第11話「廃村の理由」


 本当に『テルスピア・オンライン』の過去なら、説明できる事象はいくつかある。


 それでもだ。

 オンラインゲームの、過去?


 在り得ない。これは、ゲームだろ……?

 ゲームのシナリオはプレイヤー達がプレイし始めた時点から始まっており、遡ったとしても二年前。

 外ではもう一年経っているから、三年前か?


 そんな過去の話があったにせよ、ここは現実じゃない。

 歴史は歴史でも、それは『ゲームの歴史』なんだ。


「七姫。これゲームなのか? それとも現実なのか?」


 七姫は応えない。

 努めて冷静に考える。七姫に八つ当たりはできない。


 受け入れて、その上で疑いながら考えろ。

 どんな突拍子もない事であっても、今起きているこの事象が俺にとっての真実なんだ。



【アクィラ・アルタ】

 イシュタ村にて≪勇者の託宣≫を授かり、儀式にて聖剣を手に入れる。

 彼女は、魔王ベガリーと共に旅をして、後に王国で後世に語り継がれる女性で初めてのセフィロト騎士団の騎士団長(第十一枝団)となる。



 これは、会社で見た資料の文章だ。

 正直、人物欄は流し読みしていた。

 ベガリーとアルタは物語に触れられている人物で、テルスピアの中では重要な設定であるのを思い出す。


「アルタが聖剣を抜けないってシナリオはあったか?」


 ソウルデグレードによって聖属性が欠落しているアルタは、果たして歴史通りなのか。

 まず俺が気になったのは、そこだった。

 この二人に共通するのは『過去の偉人』である立ち位置。


 長期連載の漫画やアニメ作品であるならともかく、ここまで詳しくストーリー背景があるキャラクターではないはずだ。


『え、そんなのないよ? アルタは聖剣を抜いて、村に押し寄せて来る魔物を魔王ベガリーと一緒に追い払うの』

「それがテルスピア・オンラインのシナリオなのか? 随分詳しく書いているんだな」

『…………』


 あれ、七姫?


「七姫? おい、聞こえてるか?」

『えっと、テルスピア・オンラインの原案は私だって話、したっけ?』


 知っている。

 発想力と企画力の高さで、七姫はこの会社で今の地位を築いていた。

 俺も七姫から仕事を紹介されるとは、夢にも思わなかったが。


『それで、その……アイディアはとある所から流用していまして』

「流用? え、盗作?」

『――じゃなくて』


 言いづらそうだ。

 七姫はまるで嫌いな食べ物を無理やり口に運んだ子供のような声を出しながら、語り出す。


「なんていうか、その。中学の時に小説を書くのにハマってまして」

「なんで敬語? 知ってるけどさ、読んではないぞ?」


 正確には、読ませてもらえなかった。


 学生時代。

 七姫の部屋で勉強を教えている時に間違えて小説が書かれているノートを開きそうになった時だ。

 必死な形相で止められたのは、今でも覚えている。


 読んだら絶交だとまで叫ばれ、その後数日は読まないようにと釘を刺された。


「まさか?」

『そう。八百年前のベガリーとアルタの冒険譚は、私の小説がモデルなの……』

「なら、今の俺の状況は?」

『ごめん。それはわからない』


 即答だった。

 残念だ、今の俺に当てはまるヒントがあればと思ったのだけど。


『でも、当時の彼女達が弱体化していたなんて設定はないの。ただイシュタ村の風習はそのままだけど……アルタが絞首刑にされそうになるなんて展開はなかったよ?』


 イシュタ村の風習。

 あれか、勇者候補に転生させる為に聖剣を抜けなかった十六の少女を絞首刑にするってやつ。


「七姫さん、当時中学生なのに結構エグイ設定考えますね?」

『なんで敬語? いや、それは今どうでもよくて』

「はい」


 七姫が書いた小説と、テルスピア・オンライン。

 そして、今の状況。

 この三つは同じなようで差異がハッキリと分かれている。


 未来と過去。ベガリーやアルタを取り巻く状況の細部。


「今起きている現象は分析できても、なんでこうなったのかはわからない、か。こういう状況が一番苦手だ」


 プログラミングでも似たような状況はある。

 使い方がわかるのに、中身がどうなっているのかわからないブラックボックスのような仕組み。


 今がまさにそれだ。


 幸い、イシュタ村までは苦労なく帰ることができそうだ。

 アルタを仲間に引き入れて、これからの目標をしっかり立てよう。


『とにかく、今はアルタを助けてほしいかも。彼女を助けないと大変な事になるから』

「ベガリーと一緒にシュシバルバを倒すんだろ?」


 ベガリーの名前を出した時、本人がチラッとニヤケ顔でこちらを見て来る。

 違う。今はまだ話の邪魔をするんじゃない。


「ううん。それもあるんだけど、アルタが襲撃に巻き込まれるのは気が退けると言うか」


 襲撃?


「襲撃って?」

『え、うん。廃村だったでしょ? イシュタ村って』


 ふと、俺の心臓が早鐘を打ちはじめた。なんだ、この感覚。


『あれはアルタが村から旅立った後になるんだけど、冥王竜シュシバルバの遣いである魔物の軍勢が勇者の故郷を襲うの。それに気付くのは結構後半になってからで――』

「待て待て待て、その襲撃っていつだ?」


 七姫は、少し間沈黙して、思い出すように呟く。


「あ、アルタが旅立った……五日後」


 アルタは確か、こう語っていた。


【もう五日も何も食べてない。約束しよう、お前達と組む】


 まずい。

 七姫の小説が正史だとして、聖剣を引き抜いた直後に旅立ったとすれば?


 今日。つまり、これから魔物の軍勢が村を襲撃するんだ。


「襲撃されるのはいつだ?」

『えと、たしか……』


 七姫は中学時代の小説を、記憶の片隅から引っ張り出し、答えを絞り出す。


『ひ、陽が沈む一時間前っ!』


 本来のタイムリミットは、陽が沈む頃。

 なんてこった、かなりタイムリミットが縮んだぞ!


「ベガリー! 走るぞ!」

「へっ? きゅ、急にどうした!」


 村まで戻るしかない。

 幸い、出口はもうすぐのようだ。

 それから村まで走って、間に合うか?


 魔物の襲撃まで。残り、十一分。

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