第14話 クラッシュランディング


 シャトルは濃密な暗雲を裂きながら下降し続けた。

 動力無しの機体はレンガみたいに落ち続けている。

 それに左翼を半分もぎ取られてかなり揚力を失っている。方向舵はなんとか効く。

 高度三万フィートまで落ちると大気が急激に濃密になった。重力は低いが期待したほど滑空距離が稼げそうにない。ギリギリだ。


 目的のテーブル台地の縁まであと10マイル。高度二万フィート。

 だがどんどん落ちている。対気速度は時速300……280マイル……やはり急激に遅くなっていた。

 間もなく重力加速度に従った自然落下速度に落ち着く。シャトルのボディ形状が変形してかろうじて揚力を生み出し、単なる石ころではなく飛行体としての体面を保っている。


 (機体は軽い……おそらく10トンもない。失速するまでもうすこしがんばれるだろう。なんとかなりそうだ)


 やがて突然視界が開けた。前方に巨大な黒い絶壁が見えた。絶壁は濃厚な緑色の雲に覆われ、眼下の地面は見えない。が、猛毒で濃密なコロイドの海が広がっているのだ。

 霧香がいま飛んでいる高度から台地の千フィート下までが奇跡的に呼吸可能な環境だ。極地のメタンが少しでも溶け出せば、簡単に崩れてしまうバランスだった。

 (その前にこっちが御陀仏になりそうだけどね)

 暴れる操縦桿をなんとかなだめて姿勢を保った。

 制御システムも機体を浮かせようと悪あがきを続けていた。崖縁を越えて眼下に異星のジャングルが迫ったときには、すでに対地高度千フィートを割り込んでいた。

 比較的安全な地表の上に出たからといって安心はできなかった。ここにはサリーの船やシャトルを攻撃した何かが潜んでいるのだ。しかもシャトルは自動修復不能なほど損傷しており……従って再上昇できる見込みはない。


 霧香は軟着陸に備えた。前方にひらけた空き地はない。

 失速寸前になるとシャトルが自動的に制動パラシュートを開いた。機体がほとんど静止状態まで減速したところでパラシュートが切り離され、続いて第二パラシュートが開いた。

 シャトルは機首を真下に向けたまま300フィート落下して、柔らかいシダ植物が群生する丘陵にゴトンとタッチダウンした。

 そのままゆっくり機体下部を下にして倒れ込んだ。


 制止した機体の中で霧香はほっと一息ついた。

 隣のサリーは気を失ったままだ。

 シートベルトを解除して狭い機内で慎重に立ち上がり、機体中央あたりの昇降扉の前まで歩いた。

 扉の上の小さなステータスディスプレイは生きていた。その画面を眺めていると、外部環境測定装置が働き、アイコンが生存可能を示すグリーンを灯した。

 霧香はインジケーターの数値に眼を通して、外の世界は少なくとも機密服なしでも生存可能のようだと確認した。湿度も高く、であれば水もあるだろう。基礎的なレポートである程度承知していたものの、直に確認できてホッとした。「話が違うじゃないか!」なんていうケースはよくあることなのだ。


 背後でタンクが呻いていた。

 さてどうすべきか。


 環境保護団体の過激活動家たちを放り出して本来の任務に戻る誘惑に駆られた……常識が霧香にここに残って救助を待つべしと訴えていた。


 (あなた遭難者なのよ) とその常識の声が告げていた。


 だいいち逮捕しなければならない二人の人物、サリーとタンクはどうすればいいのだ?彼らの普段のライフスタイルから想像するに、こんな未開の異世界で何日も過ごせるとは思えない。

 ぼんやり思考を巡らせながら、体のほうは勝手に動いていた。

 まずサリーの服を探って銃とナイフを取り上げた。タンクも同様にしたが、彼は手首や身体のあちこちをかなり痛めているようだ。それに重度の乗り物酔いに罹ったみたいに朦朧として、ほとんど抵抗を示さなかった。酷い有様だがさしあたり命に別状はないようだ。


 機体後部の収納ボックスを漁って役に立ちそうなものを掻き集めた。シャトルは安っぽい民生品に過ぎず、未開の星で遭難する可能性を想定した機体ではない。サバイバルキットは最低限のものしか揃っていない。外の環境を測定する器械も最低限で、真空じゃないことを見分ける程度の機能しかない。大気に含まれる細かい有害物質までは検知しないだろう。

 作業服を脱ぎ捨ててコスモストリングとブーツだけの姿に戻った。

 次に機体後部や床の収納庫を開け、使えそうなものを引っ張り出した。標準型のサバイバルキット。食料と水。テントも見つけた。


 あれこれ作業しているうちに考えがまとまってきた。やはりサリーたちは置いて行くしかない……彼らにとってはこのシャトルの中がいちばん安全なのだ。遭難信号は働いている。じっとしていれば救助される可能性が最も高い。

 だがいっしょに救助を待つことはできない。それがもっとも賢明な選択だとしても。


 手当を施しているうちにサリーが目を覚ましたので、そのことを説明した。彼女はひと言も口をきかず、表情を殺して霧香の話を聞いていた。最後にぼんやり頷いたので、たぶん理解しただろう。


 霧香はサバイバルキットをふたつに分け、大きい方の山を指し示した。

 「食料と水三日ぶん……切り詰めればもうすこし保つでしょう。わたしが行ったら自由にして良いけど、追いかけても無駄だからね。それに確実に死を招くことになる。ここでじっとしていなさい」

 彼らのサバイバルキットの山にナイフを添えた。

 彼らに残した武器はそれだけで、銃器は霧香が持ち出すことにしたサリーのパルスライフル以外はすべて分解して外にばらまいてある。武器を奪っておけば気が大きくならず、なにか行動を起こす前に一寸考え込むだろうと期待したのだ。


 「手首に絡みついている紐は一時間経ったら自動的に外れる。ナイフでは切れない。それじゃね……」


 霧香はナップザックを背負ってハッチを開け、異界の平原に踏み出した。

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