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 犯行は衝動的ではなかった。遥はそう断定した。

「犯人は広辞苑を使い、鈴木先生を気絶させたと思わせるため、広辞苑に細工をしたんだな。そうなるとツルを持ち去ったのはそっちの方は実際に殺害に用いた凶器だったからか」

 俺は遥の言わんとしていることをまとめたつもりだった。しかし遥は首を縦に振らない。

「ツルが凶器だとまずいわ。よくない結論が私の中で出て来てしまう。いや、ツルじゃなくてもよ……そうなると……」

 遥は再び黙り込む。

「なあ、桜木警部にまた会えるとか言ってたな? あれは」

「ああ、あれね。明日からまた学校よ、臨時休校ならまた話が変わるけど。でも警察も関係者、特に生徒たちにも話を聞きたいでしょうし明日は普段通りの登校日になるはずよ。そうなると桜木警部たちが生徒たちを捕まえて事情聴取になると思うわ」

 そう言うと遥は再びカフェオレに集中し始めた。

 結局、この日はそれ以上の行動はしなかった。遥はずっと公園のベンチでカフェオレを飲みながら無言で推理をまとめているようだった。時々、公園の中を歩いたりしてこちらにやって来ると、メガネをしている方が探偵らしいか、とか帽子を被った方が良かったかなど聞いて来た。昼になると昼飯をコンビニで買い、放課後のようにダラダラと事件とは無関係のことを話していた。

 日が暮れるまでそうして俺たちはそれぞれの帰路へ着いた。


 *


 翌日、遥の言った通り学校は休みにならず登校日となった。

 てっきり全校朝礼などあると思ったが、そういったことはなく、それぞれのクラスの朝礼で担任からなんとなく皆、事情を察していると思うので、警察の出入りがあるが捜査に協力し、なるべく普段通りに過ごすよう心がけるようにと伝達された。そんなの無理に決まってる。身近に殺人犯がいるかもしれないのだ。

 俺や北川は事件当日に事情聴取をされたので呼び出されることはなく、遥や京子、吉川も同じだったようだ。

 警察はこの日は鈴木先生が顧問を務めていた野球部の部員や三年生の担任をしていたのでそのクラスメイトを中心に話を聞いているようだった。

 どうせ大した収穫もないとだろうと思っていたが、この日警察や俺たちにとって思わぬ証言が出てくることとなった。


 放課後、二年生にも事情聴取が及び始めたため、まだ呼ばれていない生徒は自分の出番があるかもしれないと、数名がクラスに集まっていた。なんとなく俺も居残っていたし、この日は珍しく遥が四組に来ていた。メガネは掛けていない。

 戻って来た生徒は何を聞かれてどう答えたか、とかを言い合っていた。その中で四組の浅井という男子生徒が警察に、図書室に近づく人物を見たと証言したというのだ。

 その場にいた皆が初耳だったようで浅井の話に耳を傾ける。

 浅井は四組の教室と渡り廊下の間で客の呼び込みをやっていたらしい。そういうのが自分は得意なんだと豪語しており、実際うちの縁日の集客に一役買っていた。

 十二時頃、休憩がてら他の教室をぶらつき、十三時過ぎに再び、呼び込みに戻ったと言う。

「それで誰なんだ、犯人は?」

 男子生徒の一人が浅井に聞く。

「まだ犯人とは決まってねーよ。んでその時、図書室から出て来たんだよ」

 浅井は沈黙し、皆の注目を集める。クラス中を見回し、その人物がいないのを確かめてから浅井は言った。

「加藤愛梨が」

 誰もが絶句していた。俺も例外ではなく、思わず遥の顔を見た。彼女は机の上に身を乗り出し浅井の話の続きを待っていた。

「でもあいつだけじゃない。その後五分くらいしてから北川が来たんだ」

 事件当日、北川は俺を探しており一度図書室前まで来たと言っていた。おそらく浅井はその瞬間を見たのだろう。

 俺は教室に北川の姿を探したが見つからなかった。今日は休みのようだ。

「で、北川は図書室に入ったのか?」

「分からない。ちょうど一組親子連れが来たから教室に案内してたんだ。だから入ったかどうかは」

 入ってない! 俺はそう言おうと立ち上がりかけたが遥に手を引かれた。

「で、あとは」

 浅井は俺と遥の方を見る。

「まあでも警察は柊さんや津田のことはあんまり聞いてこなかったな。十二時半から十三時半までのことを何回も聞いて来たんだ」

 そうしていると新たに生徒が戻って来たので、話の中心はそいつに移った。戻って来たのは林という、川上や加藤の一派の男子生徒で加藤の名前が出た直後ということもあり、彼の言葉にも注目が集まった。

