『入門試験(二)』

 将角ショウカクの声に成虎セイコが顔を上げると、高台の先に大きな塀に囲まれた屋敷が見えた。だが、時刻は夕刻に迫っているというのに、灯りの類は見えない。

 

「なんでえ、ありゃあ? 確かに人は住んでなさそうだけどよ、廃墟っつうより、どこぞのお大臣の別荘みてえじゃねえの」

「その通りだ。あの屋敷はさる大商人の別荘の一つだったそうだが、その商人が没落して放置されてからは旅人の仮宿になっていたそうだ」

「ほお。そんでいつからか妖怪が棲み着いて、宿を求めて来た旅人をバックリいくようになったってトコかい」

「そんなところだ」

 

 将角が答えると、成虎はうなずいて眼をつむった。

 

「…………確かに居やがるな。相手は五……いや、六匹ってトコか」

「…………うむ、確かに」

 

 タダ働きと聞いて先程まではやる気が落ちていた成虎だったが、凰珠オウジュとの勝負を思い出して気を持ち直していた。

 

(いけねえ、いけねえ。俺ってヤツはどうもコロッコロ考えが変わっちまう。書文ショブンの兄貴を見倣みならって『初志貫徹』しねえとな)

 

 成虎は眼を見開き、隣に立つ将角へ向き直った。

 

「将角、この任務をやり遂げたら俺を白虎派に推薦してくれるっつう約束、忘れねえでくれよ」

「ああ、男に二言はない」

おっしゃ! そんじゃあ、パパッと片付けて白虎派まで連れてってもらうとすっかい!」

 

 

 

 ————屋敷に辿り着くと、朱塗りの大門は固く閉ざされており、二人は顔を見合わせた。

 

「この門、ブチ破っても良いかい? 将角」

「駄目だ、出来得る限り屋敷を傷付けぬよう言われている」

 

 将角の返事に成虎は肩をすくめる。

 

「分かったよ。アンタ、軽功は得意かい?」

「得意とは言い難いな」

 

 今度は返事を待たずに成虎が跳躍すると、将角もその後を追う。

 

 二人は一足飛びで五丈ほどはあろうかという塀を飛び越え、音も無く庭内へ着地した。辺りを見回すと、屋敷の窓や扉は全て閉められ、やはり灯りは無い。

 

「アンタも冗談を言うんだな。どこが得意じゃねえんだよ」

「この程度、他人に誇れるものではない」

 

 将角が謙遜した時、真っ暗闇だった庭内に一つ一つと蝋燭の火がともり出した。

 

「……おやおや、洒落しゃれた歓迎の仕方じゃねえのよ」

 

 成虎が不敵な笑みを浮かべると、提灯ちょうちんの灯りがボウッと灯り、少女の顔が闇に浮かび上がった。少女は十三・四歳くらいで可愛らしい顔立ちだったが、その顔色はおよそ人とは思えぬほどの青白さであった。

 

「————仙士せんしの方とお見受け致します。失礼ですが、どちらの門派の方でしょうか……?」

 

 抑揚の無い調子で少女が問い掛けた。

 

「白虎派だ。……『仮』だけどな」

「白虎派…………」

 

 成虎の言葉を小さく繰り返した少女の眼が大きく見開かれた。

 

「————こいつは大物が掛かったぞ……!」

 

 無機質な語り口だった先程までと打って変わって、強烈な感情の込もった声を少女が上げると、周囲の闇にさらに四つの灯りが灯った。

 

「……白虎派だと……⁉︎」

「これはいい……!」

「強い仙士ほどな……!」

「これでまた『増える』ぞ……!」

 

 声と共に各々の灯りの側に青白い顔が浮かび上がった。その顔は最初の少女とそっくりで、五つ子のようであった。

 

「ありゃあ、こいつぁ瓜二つ……いや、瓜五つだねえ」

「油断するな、成虎……!」

「分かってるさあ。約束通りアンタは退がってな、試験官さん」

 

 飄々とした様子で眉根を寄せる将角を退がらせると、成虎はどこか楽しそうに手招きして見せる。

 

「いいぜ? いつでもねえ、お嬢ちゃんたち。おニイさんが、やさぁしく相手してやるぜ」

 

 成虎に挑発された最初の少女の眼がカッと見開かれ、その爪が小刀のように鋭さを帯びた。

 

「…………小僧が、調子に乗————」

 

 声が途切れるよりも前に少女の姿が掻き消えた。

 

「————るな⁉︎」

 

 一瞬で成虎の背後を取り、確信して右爪を突き出した少女だったが、前を向いたままの成虎に腕を脇の下にガッチリと掴まれ、動けなくなってしまった。

 

「は、離せ! 貴様————」

 

 慌てて左腕を振り上げた瞬間、数千斤すうせんきんの巨岩がぶつかって来たかと思える衝撃が襲い掛かり、少女は十数丈ほど吹っ飛ぶんで動かなくなった。

 

「————うむ、見事な貼山靠てんざんこう……!」

 

 関心したようにうなずきながら、将角が讃える。

 

「……気安く俺の背中を取ると、ちょいと危険だぜえ? お嬢ちゃんたち……!」

『…………‼︎』

 

 顔を上げた成虎が笑みを浮かべて口を開くと、残りの四人の少女たちが弾かれたように襲い掛かった。

 

 しかし、興に乗った成虎にとっては物の数では無い。一呼吸の間に四人まとめて打ち据えられていた。

 

「ふう……。ま、こんなモンか」

「油断するな、成虎。感じていた気配は六つだったはずだ」

「ああ。お嬢ちゃんたちはオネンネしちまったぜ。そろそろ出て来たらどうよ?」

 

 成虎と将角が同時に闇へ顔を向けると、紫の妖しい灯りが灯り、

 

「……さすが白虎派の仙士どもだ。そこらの有象無象とは違うようだな……!」

 

 次いで、調子外れの二胡のような耳障りな声が聞こえて来た。

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