『追想(二)』

 突然、凰珠オウジュに勝負を持ち掛けられた志龍シリュウは困惑した。

 

『……朱姑娘シュクーニャン。申し訳ありませんが、私は不器用な男です。出来ることと言えば剣を振るうことくらいなもの……』

『そうなの? でも大丈夫よ。あたしも武術が一番得意だもの』

 

 そう言うと凰珠は鳳凰が止まり木から飛び立つように、鮮やかに跳躍して志龍の前に舞い降りた。

 

(何を言っているのだ、この娘は……。気安く他派の者と、それも女子おなごと手を交えられる訳がない)

 

 志龍は拒絶するように包拳した。

 

『先程も申し上げたように不器用ゆえ、私は手加減が出来ませぬ。それに戯れとは言え、手を交えるとなれば青龍せいりゅう朱雀すざく両派の和気を損ないましょう。やはり勝負はした方が宜しいかと……』

『————ッアハハ!』

 

 突然、凰珠が手を打って笑い出した。

 

『……何が可笑しいのですか?』

『ふふ。両派の和気って、元々交流なんて無いじゃない』

『そ、それは…………』

 

 言葉に詰まる志龍に対し凰珠は興味を無くしたように背を向けた。

 

『もういいわ。なんだか難しいことを言ってるけど、あたしに負けるのが怖いのね』

『…………!』

『あなただったら、あたしに勝てるかもって思ったのに……』

 

 ここまで舐められては青龍派の沽券に関わる。志龍は右手に剣を握った。

 

『……朱姑娘。そこまでおっしゃられるのでしたら寸止めにて行いましょう』

『ダメダメ、寸止めなんてダメよ。それにその刃引きした剣なんて論外だわ』

『————!』

 

 志龍は眼を見開いた。一瞥いちべつをくれただけで真氣で精製された剣の刃の状態を見抜くとは恐るべき慧眼の持ち主である。眼前に立つ少女は一流の武術家であると認識を改めた志龍は再び包拳して見せた。

 

『……どうやら私は増上慢になっていたようだ。朱姑娘、こちらこそお願い申し上げる。どうか一手ご教授願いたい……!』

『いい眼ね。やっぱりあなたになら受け取ってもらえそう————』

 

 

 

 ————志龍は眼を開けて数年前の追想を終えた。

 

(……あの日、私は凰珠に敗れた。それからは、再び彼女に逢って勝つために必死に腕を磨いてきた……)

 

 その時、裂帛れっぱくの気合いと共に一つの勝敗が決した。

 

 顔を上げて見ると、虎のような大男の掌打によって女が敗れたようである。女は敗れたというのにも関わらず、長年の縛りから解放されたような朗らかな笑みを浮かべている。

 

(……なんという運命の皮肉だ。時をほぼ同じくにして好敵手の二人が同じ女に惹かれ合うとは…………)

 

 志龍は勝利した大男に眼を向けた。大男は満足したように腕を引き、白い歯を見せた。

 

(……ガクどの。姿形も性格もまるで違う私たちだが、同じ女に惚れなければ、きっと良い友となってお互いを高め合えていたのだろうな……)

 

 ここまで考えが及ぶと、珍しく志龍の口の端がわずかに持ち上がった。

 

(————いや、違う……!)

 

 何事かを決意した志龍は拳を固く握った。

 

 

 

 ————成虎セイコに敗れた凰珠は嬉しそうに口を開いた。

 

「……本当に強くなったわね、成虎さん。これなら太鳳タイホウ姉さまに勝ったと言うのも嘘じゃなさそう」

「オイオイ、ひでえこと言うねえ。俺ぁ冗談は言うが嘘は言わねえぜ?」

「ふふ、どうかしらね……」

 

 凰珠は笑みを浮かべながらも、打たれた胸を押さえて脂汗を流す。

 

「……すまねえ。手加減はしたんだが、朱雀派すざくは軽氣功けいきこうを破るにゃあ俺もこの手を使うしかなかった」

「いいの。本気を出した私に勝ったあなたにコレを受け取って欲しい……」

 

 凰珠は『鳳』の髪飾りを取り出し、成虎へ差し出した。数年来、恋焦がれた女の掌に誓いの証がある。この手を取れば運命の女と終世の契りを結べるのだ。形容し難い感情で成虎の鼓動は早まり、その手は震えた。

 

「————凰珠……‼︎」

「成虎さん……!」

 

 眼と眼が結びつき、今にも『鳳』が女の手から男に贈られようとした瞬間————、

 

「————待て」

 

 声のした方に二人が顔を向けると、吹っ切れたような表情の志龍がそこに立っていた。

 

「……なんでえ、志龍。おめえは要らねえんだろ?」

「志龍さん……?」

「…………」

 

 二人に問い掛けられるも志龍は正面を見据えて何も答えない。成虎はわざとらしく手を叩くと、茶化すように口を開く。

 

「ああ、そういうことかい。今夜は月がねえが、月下氷人げっかひょうじん仲人なこうど)になってくれるんだな?」

「…………違う」

「違う? じゃあ、なんだってんだい?」

「…………」

 

 やはり志龍は答えず、戸惑う様子の凰珠へ顔を向けた。

 

「————すまぬ、凰珠……! 私はもう迷わぬ。その『鳳』を手に取るのは私だ……!」

「志龍さん……‼︎」

 

 志龍は感激する凰珠から成虎へと視線を動かした。

 

「…………岳どの————いや、岳成虎……! 私はお前に勝ちたいのだ。凰珠のこともそうだが、唯一私と引き分けたお前に勝利するためにこそ私は剣を振るってきたのだ……‼︎」

 

 志龍の強烈な闘氣をぶつけられた成虎はビリビリと全身を震わせながらも、待ちかねたように笑みを浮かべた。

 

「……やっぱり気が合うねえ。俺もおめえとはどうしてもケリを着けてえと思ってたのよ……!」

 

 青龍の闘氣に呼応するように、白虎びゃっこが凶暴なまでの敵意を剥き出しにする。

 

「丁度いいぜ、おめえと俺————勝った方が凰珠をめとって、負けた方は黙って身を引く。それでいいな……⁉︎」

「————望むところ……‼︎」

 

 この瞬間、一羽の凰を巡って青龍と白虎が雌雄を決することとなった————。


 ———— 第十四章に続く ————

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