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 京都に到着するとあらかじめ決めていた班での自由行動となった。

 俺はクラスの男子生徒四人の班を組んで清水寺、平安神宮、銀閣寺などを巡っていた。このルートは酒井というやつがバスの時刻表や京都の地図などを見ながら組んでくれたもので、面倒臭がりな俺には有り難かった。

 俺は普段、神社仏閣に興味がある方ではないのだが、修学旅行というイベントのためか、それとも京都という場所柄なのか、なかなかに楽しい旅だった。特に清水寺では人混みの中パンフレットと同じ角度の写真を撮るのに苦心していた。だが冷静に考えればわざわざ同じ角度で撮る必要などはない。パンフレットの写真と同じなのだからパンフレットを見ればそれでいい。この時俺は謎に同じような光景を切り取ることにこだわっており、いたく満足したのを覚えている。

 また、銀閣寺の庭園も俺のお気に入りになった。枯山水という砂で水の様子、例えば波とか波紋を表現している日本庭園は素晴らしかった。本当は一時間以上眺めていたかったが、他のやつらが退屈していたので長居は出来なかった。酒井は自分が組んだスケジュール通りに行けばそれでいいようで、京都自体にはあまり興味がないようだった。

 あと、町を歩いていて気付いたのが着物姿の人、特に女性が大変多かった。舞子さんがいたかと思えば本格的なメイクをした、ただの観光客だったり、キャバクラ嬢のようなメイクをした人(無論、そんな場所には行ったことがないのであくまでイメージだが)もいたりで面白かった。着物を着ていればなんでもありなんだなと感心していた。時折聞こえて来る女の子の話し声が京都弁で新鮮だったし、とても可愛らしかった。

 そうこうしていると、小腹が空いたので俺たちはたまたま見つけた和風カフェに入ることにした。お洒落な感じの店だったが内装は多少観光客向けにしてあり修学旅行生も多く、入りやすかったのが有り難かった。そうでなければこんな男四人ではなかなか入らない。繁盛しており忙しいはずだが、気さくなおばちゃん店員は嫌そうな態度は見せず、席に案内してくれた。このおばちゃんの京都弁には可愛らしさというより安心感があった。

 メニューを決めかねていると、酒井がぜんざいを頼んだので皆、右倣えでそれを頼んだ。

 時間がかかると言われたので俺はトイレに行き、席に戻ろうとするとちょっと離れた所に遥と京子が座っているのを発見した。意外なことにそこには佐々木の他数名の女子生徒が座っていた。

「あら敬介」

 俺が近づくと遥は手を振り、京子と佐々木もこちらに手を振った。少し照れ臭いが悪い気はしなかった。

「おう、意外なメンバーだな」

「遥ちゃんが迷子になっちゃったみたいで。スマートフォンの充電も切れて班員の人たちと連絡取れなくなってたところ、たまたま私たち合流したんです!」

 京子が言った。どうやら遥は班から逸れたようだ。彼女は方向音痴なのできっと必要以上にスマートフォンの充電を消費したのだろう。

「聞いて! みんな優しいのよ。ここにいる人たちとはほとんどお話したことがないけど、凄く親切にしてくれるの! 居心地もいいし、京都って最高ね!」

 無論、そこにいたのは全員南ケ丘高校の生徒であるので京都人ではない。せっかく仲良しのメンバーでいるところ、遥が邪魔をしていないか気になったが皆、「柊さん可愛いー」と楽しそうにしていたので安心した。この奔放さも美少女だから許されるのであろう。

「敬介は何注文したの?」

 遥がメニューを指差して聞いた。

「どれがいいのか分かんなくてぜんざいにしたよ。遥は? 抹茶ラテか」

 遥は首をぶんぶんと縦に振る。彼女は乳飲料が好きだし、前々から本場の抹茶ラテを飲むと意気込んでいた。果たしてちゃんと甘いのか心配だった。遥はかなりの甘党だからだ。

 ふと、自分の席を見ると他の男子三人がこちらを見ていた。俺は少し得意な気分になる。考えてみれば、どういう訳か俺はやけに魅力的な女の子との縁がある。遥に京子、そして佐々木。だがその誰とも浮いた話がないのは少々情けないとも思うが。