 しかし、林は何もしゃべろうとしない。堪え切れず浅井がせっつく。

「おい、林。何か言えよ。加藤のこと聞かれたんだろ?」

 すると林は観念したように口を開いた。

「川上や加藤はいないな。おい、みんな絶対俺が言ったっていうなよ?」

 言わない、と浅井はじめ皆がそう誓った。俺も頷く。遥は腕を組んで林の言葉に耳を傾けていた。

「あの日、加藤に言われて川上と事務室から鍵を盗もうってなったんだよ」

 林は声を小さくして言う。警察に言ったのだからそこまで隠す必要はないと思うが。

「加藤が屋上でSNSに投稿する用の動画を撮りたいって言ったらしいんだ。川上はあいつの腰巾着だからな、俺を見張り役にして他の連中たちで事務室の側で爆竹を鳴らしたり、壁を蹴ったりしてとにかく事務室に迷惑になるようなことをやってたんだ。そしたら事務員のおっさんがキレて出て来たんだよ。その隙に川上が鍵を盗んだんだが、なぜかあいつ図書室の鍵も持ち出したんだ。訳を聞いたらあいつ黙れしか言わねーんだよ」

 他に何か話題がないか、浅井と林は周りから聞かれるが互いにもう話すことはないと言う。すると皆の視線が遥に注がれた。

 遥はニュースなどで見かける事件の推理を披露する癖があり、以前うちの教師の車が盗まれた際、その在処を突き止め犯人逮捕に貢献したことがある。それ以来皆の中で遥を探偵と呼ぶ者もいる。

 視線を集めた遥はやがて口を開く。

「疑われても仕方ないわよ。川上くん、加藤さん」

 そう言うと、遥が教室の外に目を向ける。すると見計らったように川上と加藤が姿を現した。林が小さく「川上」と声を漏らす。

「……加藤には無理だ」

 川上が弱々しく言う。

「ええ、そうね。決定的な証拠がないし、どう考えても加藤さんには無理ね。川上くんにもアリバイがあるだろうし」

 遥はそう言うと立ち上がり、川上たちとは違う出口に向かう。俺は遥に続いた。

「今のままなら大丈夫でしょうね。でもそうはいかないわよ」

 遥はそう言うと教室から出て行った。


 *


 遥は真っ直ぐに図書室の方へ向かった。そこは今、閉鎖されており事情聴取の会場となっていた。扉は閉ざされており、今もまだ生徒たちへの聞き取りは続いているようだ。

 遥は図書室の前をそのまま通り過ぎると、その先の階段を登る。

「おい、遥。どこに行くんだ」

 俺が呼びかけると遥は前を見たまま答える。

「必要な情報は揃ったわ。あとは凶器の問題よ。急がないと事態は未だ好転してないわ」

「川上と加藤が犯人なのか?」

 しかし遥は黙ったまま階段を登る。三階へ上がると、遥は天井近くを見上げて歩き続ける。目線の先には各教室の名前が書かれたプレートが廊下側へ突き出していた。

 とても静かだ。俺たちの足音が響く。何個目かのプレートに「放送室」と書かれていた。見ると扉は他の教室に比べて厚い。防音仕様のようだ。

 遥はその硬質な扉をノックする。「はい」という女性の声がし、やがて扉が開いた。

「あ、柊さん」

 そこに立っていたのは山下成海だった。

「突然ごめんなさい。少し用があって。放送室の中を見せてもらってもいい?」

 山下はいくらか緊張していたのか、それが緩和されていくのが感じられた。警察が来たと思ったのだろう。

「それがね、警察の人が見にくるだろうから誰も入れない方がいいって」

「先生が? それとも……」

 山下はぎこちない笑みを浮かべ、うんと答える。

「少しでいいの。中を見せてもらえる?」

「いや、でも」

 なかなか山下は譲らない。すると、遥は意を決したように言う。

「このままだと北川くんが捕まるわ」

 瞬間、山下の表情が凍りつく。

 俺もぎょっとして声を出しそうになった。なぜ北川が? あり得ない‼︎

「そんな……」

 山下はなかなか次の言葉を繋げないでいる。

「どちらを取っても、もう取り返しはつかないわ。だったらせめて罪の無い人を陥れるようなことはやめましょう」

 山下は下を向いたまま、扉をいっぱいに開いた。

「ありがとう」

 そう言うと、遥と俺は放送室の中へ足を踏み入れた。

 ラジオブースというのだろうか。放送室の中にはもう一つ小さな部屋があり、その中、中央の机の上にはマイクが二本突き出ている。ここで昼の放送や学園祭のラジオ放送をやっていたのだろう。

 そこには入らず、遥はしばらく放送室内を歩き回る。少し入ったところにもう一つ扉がある。簡易な機材室のようで扉を開けると、大きなスピーカーやコード類がしまわれていた。その一つ一つを遥は点検していたが、あるところで足を止めた。

 遥は足元にあるをよく見るため、しゃがみ込むと手に取りしばらく観察した後、立ち上がってこちらを振り返る。

「見つけたわ」

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