの肩を、崩れ落ちないように宝良たからが抱いていた。


 爆ぜる歓声――決して、不相応ではない。


 戦乙女ラッパーたちへと向けられた、敬意リスペクト花束ブーケだった。


「……はぁ~~~、何がどうしてこうなるんだよ」


 心美——事態がれてもいでも、相変わらずため息ばかりをかされる。


「なんかこれ、根に持ってたら俺の方がなやつじゃねーか」


 素直になれない言葉とは裏腹に、優しい眼で二人を見守るdoss。


「ぶえ”え”え……あたしも女媧じょかねえともっかいる!」


 もらい泣きする葉——少し前の毒気どくけはどこへやら。


「おい、ねえ呼びは四天王オレらだけだろ」

「そんなのあたしが決めますぅ~。文句あるならバトルしようよ」

「たのむから揉めるのは明日にしてくれ……」


 肩をぶつけて笑いあう少女たち。

 さなぎを脱ぎてて目覚めたちょうを、みなの心が祝福しゅくふくしていた。


 言葉と言葉、うたうたとがまじわったとき、心に生まれるものがある。

 ときに紅くくるき、ときに白く静謐せいひつで、決して目には映らない透明なそれは。

 音で、かぐわしさで、質感で、温度で、自らの美しさをそっと誇る。

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