打ち切り少年マンガの主人公、ファンタジー世界で無双する

秋ぶどう

プロローグ

 打ち切り、というものがある。


 人気作を夢見た作者の想いも虚しく、道半ばで終わってしまう悲しい現実。


 人気漫画――になる予定だったバトル漫画『セイギ×サイキョウ』も、打ち切りの道を辿ることになる。


 有名な漫画雑誌の読み切り枠を奇跡的に勝ち取り、さらなる奇跡で週刊連載に至った瞬間がピークだった。


 読者アンケートの結果は右肩下がりに落ちていき、半年も持たずしてあっけなく散った。


 不振に終わった理由は連載内容のハチャメチャさ。


 読み切りでは上手く機能していたカオス感が、連載では悪い方向に出てしまった。


 ・主人公が強すぎる

 ・正義の価値観が古すぎる

 ・ギャグのセンスが痛い

 ・展開の勢いについていけない

 ・冷静に読むとつまらない

 ・シンプルに作者の絵が嫌い


 一部どうしようもない点はあるが、読者アンケートの忌憚なき意見だ。


 主人公の滅茶苦茶な強さ、癖を出したギャグ、敢えて狙った超展開……それらの歯車が綺麗に噛み合わず、読者サイドの不興を買ってしまった。


 SNSやネット掲示板でも酷評の嵐が相次ぎ、ちらほら見られる肯定的意見も〝ネタ漫画〟としてのイジリのみ。


「――――ありがとうございました」


 そんな『セイギ×サイキョウ』の最終話が掲載された日の夜。


 担当編集との電話を終えた作者は、スマホを投げ出して酒に浸る。


「…………申し訳ない」


 ふと零された謝罪の言葉は、誰に対してのものだろうか。


 お世話になった編集に対して。


 そして作品そのものに対して。


 それら2つの思いはたしかにあるが、それだけではない。


「……エス」


 エス――『セイギ×サイキョウ』の主人公。


 漫画のタイトルにもある『正義(Seigi)』と『最強(Saikyo)』、さらに『スペシャル(Special)』と『主人公(Syujinko)』の頭文字をとってSエス


 名前に恥じぬ正義の心を宿した最強の主人公は、世界に蔓延るあらゆる悪を成敗し、皆の英雄となる予定だった。


 初の商業化作品ということもあり、エスに対する作者の思い入れは強い。


 エスの正義心は作者の理想の体現であり、その代行者たるエスはある意味で作者の分身なのだ。


 あまりにも早すぎる打ち切りで活躍の機会を奪ったことを、作者は心の底から嘆いていた。


「次の作品こそは……絶対に……!」


 震える手でスマホを握り、前を向く。


 もう二度と、こんな悔しい思いはしたくない。


 漫画家として生きていくためにも、エスの存在を無駄にしないためにも、彼は次作に取り掛かる必要があった。


 最後の1杯となった酒を呷り、作者は気持ちを切り替える。


 ――こうして彼の初連載作『セイギ×サイキョウ』とその主人公エスは、ひっそりと世界の陰に消えるのだった。



 §



「――俺達の戦いはまだこれからだ!!」


 天高く聳え立つ悪魔の城に向かって駆けだしたエスは、拳を突き上げて声高らかに叫んだ。


 が、その直後――世界は暗転する。


 突如として訪れたのは、何も存在しない〝無の世界〟


 打ち切られ、道半ばに終わった作品が迎える空しい末路漫画の死だった。

 

 さきほどまで聳えていた悪魔の城も、エスの後ろで駆けていた兵士達も、あっという間に形をなくして塵となる。


 そして、〝死んだ漫画〟の主人公であるエスも、例に漏れず塵となるだった。


『………………おや?』


 真っ暗な無の世界に、無機質で温度のない声が響く。


『これはこれは、珍しいこともあるものだ』


 それはこの世界の〝管理者〟が発した声。


 誰も姿を観測できない、霞みのような存在の声である。


『ほぉ……君の創造主は、君に相当な思い入れがあったらしい』


〝管理者〟が感じ取ったのは、作者が残した強烈な想い。


〝願わくは作品が終わった後も、ずっと活躍を続けてほしい〟――そんな強烈な未練が枷となり、エスの消失を止めていた。


 いずれ完全に消えてしまうとはいえ、無の世界では極めて珍しい現象だ。


 それもここまではっきり形を保つとなると、過去に類を見ないレベルである。


『名前は……エス――正義・最強・スペシャル・主人公の頭文字か。馬鹿みたいに単純な名付けだが、なかなか興味深いキャラクターだ。私は君が気に入ったよ』


〝管理者〟は語り掛けるが、エスは何も答えない。


 拳を突き上げた姿勢のまま、微動だにせず留まっている。


 彼はいわば、シナリオ通りに動く人形のようなものなのだ。


 自我などは存在せず、語り掛ける声も耳に届かない。


 無論、〝管理者〟もそれを知っていたが、気にせずに言葉を続ける。


『1つ、面白い世界がある。崩壊の運命を辿りゆく、見捨てられた世界だ。凡人にとっては絶望の世界だが……君ならば楽しんでくれるだろう』


 瞬間、何もなかった無の空間に形なき〝管理者〟の一端が現れる。


 霞がかったように視認できないそれは、不動のエスに腕らしき何かを伸ばした。


 腕らしき何かは塒を巻きながらエスの体を覆っていく。


 やがて全身をすっぽりと覆いつくし、しばらく蠕動を続けると――中にいたはずのエスの姿は消えていた。


『……なに、私も最近は娯楽に飢えていてね。ちょっとした余興のようなものだ』


 上機嫌な〝管理者〟の声を最後に、世界は再び無音となった。

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