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 二組に猛然と突っ込んだ北川は迷わず山下の元へ行く。

 北川が何事か話しかけると、他の二人は気を利かせて遠のいた。

 俺からは北川の背中しか見えないが山下という女子生徒は楽しげにしているようで、いい雰囲気ではあった。

「学園祭マジックね」

「うわ!」

 突如、隣にやって来た声に俺は思わず叫んでしまった。

「なんだ遥か。ジュース屋はいいのか?」

 遥は相変わらずの仏頂面でそこに立っていた。

「今日はもう店仕舞いよ」

「そうか、ならどっかで飯でも食おうぜ。もう北川は戻ってこないようだし」

「そのようね。凸凹でこぼこで可愛らしい二人じゃない」

「確かに凸凹だな」

 北川の言っていた通り、山下成海は身長が低く一五〇センチ前半。もしくはぎりぎり一四〇センチ台だろうというのが、俺の見立てだ。一方北川は一七八センチあり、二人の身長差は三十センチ近くにもなる。

「ねぇ、三組に行きましょ。ほら、喫茶店をやってるみたい」

 見ると、隣の三組には英語なのかフランス語なのか分からないが、なにやら洒落た字体で書かれた看板が掲げられていた。「cafe de」までは読める。

 字体に似合わず教室内は公民館のお祭りのような内装に仕上げてあり、却って安心感があった。高校生にはこれくらいでいい。

「京子ちゃーん、来たよー。え、なにそれ可愛い!」

 遥が手を振った先には里見京子がいた。手作りのメイド服を着ている。

「遥ちゃん、津田くん!」

 京子は嬉しそうにこちらに駆け寄る。

「来てくれたんですね」

「うん。うちのカフェもひと段落着いたし、敬介も暇らしいから」

 あんなものよくカフェなどと呼べるものだ。

「そうなんだ、お疲れ様です。どうぞどうぞ、こちらへ」

 そう言うと京子は俺たち二人を空いてる席へと案内した。

 教室内にはクラシック音楽がかかっており、京子に吹奏楽部の演奏かと聞いたらそんな訳ないと言われた。

 俺たちは腹が減ってるのもあり、二人とも紅茶とサンドイッチのセットを頼んだ。

 やがてアイスティーが運ばれて来たので遥はそれを一口飲む。

「うーん、味がない。いや、あるけどなんか違う」

「そんなもんだろ。大体紅茶ってのは香りを楽しむもんなんだよ」

 知ったようなことを言ったが正直言って俺も同じ感想だった。俺たちが普段飲んでる紅茶といえば、せいぜいリプトンの紙パックのやつだ。それに比べたらこれは水だ。別に不味いという訳ではない。