「じゃあみんな決まったねー」

 俺と遥がしゃべっている横で、女子生徒たちは注文を決めたようだ。どうやらこの島は佐々木が仕切っているらしい。

「お願いしまーす」

 佐々木が手を挙げると、店員がやって来た。おばちゃん店員と違い少しおぼつかないところのある若い女性の店員で、なんだか頼りない印象だった。それに佐々木たちのグループは俺たちと違い、人数も多く、皆別々のメニューだったので注文が複雑だった。

 頼りない店員にみんなが注目しているうえ、俺までいると急かす感じがしないかと思ったが、佐々木が手際良く注文を伝えたので店員もあまりまごつくことなく、スムーズに一連のやり取りが交わされた。

「へえ、佐々木こういうの慣れてんだな」

 店員が注文を控えて下がると、俺は感心して言った。

「え? うん、ちょっと」

「いつもはお気楽な感じなのに部活ではパートリーダーもやってるし、いざとなると、なんか変に冷静というか余裕があるし、本当見かけによらないよねー」

 女子生徒の一人がそう言う。同じ吹奏楽部員のようだ。

「何それー、もう」

 頬を膨らませて佐々木はそう言うが、なんだか得意そうだった。


「あ、まっきー!」

 そう言うと佐々木は突然、カフェの入り口に向かい手を振る。振り返るとそこには、吹奏楽部の顧問を務める音楽教師の荒井雅親あらいまさちか先生がいた。荒井先生は遥がいる五組の担任の教師でもある。

 手足が長くすらっとしている。真面目そうで他の教師にはない気品があり、生徒からも人気がある。

「あー、荒井先生!」

 遥も声を上げた。

「やっと見つけたぞ、柊!」

 荒井先生は鼻息荒くやって来た。

「佐藤たちからはぐれたって聞いてたが、優雅にお茶をしていたとはな」

 荒井先生はやや怒りながらも、呆れているように言った。

「まあまあ、まっきー、そんな厳しくしないであげてよ。柊さんもみんなとはぐれて心細かっただろうし。それに彼女をカフェに誘ったのは私たちだから。柊さん、まっきーも心配だったみたいだから仕方ないよ」

 見かねた佐々木が遥をフォローした。先程から佐々木の意外な一面ばかり見ているような気がする。しかし、そんなことより部活の顧問でもある先生をあだ名で呼び、タメ口を利いているのが気になった。

「いや、別に怒っているわけじゃないけど、まあ、確かにすまんかったな。京都に土地勘はあるつもりだったが思いの外手こずってな」

 荒井先生は一息つくため、近くの席に着いた。「まっきー」呼びを指摘する気配はない。

「荒井先生、京都住んでたんですか?」

 遥が聞く。

「いや、大阪に住んでたんだ。大阪の芸大を出て公立中学校の教師をやっていた」

「で、去年から島根ですか。物好きですねー」

 都会から島根なんて田舎に出てきたのが、よほど不思議なのか遥はそう言った。言い忘れていたが俺たちの通う南ケ丘高校は島根県にある。

「まあ色々あってな。おっと注文が来たみたいだな。じゃあ、おじさんは失礼するよ。柊、佐藤たちが心配してる、行くぞ」

「え、でも抹茶ラテ……」

 見ると、遥は届いた抹茶ラテをかき混ぜている。

「困ったな、俺は今からホテルに行かなきゃならんからな。お前それ飲んだら佐藤たちと合流できるか? あいつら合流地点は決めてるとか言ってたけど、一人はまずい」

 荒井先生は頭を掻く。遥に手を焼いているのがなんだか気の毒な感じがした。

「大丈夫です。佐々木さんたちのおかげでルートは確認出来たので、敬介が案内します」

「は?」

 俺は思わず声を出した。そんな話は聞いていない。

「そうか、確か津田は従兄だったな。頼んだぞ」

「え、でも俺は」

「大丈夫よ。敬介がいなくても彼らはそんなに困らないわ」

 遥は酒井たちを指して言う。そこまで言わなくていいだろうに。俺は少し傷付いた。

「なんでもいいから、七時までにはホテルに集合しろよ。晩飯のバイキング食べそびれるからな」

 それだけ言い残すと荒井先生は立ち去った。

「さあさあ、敬介。ここが終わったら案内お願いね」

 遥はなおも気楽な調子で言う。

「うーん、まあいいよ」

 京都まで来て遥に振り回されるのも、なんだか納得行かなかったが、これ以上女子会に顔を出すのも変な気がしたので、俺は諦めて遥の申し出(命令?)を了承すると酒井たちの元へ戻り、すでに届いていたぜんざいを食らった。

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