第9話「バグゴーレム Lv.ナイン」


●視点:白鳥改星


「≪アクセス≫!」


 突如現れたゴーレムに対し、俺は咄嗟に≪アクセス≫を発動させた。


【ゴーレムリーダー Lv.ナイン スキル:破壊不能、リーダーシップ】

【HP:999 攻撃力:999 防御力:999 敏捷:99】

【魔法攻撃力:9 魔法防御力:99】


 レベルが正しく表記されていない。


「ゴーレムリーダー、レベル……Lv.ナイン? なんだ、この表記ッ」


 バグに侵されたモンスターか。


 スキルも≪破壊不能≫の欄が文字化けしていて効果は不明だ。

 そして、≪リーダーシップ≫はゴブリンリーダーも持っていたスキルだった。


【リーダーシップ】

 群れのリーダー。

 同じ種類のモンスターが従い、同じ対象に攻撃する確率が上がる。

 指揮下にいるモンスターが全滅した場合、その地域に出現。

 また、指揮下であるモンスターの出現確率が上がる。


 周囲のゴーレムを倒していたから、リーダーが出張って来たのか。


 リーダーのステータスは平均的にかなり高くなっているが、魔法攻撃に弱いタイプのゴーレムとバランスがほぼ同じだ。


 攻撃と防御が高く、魔法関係の能力が著しく低い。


 不安要素は、効果のわからないあのスキル。

 破壊不能の文字列はあれだけで歪な、形容しがたい存在感を放っていた。


「ベガリー、気を付けろ。あいつ、挙動が少しおかしいぞ」

「ふむ。今までのとは雰囲気が違うようじゃのぅ。一発かましてみるか!」


 他のゴーレムよりレベルは低いが、ステータスは高い。

 しかし、今のベガリーならファイアーボール一発で装甲を貫ける。


「いいぞ、頼む!」


 腕を前へと突き出し、ベガリーは再度魔法を唱える。


「≪ファイアーボール≫!」


 業火の魔弾。

 ベガリーの放つそれは、これ以上ない最高の形でゴーレムの装甲に直撃した。

 クリティカル判定が確実に入るのでは、と思えるほど真芯に捉えた強烈な一撃。


 煙エフェクトがゴーレムの身体を隠しており、動きはまったく見えなくなっている。


「ん?」

「手応えはあったぞ! じゃが……」


 おかしい。

 煙で隠れているとはいえ、装甲の破壊されたエフェクトが見えない。


「ベガリー! 一度下がれ!」


 嫌な予感がした。

 ただそれだけではあるが、ベガリーに指示を飛ばす。


 数秒後、それが正解であったと背筋が凍り付いた。


【Indestructible Object】


 不滅。破壊不可。

 オブジェクト。


 破壊不能オブジェクトの表記だった。

 それが、ゴーレムの弱点を覆う装甲に張り付いている。


「は!? ふっ、ざけんなぁッ!」


 アイテム欄に納めてあった足止め用の粘着トラップを足元にバラ撒いた。


 投擲から三秒。


 爆発と同時にゴーレムの足元へ『白い粘着液』が半径五メートルほどの範囲に飛び散った。


 これが従来のゲームであれば、コントローラーをモニターに投げつけていただろう。


 ゴーレムの足と地面を大量の粘着玉で固定に成功した。

 このゲームが『普通』ではないとわかった今、ライフがゼロになる事態はできる限り避けたい。


 安全マージンは必要以上に取るべきか。


「どうする、カイセイ! もう一度やるか!」


 装甲が破壊不能オブジェクトになっているなら、何をしても徒労に終わるのは明白だ。


 ダメージは通るかもしれないが、時間がかかりすぎてしまう。


「撤退だ。一度離れるぞ、こんなバグモンスターを相手にしてられない」


 戦闘中、あの装甲のソースコードを修正している余裕はない。

ましてや今は制限時間のあるイベントの真っ最中。


 ここで面倒なバグや倒せない強敵を相手にする理由はない。


「む、カイセイ! ゴーレムが複数集まってきておるぞ!」


 ――マジかよ。


 リポップが思ったより速い。

 リーダーシップの効果が厄介だ。


 おまけにゴーレムリーダーの核は、破壊不能オブジェクトで覆われている。

 俺達のレベルとスキルじゃ、撃破は無理だ。


「マジで逃げる以外ないだろ、これ」


 マップを見ると、ゴーレムは俺達を囲むように次々と出現している。


 逃げ遅れたな。


「ベガリー、一点突破でここを抜けよう」


 とは言ったものの、ベガリーのファイアーボール二発ではゴーレムの包囲網に穴を開けるのは難しい。

 MPを回復している間にリポップする可能性すらある。


 火力が足りない。

 ここでレベルを上げるのは失敗だったか。

 ゴーレム達は包囲網を狭め続け、もうすぐ俺達は完全に囲まれる。


 攻撃の範囲に入るのは時間の問題だ。


『改星くん! あれ、見て!』


 諦めかけたその時、通話を繋いだままでいた七姫の声が聞こえてきた。


『ゴーレムの横にある魔石炭の塊!』


 魔石炭。

 魔力と併せることで様々な用途を生み出せる、この世界で一番重宝されているエネルギー源だ。


「あれを、どうするんだ?」

『マップギミックなの! 物理攻撃や炎系統の技をぶつけると爆発するから、試してみて!』


 マップギミックか。

 複数体を巻き込めれば、逃げ道が確保できるかもしれない。


「やってみる、ありがとう。ベガリー、≪ファイアーボール≫だ!」

「む、どいつじゃ!」


 そうだった、俺と七姫の通話は聞こえていないんだな。


「あの魔石炭が見えるか? あの塊にブチかませ!」


 俺の意図を理解してのことか、ベガリーはニヤリと笑ってみせる。


「了解した、とっておきじゃぞ!」


 ベガリーの腕は俺が指し示した方向へ。

 目標は特大サイズの魔石炭。


 あれが爆発すれば、ゴーレムの群れは突破できそうだ。


「よし、頼む!」


 合図と共に、ベガリーの≪ファイアーボール≫が射出された。

 着弾までは一秒もなく、次の瞬間には魔石炭に命中した。


 爆発と同時にベガリーへと駆け寄った。


「ベガリー!」

「うあッ……!」


 爆風から身を護るためにベガリーを抱えて岩陰へと非難。


「余の身体に触れたのは不敬であるが、今は許そう。大儀である!」

「言ってる場合か、逃げるぞ」


 包囲網には見事、穴が開いた。

 上手い事に鉱山の入り口へと続いている。


「走るぞ!」

「うむ!」


 ゴーレムのリポップがないとは限らない。

 リーダーは粘着玉で足止めしているし、これなら上手く逃げられる。


 抱えていたベガリーを下ろし、鉱山入り口へ駆けはじめる。


 ちょうど爆発のあった場所に差し掛かると、また声。


『改星くん、足元!』


 え?


 爆発の影響か、脆くなった足場が崩れていく。

 足を取られ、重力に従ってその場から落下がはじまった。


「ちょっ、嘘だろッ!」

「カイセイ!」


 近くを走っていたベガリーも、突然のことで対応できず。


 足場は完全に穴となった。


 俺達二人は為す術なく、鉱山に空いた穴へと落ちて行った。


『改星くん! 改星くん……!』


 長い落下の間、七姫の声が何度も聞こえて来た。

 視界は完全に暗闇となった後、声も聞こえなくなっていく。


 それは通信が切れてしまったせいなのか、それとも俺の意識が途絶えてしまったせいなのか。


 余裕のなかった俺には、それすらわからなかった。

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