 これじゃ飲めん、ということで遥は臆することなくガムシロップとミルクをドバドバ入れるので俺もそれに倣い、リプトンを精製した。

「そうだ、二人は明日のこの時間は予定とかって……?」

 続いてサンドイッチを運んで来た京子がそう聞いた。

「四組は当番の奪い合いだからなぁ、俺はどうせ暇だと思うよ」

 俺は川上たちの顔を思い浮かべた。きっと俺や北川みたいなやつは追い出されて暇を与えられるだろう。

「うちのカフェは経営難により今日限りで閉店よ」

「それは良かった!」

 全然良くないと思う。

「実は明日図書室でビブリオバトルをやるから見に来て欲しいなって。ついでに準備も手伝ってくれたらなって」

 京子は悪戯っぽく最後を付け加えた。彼女のこんなところを見るのは初めてだ。それだけ我々にも心を開いてくれているということか。

「いいけど、ビブリオバトルって何?」

「出場者が好きな本を紹介して、審査員がどの本を一番読みたくなったかで競う競技よ」

 遥が説明した。

「真面目そうだなぁ」

「いいじゃない、行きましょうよ。京子ちゃんその件了解よ」

「ありがとう。じゃあ明日の十三時半に図書室にお願いします」


「ごちそうさまでしたー」

 俺たちは三組を後にすると、外も見てみることにした。外には部活ごとに屋台を出していたり、特設ステージで有志で組んだバンドの演奏やダンスのショーをやっていた。

「あ、あれ北川くんと山下さんじゃない?」

 遥が指差した先にはちょっとした人だかりが出来ていた。

「ああ、あれは野球部の出し物だよ。北川に聞いたんだ」

 見るとグラウンドに1から9までの数字が書いてあるパネルが立ててあり、その数メートル前に白い線が引いてある。

 北川からは野球部はストラックアウトという簡単なゲームをやると聞かされていた。

 どうやら白線からパネル目掛けてボールを投げて、当てて倒すゲームらしい。十球投げて倒したパネルの数に応じて景品が貰えるようだ。

「今がまさに北川くんの大勝負か終わったところのようね」

 北川は白線の内側に立っておりちょうど十球投げ終わったところのようだ。倒れているパネルの数は三枚。山下の前で緊張したか本領発揮とはいかなかったようだ。

「おい、北川! 山下さんにいいところ見せるんじゃねーのか!」

「パーフェクトはどうした、パーフェクトは⁉︎」

 野球部の連中が楽しそうに野次を飛ばす。照れ臭そうにする北川と山下。青春だ。

 すると、山下が貸してと言いグローブを手にした。周囲からはおおっ、と声が上がる。女子生徒の挑戦だからか、白線は若干前に移動された。

 注目の一球目。真ん中の5のパネルを倒した。俺も含め皆がどよめく。

 山下はその後も順調にパネルを倒していき、結局八つもパネルを倒した。

「すげーよ、山下さん!」

「おい、北川! お前の彼女すげーな‼︎」

 野球部が囃し立てると、北川と山下は顔を赤くしていた。北川はやめろやめろ、と言っているが満更でもなさそうだ。

「凄いな山下さん。コントール抜群じゃないか。北川より向いてるかもな」

「そうね。確か一年生の時、弓道部の見学でやたら上手い子がいて背が低かったのは覚えてるけどあれは山下さんだったのね。すごく勧誘されてて、結局入らなかったみたいだけど」

 遥は思い出しながら言った。

「天性だな。確かあの人放送部だって北川は言ってたよ」

 そんな話をしていると北川がこちらに気付いた。

「あ、敬介! ちょうどいい。お前もやれ! 恥をかけ!」

「ちっ、最悪だ」

 北川に指を差され俺は絶対に嫌だ、と猛烈に拒絶した。自慢じゃないが俺は運動が大の苦手だ。どうやら自分の恥に俺の醜態を上塗りしたいようだ。

 いいから、いいからと言われグローブを渡される。北川の忖度によりパネルに近づけられた白線からボールを投げたが結局パネルには当たらず、縁を掠って終わった。どんまい、と声が上がる。

「次、私やるわ」

 遥が俺からグローブを奪い取る。思わぬ美少女の登板に一同は再び盛り上がる。

 一球目、ボールは盛大に的から外れる。というよりパネルに届く気配すらない。あっという間に十球投げ終わった。倒すまでやると言い、もう十球投げたが同じ結果だった。遥はこれをあと二回やったところで野球部がもうやめてくれ、と言ったので渋々引き下がった。


 *


「あー楽しかったわね」

「そうだな。後半はお通夜みたいに静かだったよ」

 俺たちは校舎に戻り、適当に各クラスを見て回っていたら片付けの時間になった。

 俺は四組に戻りみんなと慌ただしく片付けを始めた。教室の外でははっぴを着た川上と取り巻きたちがはしゃいでいる。

「ちょっとは手伝えよな」

「ああ、本当だよ。目立つところばっかやりたがるんだよな」

 俺と北川は不満を言いながら片付けをしていた。

「そんなことより、山下さん凄かったな」

 すると北川の表情は一気に明るくなる。

「だよな! 控えめかと思ったらああいう場面で意外と積極的でノリがいいんだよ。そんであれだからな! 野球部のマネージャーになってくれないかなぁ。あ、でも他のやつらに目付けられたくないしなぁ、うーん悩ましい」

「あのはっぴの連中とは対極にいるな」

 俺は川上たちとキャーキャー騒いでる女子生徒たちを見る。

「おい、お前ら‼︎」

 突然の怒声にその場にいる全員が凍りついた。声の主はたまたま廊下にいた鈴木という国語科の教師だった。熱血漢であり野球部の顧問でもある。

 鈴木は怒りで顔を真っ赤にしてはっぴの連中の元へ近づく。強面なところも迫力があるがそれ以上に体型が威圧的だ。身長は一八〇センチを超えており、横にも大きい。

「片付けの時間だろ、時間は守れ! 全校朝礼で言われてたのを聞いとらんのかお前らは‼︎」

 廊下だけでなく、教室中に気まずい空気が流れる。川上たちはボソボソと消えるような声ですみません、と言うと片付けに加わった。

「はしゃぐのは結構だが節度を守れよ」

 そう言い残すと鈴木は去って行った。

「迫力すげーな」

 俺がそう言うと北川は真剣な眼差しになっていた。

「感情的で怖い人だけど、あれで結構生徒思いなんだぜ。俺が怪我して落ち込んだ時も気にかけてくれてたんだ」

 すると北川は右手で左肩に触れた。

 北川は夏休みの練習中、怪我をして左肩が上がらなくなったという。ストラックアウトもその影響が出ていたのだろうか。

「へーそうなんだ」

「ああ、野球部の中でも嫌ってるやつはいるけどな。うちは強いとは言い難いけど鈴木先生にとっては勝ち負けはどうでもいいんだ。野球を通じて成長するっていうのが先生のモットーだからな」

「なんかお前からそう言う話聞くの意外だな」

 言うと北川は照れ臭そうにした。

「まあいいじゃねーか。でもあの人は本当いい人だよ。今のも遊んでるやつよりも俺たちみたいな真面目にやってるやつのことを思っての説教だったからな」

「尊敬してんだな」

「ああ、尊敬してる。鈴木先生の影響で進路希望も教育学部にしたくらいだから」

 俺は北川がとても羨ましかった。意識し合ってる相手がいるのもそうだが、尊敬出来る恩師との出会い。北川は今、最高に輝いている。俺にはそんなふうに見えた。

 それから俺たちは黙々と片付けをし、次の日に備えての終礼も終え、学園祭一日目を十分に満喫した。

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